084.ウソホント
人には方向音痴とそうでない人、二通りの方が存在します。
一説によるとその理由は人の優劣ではなく、単に得意不得意だけで語れるというお話をどこかで聞きました。
人は見知らぬ道を歩む時、どのように頭を働かせているのでしょうか。
1つの方法として、建物を目印に動くことが上げられます。
この道を真っすぐ進みコンビニを右へ。その後2つ目の信号を左へなど。一般的に誰かから行き方を教えてもらう時はこのような教え方をするのが多いと思います。
そしてもう一つは、地図を頭の中に叩き込んで進みながら随時更新、進行をしていくタイプです。
頭の中で地図を開いて目的地まで線を引き、ゆっくり動かしながら自身の進みと連動させます。それはまるでカーナビのよう。
初めての道、という点では少々難しいかもしれませんがそのように考える方も中にはいらっしゃるようです。
そして方向音痴に分類されるのは主に前者、目印を立てて進んでいくほうが得意な人が多いみたいです。
その差異は空間認知力の差。地図を俯瞰して見られる人ほど辺りを把握してゴールまでの道筋を立てられるのです。
しかし前者にも悪いことばかりではありません。
よく行きなれた道。目を瞑ってでも歩けるような道についてはこちらが発達している方のほうが有利に働きます。
それは空間で認識しなくても少ない脳の稼働でルート選択ができるからです。無意識なのに家まで帰った人はこちらの脳の働きを利用しているのだと聞きました。
そして私はまさに、気づけば家の眼の前までたどり着いていました。
それはまさしく無意識の行動。私の目印を立てて動くスキルがいつの間にか発動し、知らぬ間に我が家へといざなっていたのです。
玄関を開けた私は慣れたように2階へと上がり、自室のベッドへと倒れ込みます。制服にシワが付いてしまうかもしれませんが今は気にしていられません。うつ伏せ状態のまま顔だけ横に倒してから今日の出来事を反芻します。
「陽紀……くん………。陽紀くん……。ふふっ」
それは私の想い人の名前。
ついさっきも口にしたその名をもう一度口にするだけで笑みが溢れてしまいます。
「ふふっ……ふふふっ……」
ダメです。言葉にするだけで口が歪むのを抑えきれません。
ようやく呼べた彼の名前。1つの目標であり夢でもあったものの達成。そして呼ぶたびにポカポカと暖かくなる胸の内にどんどん満たされていきます。
今日、様子のおかしかった彼の姿。昼の彼は何か思い詰めているようでした。
そこで私が提案した約束の遂行。本当はもっと時間の取れる休日にしたかったですが彼のあの姿を見た以上放っておくわけにもいきません。
放課後になって前々から計画していたカフェに行ったはよかったですが、その様子が解消されなかったのは心底焦りました。しかし最後の最後で心底明るい笑顔を見られてよかったです。
私もがむしゃらで、なんで名前を呼ぶようになったかは細部まで思い出せません。それでもいつもの笑顔を見られたのは本当にホッとしました。
更に喜ばしいことに次の約束まで取り付けることに成功しました!!あの必死だった私を褒めて差し上げたいです!!えらいっ!!
さて、次はどの店を提案しましょう。
今日行ったお店は調べに調べて決めたお店でしたが、彼はどことなく緊張しているようでした。
『男の意地だ』といって一部負担してもらいましたが気にしなくて構いませんのに。むしろ全部任せてもらったほうが頼られてくれていて嬉しいです。
そこは彼への小さな不満点。もっと……もっと頼って貰っても構わないのですよ。
お金なら私がどうにかしますしお料理だってお勉強だって自信があります。彼でしたら一生ベッドで横になっていてもお世話して上げますのに。
…………と、いけません。
考えが変な方向にいっていました。
私はベッドから降りて制服から部屋着に着替えます。
皺にならないようしっかり制服を整えてゆったりとしたジャージとパーカーへ。
そのまま椅子に腰を下ろした私はスマホのロックを外して写真フォルダを開きました。
「今日も頑張りましたが……一昨日も頑張りましたね」
いくつか並んでいる画像のうちの一区画。1つの画像を拡大した私は笑みが溢れます。
そこに映されていたのは一昨日撮った自撮り写真。胸元が大きく開いたメイド服という非常に恥ずかしい格好をした自身の姿でした。
しかし目的はそちらではありません。確かに恥ずかしい格好ですが私の姿はもう見慣れてます。
目的はその隣。私の真横で明らかに緊張していると思われる表情をした彼の姿でした。
