070.別れ前の邂逅


 チュンチュンと雀の鳴き声が朝の街を彩る世界。

 昨日の早くには遠くへ引っ込んだ太陽もまた再び顔を出し、今日も今日とて一仕事しようかというような明るさをもたらしている。


 そんないつも通り平和な世界、事件などとは縁遠い街のとある家で、俺はとある少女2人を見送るため寒さに震える身体を抑え玄関までやってきていた。

 朝食も食べ、出かける準備完了というような2人は荷物を持って立ち上がる。そして俺と雪の方を向き、笑顔を浮かべた。


「芦刈君、雪さん、泊めていただきありがとうございました。とっても楽しかったです」

「ううん!私もとっても楽しかったです!突然の提案だったのにありがとうございます!」

「今日はありがとう雪ちゃん! また遊びに来ていい?」

「もちろん!那由多ちゃんも大歓迎だよ!」


 姉妹のお礼に明るく返すのは隣に立つ雪。

 今日は文化祭の翌日。文化祭終わりにやってきた名取さんと那由多さんをウチに泊めると雪が言い出して一晩が経過した。


 唐突に訪れたお泊りイベント。

 これを期に名取さんの好きな人でも知れると思ったがそんなことはなく、しかしだからといって間違いも起こらなかった平和な朝。

 よかったような悪かったような、そんな複雑な感情を抱えながら2人を見送る。


「芦刈君も、昨夜はお世話になりました」

「そうだね。お兄さんもありがとうございました!」

「あ。あぁ……」


 雪との会話が一段落し、こちらにもお礼が向けられたが曖昧な返事になってしまう。

 大人びた少女の名取さん、一方で対称的な明るさ全開の那由多さん。2人の美人姉妹からの言葉だったが、今の俺が考えるのは姉ではなく妹の那由多さんのほう。


 彼女は昨日の日中と変わらずお兄さん呼びで普段の様子そのままだった。

 昨晩のアレは嘘だったかのように変わらぬ口調と雰囲気。

 もしかしてアレは夢だったのだろうか。確かに証明しろと言われても不可能だ。証人もいなけりゃ証拠もない。つまり俺の妄想だったということもありえる。


 俺は……俺はなんて夢を!!

 いくら名取さんが泊まりにきてくれたとはいえ妹さんとの夢を見るなんて不誠実な!!

 どうせなら名取さんとの夢を……って違う!あんな夢を見ちゃったから顔合わせにくいじゃないか!!


「あ、そういえば麻由加さん、昨日話してた化粧品の件なんですけど……」

「はい、なんでしょう?」

「昨日アレからスマホで調べてたんですけど、これは―――」


 そんな一人頭の中で暴走するのをよそに、雪がふと思いついたように昨日の話題を再び出してくる。

 話題の内容は化粧品のこと。俺の管轄外。関係なさすぎてどうでもいいと思いながら好きな人をボーっと見ていると、気づけばその奥に一人立っていることに気がついた。

 いつの間にやら名取さんの背後、俺の視線の奥に立つ那由多さん。どうやら2人も会話とスマホに夢中で那由多さんに気づいてないらしい。

 奥の彼女とパチっと目の合うと、遠巻きに見ていたその表情がニンマリと楽しげな、そして待ってましたかのような笑みに変わっていき……



 ――――チュッ



「っ…………!!」


 彼女のそれは不意を突くような投げキッスだった。

 可愛らしくウインクして、そして扇情的に。たった一瞬だけの行動をモロに喰らった俺は後ろに仰け反ってしまう。


 やっぱり……やっぱり昨日のアレは夢でも妄想でもなかったんだ!

 じゃあつまり、本当に那由多さんはセツナだということになってしまう。そしてそのセツナが、俺のことを好き……だと思ってくれていることも……。


「何してんの?おにぃ、変な顔して」

「いや……なんでもない」


 セツナの投げキッスをモロに喰らい昨晩のことを色々思い出していると、ついに雪から不審がられてしまった。

 いや、そういうのじゃないんだ。だから雪、その可哀想なものを見る目はやめてくれないか?


「そういえば芦刈君、昨日お家の前で会った時雨に打たれてましたね。また風邪を引いたのではありませんか……?」

「ううん!そんなことない。 大丈夫だよ名取さん。ありがと……」


 心配そうに覗き込んでくる彼女を俺は大きく首を振って否定する。

 また彼女に心配かけるわけにはいかない。

 前回学校を抜け出してまで看病してもらったんだ。今回も風邪引いてしまえば学習しない男というレッテルを貼られてしまう。

 そんなの嫌われる男ナンバーワンじゃないか。さすがにそのレッテルは避けたいところ。


 …………あれ?

