073.裏事情と朝の提案


 暖房器具が稼働し温かくなった我が家のリビング。

 テレビからはお馴染みの朝の情報番組が流れている休日の一幕。

 賑やかしに付けた芸能ニュースを右から左へと聞き流しながら俺は朝のコーヒーを飲んでゆっくりしていた。


 朝から本日2度目となるコーヒー、けれど飽きることのない飲み物

 口いっぱいに広がる苦味を堪能しながら至福の時を楽しんでいると、正面の少女が目に入る。


 正面で、俺の背後にあるテレビをじっと眺めているのは元アイドルの水瀬 若葉。

 仕事を休止した今でも情報が気になるのか俺の視線にも気づかないようだ。

 何を見ているのだろうと同じく振り返れば、テレビでは大人数アイドル出身の子が女優に転身して映画の舞台挨拶している姿が目に映る。

 これまで芸能界で活動していた彼女。もしかして知り合いなのだろうか。ぼーっとそんなことを考えていると、お盆を持った雪が隣に座ってきた。


「若葉さん、朝ごはんって食べましたか?」

「朝ごはん?バナナ一個だけ食べたけど……」

「それならまだ入りそうですね。朝ごはんを作ったのですがぜひ食べてもらえますか?」

「えっ!?いいの!?」


 キッチンで何してるかと思ったら、どうやら雪は朝ごはんを新たに作っていたみたいだ。

 朝ごはんがバナナ一個……よくそんなので身体持つな。


「もちろんです!朝みんなで食べた材料がちょうど余っていたので是非食べて今日を過ごしてください!」

「ごめんね~。早くから押しかけた上に朝ごはんまで貰っちゃって。……うん!おいし〜!」


 雪の接近によりテレビから意識を外した彼女はテーブルに置かれた朝食を口にして舌鼓を打つ。


 今日の食事当番は雪だ。材料事情は知ったことではないがその卵焼きとかイチから作ったものだろう。まったく、いい格好見せようとして。


「ありがとうございます。それで若葉さん、テレビに夢中だったみたいでしたが、あの人も知り合いですか?」

「んー?そうだねぇ...何度か共演したことあったから知り合いって呼べるかも?」


 雪の疑問により目を向けるはテレビでやっている舞台挨拶の映像。

 やっぱり知ってたか。でも何故に疑問形?共演したなら少なくとも知り合いだろうに。


「曖昧なんですね」

「食うか食われるかの世界だからね~。昨日まで仲良かった子が炎上して巻き込まれないよう知らない人のフリとかする時もあるし、案外あの世界って友達作りにくいんだ」


 はぁ。と彼女は大きくため息を付いてみせる。


 へぇ。大変なんだな

 でも理解できる部分はある。芸能人ってしょっちゅう炎上してるし、延焼しないようハシゴ外すのは心にくるもんな。

 常にそんなのが付きまとっていたら心からの友人なんて作りにくいだろう。


「仲……悪かったんです?」

「ううん、普通に会ったら挨拶する程度だったよ。あ、でもあの子は裏で彼氏を取っ替え引っ替えだったからあんまり良い印象は持ってないかなぁ」


 食事をしつつも発せられるあの世界の裏側に少しだけ忌避感を覚える。

 うわぁ……やっぱりそういうのはあるんだ。


 あれ?

 でも今やってるテレビのナレーションは先月アイドルグループを脱退したって言ってるけど、恋愛禁止だったんじゃ?

 そう考えていると雪も同じ結論に至ったのか、丸々同じことを問いかけた。


「うん。私の知る限りでは結構いるよ。禁止されてるからこそ逆に……なのかな? やっぱりそういうドロドロは結構あるみたい。酷いのだとグループ内で一人の男の子を取り合ったりとか、ね」

