085.ゾロアスター教
「1年の芦刈です。よろしくお願いします」
パチパチパチと―――――
およそ10に届くかどうかの拍手が控えめながら図書館に聞こえてきます。
簡潔に。そして事務的に。
必要最低限かつシンプルに自己紹介を終えた彼はさっきまで座っていた椅子に腰を下ろします。
これは半年と少し前。桜の花びら舞う春の日。
新入生としてこの学校に入ってきた私たちはこれから一年所属する図書委員の初会合に参加していました。
数多くの学校に導入されている委員会活動。
その中身は一般的なものから独自性のあるものまで様々ですが、多くはクラスから各1人ないし2人選出し仕事を請け負うものです。
もちろん私達の学校にも委員会は存在し、その内の1つである図書委員に私は入りました。
委員長・副委員長などとは違いクラスで1人選び一年働くというもの。その中身は週に一度図書室のカウンターに座し、貸出・返却を希望する生徒たちへの対応が主なものとなっています。
私は自らを明るい子だとは思っていません。
むしろその逆、読書をするのが大好きな根暗側だと自負しております。
学校でも家でも、どこにいてもすることといえば勉強や読書。それならばいっそ活動してみようということで高校に入学した私は真っ先に図書委員に手を上げました。
しかし、全ての委員、全てのクラスがそうなるとは限りません。
私のクラスでは委員長を決めるのに随分難儀しましたし、逆に図書委員を決めるのを難儀したクラスだって少なくないでしょう。
きっと先程ご挨拶された芦刈君はそちらに該当すると思います。
口少ない自己紹介や面倒くさそうな表情、何より時折明らかに落ち込んでいる雰囲気が、目や口より多くを物語っていました。
別に珍しいことではありません。他の人たちにも似たような表情をする生徒もいますし、なにより立候補者がいないせいで結果的に押し付けの形になることはままあるからです。
3年生から1年生へ。全員が自己紹介を終わったことを確認した3年生の1人は席を立ち、本を1つ持ってきます。
「はい。それじゃあ自己紹介も終わったところで私達の仕事について! 私たちの主な仕事は本に挟まれてるこの貸出シートに記載されてる日付と名前を確認してハンコを押すだけ! ね、簡単でしょ?」
そう簡単に仕事内容を告げたのは図書委員長でした。
なんてことのないシンプルな作業。それだけと聞いた生徒たちも、最初浮かべていたイヤイヤな顔に少し明るさが戻ります。
「それを皆さんには週に1回!2人1組でやってもらおうと思ってます!! それじゃあ、曜日と組分けを―――――」
そこで私に割り当てられたのは金曜日。
更にペアとなった男の子は先程簡潔な自己紹介をしてつまらなさそうだった男の子でした。
パチっと目が合ったところでお互いに軽く会釈を交わします。
これが私達の出会い。何の変哲もない、至って普通の出会い方でした―――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
梅雨の始まり、中間テストの始まり。
あれだけ快適な空気をもたらしていた春の陽気はどこかへ消え去り、代わりにジメジメとした空気感と雨を連れてきた6月の上旬。
締め切られた窓の向こうから雨の音を聞きながら、私は適当に選んだ本に目を落としていました。
今日見ているのは推理小説。入門編で分かりやすく、恋愛要素もあって面白い作品です。
進行具合はもう終盤。この犯行現場で何が合ったか声高に披露しているところです。徐々に追い詰められていく犯人に私も夢中になっていると、ふと頭上に影が落ち「あの……」と控えめな声が聞こえてきました。
「貸出……お願いします」
「あ、はい。貸出ですね。こちらにお名前とクラス、日付の記入をお願いします」
「はい」
貸出希望者にもうすっかり慣れたプロセスで貸出処理を行います。
処理を終えると目の前の生徒も図書室の外へ。今日はどれくらい人が来るのだろうと辺りを見渡すと、あれが最後の生徒だったのか図書室には私達以外誰もいなくなってしまっていました。
「…………」
チラリと、私は隣に座る男の子を見ます。
彼は芦刈君。春から一緒に仕事をしている同じ図書委員です。
同じ……といっても業務的な事以外話したことはなく、殆どの時間は私と変わらず本を読んで過ごしてます。
今日読んでる本は…………ゾロアスター教?
なんだか随分と不思議な本を読んでますね。宗教学や民俗学に興味がおありなのでしょうか。
「…………なんです?」
「な、なんでもありません。 すみません」
暫くその本に視線を逸していましたが、彼も私の視線に気がついていたようです。
目線だけをこちらに向けて小さく問いかけてきましたが、私が謝罪すると何もなかったかのように本へ視線を戻します。
……そういえばもう1学期も半分だというのに、毎週一緒に仕事してますが彼のことを何も知りません。
もしかして図書委員の仕事に来たくないのでしょうか。
「……その本、好きなんですか?」
「…………?」
「いえっ!珍しい本をお読みになってるな~って思いまして……!」
せめて一緒に仕事しているのだから軽い雑談くらいは。
そう思っている頃には既に口が動いていました。無意識の犯行、心のままに出た言葉。
突然私から話しかけられたことで彼に怪訝な目を向けられますが、取り繕うように補足すると少しだけ目に柔らかさが戻ったような気がします。
「……これ? ちょっと今家でやってる…………課題、みたいなのがこの宗教になぞらえてて」
「家の課題……通信講座や課題とかですか?」
私は塾や通信講座を習ったことがありませんが、そのようなことを習うのですね。
なんとも不思議なお勉強です。歴史の一環でしょうか。
しかし私の再びの問いかけに彼は決して目を合わせようとせずバツの悪そうに顔をしかめます。
「そういうんじゃなくて……なんていうか……」
「そういうのじゃない、ですか?」
「なんつーか……その…………ゲームの話、みたいな……」
言葉が途切れ途切れになりながらも出た解答に私はパチクリと目を瞬かせます。
一方彼は恥ずかしそうに窓へと視線を逃しながら頬をかいてしまっていました。
「ゲーム……ですか?」
「ん……。全然大したことないから。だからあんまり言及されないでもらえると……」
…………?
ゲームだから何故言及されたくないのでしょうか。むしろ難しい本を読めて凄いと思いますが。
しかしゲームと言えばこれまで全くといっていいほど遊んできませんでした。でもそのように実生活で調べるようになるとは、私も気になってきました。
「芦刈君、よければそのゲームについて教えてもらえませんか? 私も興味が出てきました」
「えっ、俺が?」
「不都合がおありでしたら大丈夫です! 名前だけ教えていただければこちらで調べますから……!」
「いやまぁ、話すのはいいけど……きっとつまらない、ですよ?」
控えめに、戸惑いながらも答える彼は心なしか嬉しそう。
私は彼がゲームで繰り広げてきた冒険譚を聞き、想像し、興奮し、いずれ自らもゲームをするようになるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます