071.預かり知らぬ出会い
「おはようございます若葉さん。こんな時間にどうされたのです?」
「おはよう麻由加ちゃん! 昨日陽紀君から麻由加ちゃんが泊まってるって聞いてね、この時間だったら起きてみんなに会えるかな~って!」
「そうだったのですね。でもごめんなさい。私達は間もなく迎えの車が来ますので、立ち話しかできませんが……」
「いいのいいの! だったら私もお迎え待ってもいい?それまでお話しよっ!」
長袖を突き抜けるほど寒くなってきた11月の朝。
昨日帰っていた太陽も再び姿を現したが、まだ眠いのか弱々しい光が差し込む時間。
けれどそんな太陽を軽々しく超える笑みが、玄関を越えてやってきた。
彼女こそここ最近俺の前に現れたアスルこと水瀬 若葉さん。彼女は俺に続いて出てきた名取さんのもとへ小走りで向かっていく。
「ねぇねぇ!お泊りどうだった?陽紀君に襲われたりしなかった?」
「もちろん、心配するようなことは何もありませんでしたよ。私たちは雪さんのお部屋で寝ましたし、芦刈君は一人寂しく自室で寝られてました」
「あははっ!言われてやんの~陽紀君~! いやぁ、フラれちゃったね~!」
「うっせ。そっちだって毎日一人寂しく寝てるくせに」
あははと笑う彼女に対して抵抗にもならない抵抗で口を尖らす。
ちょっとした冗談の応酬。みんなそれを分かっていて本気になることはないが、アスルは先程の会話の中に引っかかるものがあったようだ。
「そりゃあ私は一人暮らししてるもんね~! ……って、あれ?そういえば麻由加ちゃん、"たち"って言ってなかった?」
「そのことでしたか。はい、今日お邪魔したのは私ともう一人、妹が…………」
「―――ねぇ、お姉ちゃん」
「あら?」
名取さんがその姿を探そうと振り返った先に、少女はいた。
玄関に出てきている俺、名取さん、ついでに雪とは違い、扉に身体全体を隠して顔だけヒョコッと出すのは那由多さん。
彼女はさっきまでの元気さは欠片もなく、控えめに、緊張しているかのような面持ちで姉を呼ぶ。
「どうしましたか那由多。そんなところに隠れていないで挨拶を……」
「だってお姉ちゃん! その人は……その人ってあの――!!」
「はいっ!私は水瀬 若葉っていいます! 那由多ちゃん……でいいのかな?おはようっ!」
「~~~~~!!」
まるで那由多さんの言葉を先回りするかのように。
俺と名取さんの横を通り過ぎた彼女は扉に隠れている那由多さんに笑顔を振りまいた。
一目でその人物か察していたのだろう。しかし確信までには至っていなかったようだ。
すぐ目の前でその顔を、その声を目の当たりにした那由多さんは覗いていた顔をも扉に隠してしまう。
「ありゃりゃ、隠れちゃった」
「ごめんなさい若葉さん。那由多は人見知りじゃなかったはずですが、どうにも今日は緊張しているみたいで」
「いいのいいの。活動してる時も幼稚園とかに行ったら時々こういう子もいたし!」
お~いセツナ。アスルに幼稚園児扱いされてるぞ。
なんて言葉が出かかったが喉元でしっかり抑えてその様子を見守っていると、ゆっくりとだが再び顔を出した彼女がこんどは雪へ視線を送る。
「……雪ちゃん、ずっとグループのファンだったよね?」
「えっ?うん」
「休止が発表された日、学校ではあんまり悲しそうじゃなかったのって会って知ってたから……?」
「正確には休止のニュースの直後に知り合ったんだけど、だいたいそんな感じかな?」
そうだな。あの日は俺も色々やばかった。
精神的にも遅刻的にも。しかし雪、なんだかんだ心配されてたんだな。
「お姉ちゃんは? 知り合いみたいだけど……」
「ごめんなさい。ちょっと前に知り合っていたんです。 でも妹とはいえ悪戯に広めるべきではないと思いまして」
「そっか……」
そりゃ、人気絶頂で休止したアイドルがこんなところに居るってなったらこうもなるか。
もしかしたら那由多さんもファンだったのだろうか。
そうだとしたら預かり知らぬことではあったが随分酷なことだったのかもしれない。
少しだけ微妙な空気が流れた我が家前。そんな空気を察知してか、アスルは一歩前に出て思い出したかのように家を見上げる。
「そういえば、麻由加ちゃんと初めて会ったのもこの家だったね。あの時は陽紀君が風邪で倒れて大変だったよねぇ」
「そうですね。看病した日は本当に……本当に色々ありました……」
その節はどうも。
でも、なんで二人して遠い目してるの?そんなに俺の看病しんどかったってわけ!?泣くよ!?
