075.迷子と不安
「ん~! 楽しいね!陽紀君!」
「つ、疲れた……」
太陽の光がいつの間にかてっぺんを越えた今日この頃。
雪の策略によって休日だというのに俺は街に出てきていた。
隣を歩くは楽しげに笑う水瀬 若葉。
第三者からの発覚を防ぐためかキャスケットを深く被りサングラスも完備という変装コーデ。
彼女によると今日は街でのデートらしい。でもまぁそれは否定しきれず、最初に立ち寄った雑貨屋で早々に雪から指定された物を買い終えてから散々遊び回った。
ゲーセンでメダルゲームやらホッケーやらしたし、卓球で軽い汗もかいたりした。ウィンドウショッピングと称していろいろな服屋に立ち入ったし、雪へのお土産も買った。
そう考えると確かにデート。9割9分彼女に腕を引っ張られて連れられるという形だったがなんだかんだ俺も楽しんだ。
しかし………しかしそれでも疲れた。
街に出てきたのが午前10時過ぎ。そして今は太陽もてっぺんを越えて沈む準備に入った午後3時。
もう昼過ぎというより夕方につま先入っていると表現したほうが適切かもしれない。
それほどの長時間動き回ったものだからインドアな俺にとっては疲れに疲れ切っている。
それにしても、こんなに動いたというのに彼女はまだピンピンしていて元気そうだ。
これがアイドルの体力とでもいうのだろうか。歌って踊ったりしているし相当体力もある方だろう。……すごい。
「ねぇねぇ、次はどこ行く!? ……あっ!あの可愛いお人形さんが置いてあるお店なんてどう!?」
そう言って示したのは蛍光ピンクという目立つ看板のファンシーショップ。
行くのは全然かまわないけど、でもちょっと、その前に……
「ちょっと……ちょっとまってアスル……」
「…………」
「……?」
手を引っ張られながら声をかけると足を止めてくれたが、彼女はそれ以上反応することなく黙って進行方向を見続けている。
あれ?聞こえなかった?俺も疲れ切って声になっていなかったのだろうか。
「……アスル?」
「ツーン。今の私はリアルでアスルじゃないも~ん」
突然どうした。
いやでもさっきまで普通に返事してたしアスルだよな。
……いやまて。彼女は『今の私はリアル』と言っていた。素直に考えるなら今はゲームの世界ではない。それはつまり。
「水瀬さん?」
「ツーン!ツーン!!」
えぇ……。
これでもないのか。じゃあ、次に残された呼び名と言えば……
「…………若葉」
「うんっ!どうしたの陽紀君!」
なるほど。答えはそれだったか。
少し照れくさくなりつつも彼女の名を告げると、クルッと身体を翻して真っ直ぐ顔を向けてくる。
本当に……本当に楽しそうな笑顔。その顔を見ると俺としても水を差すようなことも思い浮かばず、戸惑いも恥ずかしさもどこかに行ってしまっていた。
けれどさすがに笑顔で疲れは取れないわけで。
「ちょっと休憩しないか? もうかなり動きっぱなしだろ?」
「へっ? あ、ごめん陽紀君!私ったら楽しくなっちゃってつい……!」
「いいよ。なんだかんだ俺も楽しいしさ」
正直、彼女と遊ぶのはかなり楽しい。
表情豊かだし何をしても全力で楽しんでくれてこちらとしてもやりがいがある。
だからあっという間の時間だった。そうでなければ6時間動きっぱなしなんてできないだろう。絶対途中でぶっ倒れてる。
「……ありがと。 でもそうだね。どこかお茶しに入ろっか。陽紀君、どこかいい場所知らない?」
「そうだね……今は駅の近くだし、たしか構内入ったらゆっくりできるお店が――――」
「すみません、ちょっといいかしら?」
「―――はい?」
人にバレるリスクを抱えている彼女にとって街中に出ることは殆ど無かったのかもしれない。
ここに詳しくない水瀬さん……いや若葉にかわってどこで休むか考えていると、ふと背後から何者かの声が俺たちにかかった。
振り返ればキャリーバッグを引いた線の細いスラッとした女性が俺たちに話しかけてきていた。
サングラスのせいでこちらからはその視線、表情を上手く読み取ることができないが、声をかけたのは間違いなく俺たち2人に向かって。
もしや……若葉の正体がバレたか……!?
「どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと道をお尋ねしたいと思いまして。少し遠いのですけれど……」
「道案内でしたか。 まぁ、俺たちに分かる場所でしたら……」
どうやら女性は若葉の正体ではなく単に道を訪ねているだけだった。
なんだかそこの若葉を彷彿とさせるようなサングラス。流行っているのだろうか。
そしてグレーニット帽も被ってうまく顔が伺いしれない。年上というのは確実。20代後半……とお見受けする。
「えぇ、この場所なのですけれど……」
「どれどれ―――――」
「まっ…………!わっ…………!」
「――――うん?」
そんな迷子の女性が差し出してくる紙。
おそらく住所が書かれているであろうそれを覗き込もうとしたところで、後ろの若葉が声にならない声を上げた。
まるでどこぞのゆるいキャラクターが発する鳴き声(?)のよう。どうしたのかと振り返るとサングラス越しに女性を見つめて固まっている。
「ん? どうした?知り合いか?」
「いえ全然。私はその子について何も。 ねぇ、あなたもそうでしょう?」
「…………うん」
……?
俺は若葉に聞いたはずなのに返ってきたのは女性からだった。
女性の言葉を受けて同意する若葉。
まぁ、違うというならそういうことだろう。ならさっさと案内してゆっくりお茶したい。
「そうでしたか、すみません。それで、行きたい場所というのは…………あれ、ここって……」
「…………」
さっきまでの元気はどこへ行ったのか、手を肘に添えて顔を伏せてしまった若葉を気にしつつも再度差し出された紙を手に取る。
そこに書かれていたのはここいらの住所。
そしておそらく俺にとって最も数多く目にしてきたであろう住所だった。
「どうでしょう?この住所のところに行きたいのですが、わかりますか?」
「……えぇ、まぁ」
戸惑いながらも了承の答えを口にする。
そこに書かれていた住所は、最も数多く触れてきた住所である我が家が記されていた。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「あら、じゃああなた、芦刈さんの息子さんだったの? 偶然ね。まさか目的の家の人に会えるなんて」
「あ……ははは……」
街から離れた住宅街。
そこに歩くはまだ夕方になりきってないにも関わらず帰路につく俺と若葉であった。
さっきまで街で遊んでいた俺たち。その2人に加え。今はもう一人、謎の女性が加わっている。
どうやら話しかけてきた女性の目的地は俺の家。そして目的の人物とは偶然にも俺の母さんらしい。
ならばと休憩を後にずらして案内も兼ねて家に帰る。俺たちは三人で帰路についていた。
「正直、今回の訪問はサプライズなのよね。それでどうかしら?お母様は家に居そう?」
「はい……。昨晩はどこかに泊まりに行っていたみたいですがこの時間ならおそらく……」
サングラスとニット帽。素顔の見えない彼女に戸惑いつつも俺は何とか平静を保って話を続ける。
チラリと後ろを見ればすっかり元気を失くした若葉が。何とか付いてきてくれているみたいだが、さっきと様子が一変しているみたいだし、どうしたのだろう。
「ならよかった。もし居なくても大丈夫よ。どこか近いお店で待たせてもらうから」
「その時はウチでゆっくりしていてください。多分飯の買い物……すぐ帰ってくると思うので」
「そう?ならお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
なんとなく得体の知れない雰囲気。笑顔で楽しげなのにどうしてこう感じるのだろう。
不安な気持ちに少し警戒心を保ちながら歩いていると、ようやく見えてきた我が家の外観。やっとか。
「見えてきました。あの家です」
「あら、良いお家じゃない。ほんの少しだけご挨拶にお邪魔させてもらうわね?」
「……はい」
俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じながら女性とともに家へと歩く。
得も言えぬ偶然、若葉の突然の変化。俺の知らぬところで何かが起こっていると一抹どころじゃない汗を流しながら。
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