 そういえば名取さんって那由多さんの……


「……ねぇ名取さん」

「はい?なんでしょう?」

「名取さんと那由多さんって姉妹なんだよね?」

「そうですね。よく似てないとは言われますが、きちんと血の繋がりがある姉妹ですよ」


 そうだよね。姉妹だよね。

 でも、そうだとしたら1つ問題が生まれてくる。

 那由多さんはセツナだ。それは昨晩彼女の口から発せられたしさっきの投げキッスで妄想の産物でないことも確信できた。


 じゃあ、リンネルさんは?

 セツナの姉といわれるリンネルさん。那由多さんの姉なら当然名取さんということになる。

 その論理に従うと、リンネルさんの正体は名取だということに―――


 ―――いやちょっと待て!!

 まだだ。まだそうと決まったわけではない。

 2人とも姉妹だとは言っていたが2人だけとは言っていない。更に上のお姉さんがいる可能性だってあるのだ。

 だからまだ名取さんがリンネルさんだと決まったわけではないはずだ。


「百面相おにぃのことはどうでもいいとして、麻由加さん!那由多ちゃんと前話したんですけど、クリスマスも一緒にパーティーしようと思ってるんです!麻由加さんもどうですか!?」

「え、私もですか? でもそれは……お二人のパーティーにいいのです?」

「もっちろん!那由多ちゃんだけでなく若葉さんも呼ぼうと思ってましたから! もちろんおにぃも!ね、おにぃ?」

「えっ? はっ!?いや、そんなの聞いてないんだが」


 女の子の会話はどんどん話が切り替わるもので、気づけば話題はクリスマスにひとっ飛びしていた。

 いやいやいや、そんなの初耳だぞ。なんで俺も参加することになってるんだ。


「雪ちゃん、若葉さんってだぁれ? お姉ちゃんとお兄さんは聞いてたけどその人は私も聞いてないんだけど」

「そうだっけ? ちょっと最近知り合ったおにぃの知り合いでね、那由多ちゃんにも悪い話じゃ無いと思うよ!」

「…………ふぅん」


 初耳だったという那由多さんは不思議ながらも納得したようでそれ以上何も言うことはなく素直に引き下がる。

 けれどチラリと。まるで「誰よその女!」と言いたげな視線を俺に向けてくれるのは勘弁してくれませんかね?


「麻由加さんの返事は近づいてからでいいですので! もしその日暇そうなら那由多ちゃんかおにぃにでも言って貰えれば―――――おりょ?」


 雪が顎で俺を示したところで、ピンポーン―――と、我が家のインターホンの音がリビングの通話口から聞こえてくる。

 我が家のインターホンを鳴らす箇所は一つしか無い。それは姉妹の背後にある扉の向こうのみ。つまりあちら側に誰かいるということか?


「だれだろ?配達の人かな?」

「さすがにこんな朝早くは無いだろ。ちょっと見てくる」

「お願い、おにぃ」


 現在時刻は朝7時半。

 配達にしてもまだ早い時間だ。

 じゃあ誰だろうと前に出ようとする雪を制して俺が代わりにサンダルを履く。


 扉を開ける都合上、名取さんと那由多さんの横を通った時、なんだか不思議な感覚を覚えた。

 前にこんな事があったようなデジャヴ感。朝早くからの訪問者。なんだか嫌な予感がする。


「どちら様ですか――――げっ」


 人間、嫌な予感ほどよく当たる。

 2人の間をすり抜けて外へつながる玄関の扉を開けると、彼女は早くからそこに立っていた。

 赤のニットに黄色のロングスカート。グレーのキャスケットをかぶった雪とそう変わらない女の子がそこに立っていた。


「は~るっきくん! 遊びにきたよ~!」


 そう言って楽しげに笑いながら出てくる俺を迎えたのは金青の髪がトレンドマークの女の子。今はキャスケットに収めているのかそれでも漏れ出る髪から金青が見え隠れしている。


「芦刈君、どなただったのです? ……あら、あなたは……」

「え、お姉ちゃんの知り合いがきたの?」


 最初に顔を覗かせた名取さんがホッと安心したような顔を浮かべ、それを見た那由多さんも後に続いて外を見る。


 それは2人の少女の邂逅。奇しくもこの場にアフリマンを倒したメンバー4人のうち3人が集まるのであった。

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