アスルも指を口元に当てない!勘違いされちゃうでしょうが!!
「看病……2人で……」
「うん、そんな感じでお姉さんと出会ったんだ。 那由多ちゃんも、これからよろしくね!」
「はっ……はい。よろしく…………っ――――!!」
「おりょ?」
再び顔を出した那由多さんと向かい合うように笑顔を向けたアスルは、そのまま握手しようと手を差し出す。
それに呼応した彼女も恐る恐るといった様子で手を伸ばすも、2人の手が触れる寸前に何を思ったのか勢いよく手を引っ込める。
「そのっ、握手券とか言い出しませんよね!?お金寄越せとかそういうっ……!」
「ないない! 今の私はアイドル休止中で普通の人だから! 握手がイヤならハグでもする?」
「あ、握手でいいです!」
「……よかった」
その「よかった」には断られなくてがきっと付くのだろう。
震えながらも伸ばされる手を見つつ、柔和な微笑みを浮かべた彼女は両手で包み込んで握手を交わす。
と、同時に背後から排気音とともにやってくるのは黒い車。いつか見た立派な黒い車だ。
いつかの夜に見たことがある。那由多さんが乗っていたもので間違いないだろう。
「わぁ、立派な車。もしかして麻由加ちゃんと那由多ちゃんってお嬢様?」
「いえ、お父様が凄いだけですよ。私たちはなにも成してません」
「……そうね」
なんともないように謙遜をし、荷物を纏めだす2人。
あの夜もしかしてとは思ったけど、やっぱりいいところの人だったのか。
名取さん、あんまり家のこと話さないもんな。妹がいることも最近初めて知ったし。
「それじゃあ私たちはこれにて失礼します。芦刈君、雪さん、泊めていただきありがとうございました」
「ううん、またいつでも泊まりに来てね! おにぃも歓迎するから!」
「はい。いつの日か必ず。 それでは失礼します」
そんな軽い挨拶とともに2人は車に乗り込み窓を開ける。
優しい微笑みを浮かべる名取さんと奥に座って表情のわからない那由多さん。
運転手と思しき人が荷物をトランクに詰めて運転席に乗り込み、いざ発進しようとしたタイミングで那由多さんがバッと顔を上げて名取さんを跨ぐように窓から顔を出す。
「ア……若葉さん!」
「うん? 私?」
那由多さんに指名された彼女はまさか自分が呼ばれるとは思わなかったのか、自らを指差し首を傾げる。
「その……負けないから! 覚悟しておきなさいよね!!」
「??? う、うん。がんば……って?」
キッと睨みつけるような顔つき。そして指を指して示した宣戦布告に一切心当たりの無かった彼女はもう一度首を傾げる。
今度こそ動き出す車。そして閉められる窓。動き出した車は止まることを知らずにどんどん遠くへ行ってしまい、角を曲がって見えなくなってしまった。
取り残されるは俺たち兄妹とアスル。全員、先程の言葉が咀嚼できず一旦の静寂が生まれた。
「あ~……アスル、なんか喧嘩売った?」
「売るわけないよ! 陽紀君も見てたでしょ!?」
「まぁな……」
たしかに。
一部始終見ていたがそんな素振りは一切無かった。
ならなんで突然?雪に視線を向けるが首を横に振られる。
「今度学校の時に聞いてみるよ。おにぃ」
「そうだな。 とりあえず今は――――」
さっきのことは置いておいて、俺は今日のことを考える。
今日は祝日。文化祭も終わって学校も休みの日だ。ならこれからすることは……
「―――部屋に入って温まろうか」
俺の提案に2人は否定意見を出すこと無く頷く。
もう冬も近い11月。朝の寒風に吹かれた俺たちは急いで家へと退避するのであった。
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