「「うわぁ」」


 それはキッツいなぁ。

 そんなドロドロ、考えるだけで身の毛がよだつ。

 そしてさすが兄妹。俺も雪も同時に身体を震えさせると、彼女はやれやれ肩をすくめて困ったように笑って見せる。


「ま、私は休止したけどそういうこととは無縁だったけどね。仕事に勉強にゲームに……。忙しすぎてそれどころじゃなかったし」


 それは彼女だけのレアケースなのではないだろうか。

 雪から当時の活躍聞く限りハードスケジュールは理解してた。なのに勉強もして、さらにほぼ毎日インしてアフリマンに挑むってもはや殺人スケジュールとしか言いようがない。

 今はニートと言っているがその実、これまでオーバーワークしてきた休息期間みたいなものだろう。


「そう考えると、当時は今日みたいな休日は貴重だったんですね」

「だねぇ。休みも泥みたいに寝ちゃって気づいたら夕方なのが多かったし――――あれ?」

「えっ?……あっ!」


 チラリとテレビをが目に入った彼女が声を上げ、雪も続いて見ると驚きの声が舞い上がった。

 そこに現れたのは以前活動休止したというロワゾブルーの名前。

 眼の前の彼女一人のアイドルユニットだったのが、今となってテレビに出ているのはまた別の人物。

 そういえば以前のメンバーが戻ってきたんだってね。10月のニュースで見たのをすっかり忘れてた。


「…………」

「………」


 雪とアスル、二人揃って黙ってテレビを食い入るように見つめている

 俺もつられて内容に目を凝らすと書かれていたのはは新曲MV発表というものだった。

 アナウンサーの補足情報によると今月3曲目で超ハイペースとのこと。


「そういえば雪」

「…………」

「雪?」

「……えっ、な、なに!?」

「雪から見て今のロワゾブルーはどうなんだ?ファンだったんだろ?」


 正確には今もファン……なのかな?

 今まで雪に新しくなったロワゾブルーのことについて聞いてこなかった。

 下手に聞くと雪のスイッチが入って饒舌になるんだよね。ノンストップ3時間語られるとか余裕で面倒いから。


 すると雪は「うーん」と唸って絞り出すように言葉を発する。


「若葉さんが目の前にいるから非常に言いづらいんだけど……率直に言うなら応援しにくい、かな?」

「応援……しにくい?したくないとかじゃなくて?」

「うん……。 確かに昔脱退した子が戻ってきてくれて嬉しいけど、なんだか楽しくなさそうに見える。なんて言うか……辛そうとかそんな感じ。だから応援してもいいのかなって」


 複雑そうな表情を浮かべながら雪はスマホから1つの画像を見せつけてきた。

 きっとデビューから程ない時期の写真だろう。眼の前の少女の少し幼い姿が写っている。

 そして隣で笑顔を向けているのが件の戻ってきたロワゾブルーのメンバーだ。俺から見れば今の笑顔と変わらないように思えるが。


 でもずっと見てきた雪がそう言うならそうなのかもしれない。ならばファンの率直な感想を耳にした彼女はどうなのだろう

 そう思って様子を伺うと黙って聞いていたその首もゆっくりと縦に動く。


「うん。私も同じ印象なんだ」

「そうなのか?でもあの人こそ知り合いどころか仲間なんだろ?何か言えないのか?」

「言えなくはないんだけど……ちょっと言いづらい雰囲気でね。社長が見てくれてるはずだから心配ないと思うんだけど……」

「そうか……」


 ほぼ当事者の彼女がそう言うんだ。辛そうなのは事実で、でも口を出せないのだろう。

 そもそも部外者である俺はそれ以上何を言う資格もなく黙ってコーヒーを啜る




 なんだか静かになったリビング。

 テレビの音のみが場を空元気に賑やかすが場を温めるには至らない。

 もうコーヒーもカラになったし部屋に戻ろうかと思い立ったところで、雪が思いついたように突然声を上げた。


「あっ!そうだ!」

「どうした……?雪」


 雪の思いつきか……なんだか嫌な予感がする。


「若葉さん、お願いがあるんです!」

「私?」


 突然声を上げて大きく身体を動かした狙いの先は正面の少女だった。

 なんだ、俺に関係ないならいいや。嫌な予感は止まらないし俺の出る幕はないと退散しようとその横を都行った瞬間、まるで裏拳の如く視界に入れない拳が飛んできて俺の服を握りしめられる。


 なんだ!?俺も逃げるなってか!?


「若葉さん!私達、12月にクリスマスパーティー開こうと思ってるんです!」

「クリスマスパーティー?」

「はい! そこでですね!是非若葉さんにも参加をお願いしたいのと、ちょっと早いですが今日二人で必要なもの買いに行って欲しいんです!!」

「ちょっ……雪!?」


 あまりに強引な提案に思わず驚愕の声を発す。

 それは俺も全く知らない予定だった。クリスマスまでまだ1ヶ月強。準備にはまだ早すぎるんじゃ……


「雪、ちょっと早すぎないか?そもそも雪も今日休みだし来りゃいいでしょ」

「グッズでプレゼントとか料理とかも変わるんだし早い方がいいの!バタバタしたくないでしょ!?それにあたしは昨日勉強しなかった分も勉強しなきゃならないんです。だから私の分までお願いします!若葉さん!」

「えっ……えぇぇぇ……!?」


 彼女が浮かべるは困惑と驚きの声。けれど喜びも混じっているのか口角が上がり笑みを隠しきれていない顔だった。


 一方雪は自信満々といった様子。


 おいこら雪。

 チラチラとコッチ見てバチコン!バチコン!ウインクしてくるのは何なんだ。

 もしかして俺と彼女をくっつけるための機会を作ろうってか?余計なお世話だっての。


 あまりにも強引な、そして逃げる言い訳を持たない俺はその提案を受け入れるしか選択肢がない。

 結果妹の策にハマり、今日一日彼女とお出かけすることになってしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る