072.負けない
そこは激しいエフェクトが飛び交う空間。
炎や雷、木々の癒やしや土の隆起、ド派手な剣技や聖なる光までもがとある一点に向かって打ち込まれていた。
その相手こそ現在実装されている中で最難関、最強という名目で導入された『アフリマン』、その配下であるアジ・ダハーカだ。
シンプルにアフリマン討伐といえどもコンテンツ最難関。ギミックなどは多岐にわたり、その中には当然別の敵だって出てくる。
そんな敵の繰り出す配下の一体、アジ・ダハーカ。
ヤツのHPを削りながら苛烈な攻撃に対応し、同時にフィールド外のアフリマンが創造してくる16の災厄さえも処理しなきゃならない鬼畜フェーズ。
最後にして最大の関門。あまりに壁が高すぎて当時最前線の攻略組でさえ何日も足止めを喰らったことで有名である。
当時を知っている面々からそのフェーズは固定クラッシャーとしても名高く、クリアできなさすぎて解散してしまったパーティーも数多い。
これはアフリマン攻略途中の出来事。そして最後の高い壁であるアジ・ダハーカフェーズ攻略中のことだった。
もう何度もこの目で見てきたアジ・ダハーカ。見飽きた、さっさと倒したいと思いながら練習してきた動きをここでも発揮する。
『HP10%切った!第13の厄災くるよ!』
ゲーム音とともに聞き慣れた声があたしの耳に届く。
それはここ暫くほぼ毎日聞いてきた仲間の声。あたしはボスのHPを確認し、魔法を詠唱しながら次のギミックの来訪に意識を集中させる。
『第13の厄災!対象は……セツナ!!』
『了解!!』
彼の声があたしの名前を呼んだのを反応して移動を開始する。
ギリギリの戦いにおいて火力のロスは致命的なミス。詠唱破棄のスキルを使用してロスを極限までなくし、魔法を打ち込みながら第
『セツナ! そっちじゃない!!』
『えっ…………』
彼の叫び声があたしの鼓膜を震わせて、何があったのか理解する頃にはもう遅かった。
第13の厄災と第14の厄災の処理方法は決められた位置に移動することだ。ランダムに決められた一人づつがそれぞれの場所に移動し、そこで処理をする。
その処理場所はフィールドの対抗側に位置していて、途中で気づいたときにはもう間に合わないほどシビアなもの。
たった1、2秒の判断ミスが失敗につながる。このゲームの最高難易度はそれほどまでに難しいものである。
気づいたときにはもう遅い。
第13の厄災が適切に処理されなかったことであたしの周りで紫色の炎が舞い、即座に爆発してパーティ全体に甚大なダメージを負わせる。
HP1万の自キャラに対して100万とかそのレベルのダメージ。軽減スキルでどうにかするという次元ではなく有無を言わせること無く全滅し、スタートまで戻される。
『あ~!やられたぁ! むずっかしいなぁこれ!!』
遠くから一人の絶叫が聞こえてきた。きっとマイクから離れて叫んだのだろう。
もうずっと見てきたアフリマンが第一形態に戻っているのを確認したあたしは脱力してマイクに手を添える。
『ゴメン。あたしのミスだ。やっちゃった』
謝罪をするのはさっきのミスのこと。単純なミスだった。
今日の攻略を初めて2時間。そしてこのフェーズの攻略を開始して11ヶ月の時が経過した。
ここ最近誰かしらが忙しくて集まりの悪いメンバー。けれど集まったときに集中してやっていたもののアジ・ダハーカの第13まで来ることは非常に珍しかった。
随分と久しぶりにたどり着いたフェーズ。けれど自分のワンミスで失敗となったことに申し訳ない気持ちとともに肩を落とす。
処理タイミングも軽減も、ダメージも完璧だった。たったあたしの判断ミスが失敗を招いてしまった。
間違えなければ次の厄災を目にすることができ、みんなのレベルがもう一つ上の階段へ上がれた。なのにそれをみすみす逃してしまった。
さっきの絶叫はアスル。きっとミスしたあたしに怒っているだろう。もしかしたら他の2人も同じ気持ちなのかも…………。
『いいっていいって。みんな何百とミスってんだしな!』
そんなあたしの思いとは裏腹に明るく、そして軽い口調で励ましたのはセリアだった。
このパーティーの回復役。そしてギミックを見てコールする役割も担ってくれている彼。
その言葉に甘えそうになったが、それはいけないと意識を締めなおす。
『でも俺、今日ミスしてばっかだし……』
『そういう日もあるだろ。前なんか俺ばっかりミスして最後にはアスル置いて突貫してたしな』
何も気にしないように笑うセリア。
このゲームの大前提として、敵の攻撃は盾役が一手に引き受けることになっている。
もちろん最初の接触も盾が行うわけで、アタッカーはもとよりヒーラーが攻撃を受け止めるのは以ての外。
前のセリアはなにを思ったのか一人でボスに突貫し、ワンパンでHPが蒸発した。その時のことを言っているのだろう。
『でもな、今日いったところは随分久しぶりだったし先が見られなかった――――』
『そう言うの責めたら明日は我が身になるから禁止! でも……ちょっと休憩にするか。2時間ぶっ通しだったし』
そんなセリアの提案に残る2人も了承し、ボスを対面しながらキャラを放置してしばしの休憩タイムが訪れた。
ファルケはコーヒーを淹れに行き、アスルはトイレ。残るはあたしとセリアのみとなり、カチ……カチ……とマウスのクリック音が聞こえてくる。
『セリア……』
『ん~?』
『今日は調子悪くてごめっ……悪いな』
『いいって。そういう日もあるだろ。 むしろ大丈夫か?風邪……9月だし夏風邪でも引いたか?』
暦上は秋になったとはいえどもまだ暑い9月。
夏風邪と言っていいのか分からないがそうではないと否定する。
『ならいいんだが……。キツイようなら言ってくれよ。アスルとファルケには俺から言っておくからさ』
『いいや、大丈夫。 ありがとな、セリア』
『そっか……』
そこから訪れるしばしの静寂。
いつの間にかさっきまで聞こえていたクリック音も聞こえなくなっており、文字通りの静寂が訪れる。
けれどそれはほんの少しのこと。慌てて何か喋ろうかと話題を探し始めると彼は「そういえば」と切り出してきた。
『そういえば、セツナって凄いよな』
『ど、どうした急に?』
『いやだって、魔法詠唱しながらギミックこなしてるだろ』
何を突然。セリアのヒーラーだって詠唱スキルがあるだろうに。
『そんなの、ヒーラーのセリアも一緒だろ?』
『ヒラは無詠唱回復が充実してるからな。 前に低レベの魔法アタッカーやったんだけど、どうしても棒立ちになって敵範囲避けれなくってなぁ。セツナは平気で避けながらDPS出してるから凄いなぁって思って』
DPSとはDamage Per Second。どれだけ高い火力を出してるかの数値。
もしかして私が落ち込んでるから慰めてるかとも思ったが、彼のその声色は素直な称賛だった。
待ち構えているアフリマンにヒーラーの詠唱攻撃、動いてキャンセルをしながら「ホッ!ホッ!」と掛け声をあげる彼の姿は面白くて、ついつい笑みが溢れてしまう。
『……なんにせよ、セツナは俺の知る限り一番の魔法アタッカーだ。世界一なんだからちょっと調子悪いくらい気にすんなって』
『一番……?自分が……?』
『じゃなきゃ一緒にアフリマン倒そうなんて声かけないからな。 だからもっと堂々としてたらいいぞ』
当たり前のように言葉を紡ぎながら詠唱とキャンセルを繰り返す彼。
そっか……あたし、一番なんだ。
たとえ本当はそうではなくてもセリアにとっての世界一……。
彼のその言葉を反芻し、咀嚼し、理解し、飲み込む。
もっと堂々と……そうね。わかったわ
『わかった。 セリア、ありがと』
『おう。だから次も頑張ろうぜ!』
『うんっ!』
明確にここだ。なんてタイミングはわからない。
ただ強いて言うなら……無理矢理当てはめるなら、あたしはここで彼のことが好きになっていたのだろう。
一緒に同じボスを倒そうとしている仲間意識かもしれない。ワンミスで全滅のスリルを味わっている吊り橋効果かもしれない。
でもそんな心理学なんてどうでもいい。あたしは彼の優しさや軽口を言い合う楽しさ、そしてその心地よさに心惹かれたのだ。
けれどこの時はまだ確信に至っていない。
胸のうちに抱える気持ちは一旦脇へ寄せてあたしたちのキャラを見る。
離席して棒立ちになっているアスルとファルケ。そしてセリアは未だに詠唱をしたりキャンセルしたりして遊んでいた。
あれ……詠唱職であるあたしだからこそわかる。今の詠唱、完了しちゃっていたような…………」
『―――――あっ…………』
『えっ? あっ…………』
まさかと思い声を上げると、彼も続けて同じ声を上げた。
これまでずっとアフリマンに向かって攻撃詠唱をし、詠唱完了する前にキャンセルしてきた彼。
しかし最後の一瞬だけキャンセルが間に合わず、詠唱が完了してしまった。
結果セリアの攻撃魔法から放たれる魔力の塊。それは不規則な軌道を描きながらパァン!とアフリマンに直撃してしまう。
グォォォォ!!!
こちらの攻撃が敵に当たればどうなるかなんて火を見るより明らかだろう。
見事攻撃魔法が頭に当たった敵は即座に戦闘行動。まっさきにあたしたちへと突撃してくる。
『ちょっ……またぁ!?』
『スマン!やっちまった!!』
『ただいま~……ってアレぇ!?いつの間にか戦闘始まってるんだけど!?』
タイミング良くトイレから戻ってきたアスルが驚愕の声をあげる。
また頑張ろうと意気揚々と戻ってきたらアフリマンが迫ってきているのだから当然だろう。
元凶であるあいつも必死に自己ヒールやバリアで対応しているがアフリマンにとっては些事なこと。瞬く間に満タンだったHPが0へと蒸発する。
あたしたちの行動はもはや統率なんて取れることなくパニック状態。セリアの次は敵視集中スキルを使ったアスルへ、そしてあたしへターゲットが移り変わる。
『すまん、待たせたな…………って、どうなってんだこりゃあ』
最終的にコーヒーを淹れて戻ってきたファルケの前には、自キャラも含めて死屍累々となっている画面が映し出されていた。
―――――――――――――――――
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―――――――
時は進み、11月。
あの時生まれた恋心を大切にし、思いを伝えた翌日の朝。
あたしは車の中から彼女に向かって宣戦布告をする。
最初は大好きな彼女が目の前に現れて緊張したけど、看病という言葉を聞いてピンときた。確信した。
相手はアイドル。けれど負けない。
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