これは一昨日、彼の家にお泊りした際に撮った大切なツーショット。
本当は『メイド服を着て見せる』だけが罰ゲームだったけれど『メイド服で彼と写真を撮る』とウソをついてまで撮った大切な写真。
委員会活動で集合写真で一緒になることはありましたが2人だけは初めてでした。随分と恥ずかしい思いもしましたが、それに見合う以上の価値もありました。
机に身体を預けながらだらしなく笑顔を浮かべてその画像を見ていましたが、ふとコンコンと音が鳴って身体を起こします。
「はい?」
「おね~ちゃ~ん。入ってい~い~?」
「もちろん。構いませんよ」
「は~いっ!おじゃましま~す!」
扉の向こうからいくつか応答をして現れたのは最愛の妹、那由多でした。
私と正反対の妹。元気で、明るくて、可愛くて、頭がいい。誰からも好かれる素質を持った女の子です。
頭がいいけれどそれをひけらかしたり鼻にかけることはせず、"愛嬌"というものをよく知っている子です。本当に、愛嬌のない私とは正反対。
「おかえりお姉ちゃん。今日は随分と遅かったね。なにかしてたの?」
「え、えぇ。まぁ……。 まだ文化祭の後片付けが一部残っておりまして。そのお手伝いをしていたのです」
「へぇ~。大変だったね。 お疲れ様っ!」
ふと聞かれたその問いかけに私はウソをもって答えます。
本当のことを教えてもよかったのですが、ただただなんとなく、それは避けたほうがいいと私の勘が告げていました。
「ありがとうございます。それでどうしたのですか?もしかして夕飯でしょうか?」
「ううん、まだかかりそうだって。 お姉ちゃんには昔のことを聞きたいなって思ってさ」
「昔のこと?」
昔……とは一体どんなことでしょうか。
部屋に入ってきた那由多は私とお揃いの部屋着のままベッドへを腰を下ろし、愛用の枕を抱いて視線を向けてきます。
パタパタと浮かせた足をばたつかせ、私へとお願いを投げつけます。
「うん。お姉ちゃんの好きな人とはどんな出会い方をしたのかな~って」
「…………那由多、何度も言ってますが私は好きな人のことは話しま――――」
「雪ちゃんのお兄さん……でしょ?」
「っ――――!」
枕を抱いた那由多の向けられる真っ直ぐの視線に、思わず私は息を呑んでしまいました。
言い当てられた驚き。しかし一方で那由多が知っていることに納得感も感じます。
「気づいていたんですね」
「もっちろん。深窓の令嬢であるお姉ちゃんがあんなに距離近いんだもん。そもそも、妹に誘われたといっても好きでもない男の家になんか泊まりに行かないでしょ?」
「まぁ……そうですね」
ごもっともな意見に首を縦に振ります。
でも、なんで那由多もクラスメイトの鈴さんも私のことをそう呼ぶのでしょう。私はただ根暗なだけですのに。
「だから知りたいのっ!あのお姉ちゃんを射止めたお兄さんと一体どんな出会い方したのかって!」
「どんなと言われましても、普通ですよ。同じ委員会で一緒に仕事して……それだけです」
「え~?それだけ~? もっと何かないの~?」
そんなねだるように言われましても、私達にはなにもありませんよ。
普通に一緒の仕事をするようになって、ゲームの話を聞くようになった。それくらいです。
「でも中学では全く興味なかったお姉ちゃんだよ。それが半年で変わるなんて何かありそうなんだけどなぁ」
「何かって言われましても……」
「ほら、漫画とかでよくあるじゃん!通学途中の曲がり角でぶつかったとか暴漢に襲われそうになったところを助けてもらったとかそういうの!」
「そのようないかにも漫画みたいなことあるわけ無いですよ。………まぁ、助けてもらったのは事実ですが」
「――――!! 助けてもらったの!?いつ!?どこで!?」
ポツリと漏らすように極小の声量でつぶやいたつもりでしたが、しっかりと那由多の耳に入ってしまっていました。
耳ざとく反応した那由多は枕を戻して前のめりになってきます。
「あんまり……ちっとも……全く。面白くないお話ですよ?」
「それでもいいよ! ねぇねぇお姉ちゃん、何があったの!?」
「……しかたないですね」
そこまで期待の目をされたら話さないわけにはいかないじゃないですか。
私は居住まいを正して那由多と向き合います。
思い出すのは最初から。彼と会った日のこと。
……そう、今から半年ほど前。初めての委員会活動日のことでした。
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