067.至高のメイド服


 元凶がいなくなったヤツの部屋。

 あいつらしい好きなものに囲まれた部屋は静寂に満ちていた。


 これまで現地に赴き購入した『ロワゾブルー』のライブグッズ。

 数年で幾つか出したCDやライブディスクなど普段より控えめながらも数多く鎮座していた。

 まさに趣味全開の部屋。クラスの男の子には決して見せられない(笑)この部屋で俺と少女は向かい合っていた。


 向かいには同じ委員会で密かに心寄せている少女、名取さん。

 無惨にも雪と那由多さんの2人に置いていかれた彼女はその場にへたり込んで涙目で俺を見上げていた。


 別に普段なら何ら気にすることなく心配するなり慰めるなりするのだが、今回ばかりはそうも言っていられずただただ黙って立ち尽くすのみ。

 それもこれも、今現在の彼女の格好が原因である。学校での姿しか見たことのなかった名取さん。そんな彼女が今ここで、俺の眼の前で多露出のメイド服を着用していたのだ。

 ミニスカかつ胸元も大きく開いたメイド服。何故かサイズピッタリのそれは彼女のスタイルの良さも相まって相当な爆発力を誇っていた。


 "そういうこと"に経験が無い俺にとってダイレクトかつクリティカルヒットを喰らうその格好。

 しかも恥ずかしさからか顔を真っ赤にしながら女の子座りで恥じらいに満ちている彼女の表情も相まって、俺の心を深く深くえぐり抜いていた。

 好きな人のかなり際どい格好。そして庇護欲の湧き立てられるその表情に鼻の奥がツンとなる。


「ち、違うんです芦刈君……! これはクラスメイトの人達に押し付けられて……!それを知った那由多が無理矢理……」


 恥ずかしがりながらも視線を逸して説明する彼女に、今回の原因が誰であるかすぐに特定できた。

 最初から分かっていたが、やはり原因はあの2人なのだろう。雪は俺の好きな人が誰か知っている。さっきの行動を見るにもしかしたら那由多さんにも話してしまったのかもしれない。


 でも…………なんだ。

 お手柄だふたりとも。好きな人のメイド姿。これは俺の脳内フォルダに焼き付けるしかない。


「すみません変なものをお見せしてしまって。 私、太ってますから……」

「い、いやそんなこと……」


 そんな俺の心などつゆ知らず、涙目の彼女の謝罪に俺は戸惑いながらも応える。


 太っている……。それは大きな間違いだ。

 メイド服の特徴なのか彼女の腰回りはしっかり身体の線が出るものになっており、どう見ても太っている気配などない。むしろ痩せ型といえるかもしれない。

 彼女の言う太っているに唯一同意できるのはとある一部分だけだろう。俺から言うとその場合太っているとは真逆の評価になるのだが。


 時々感じていたが、彼女は若干自己評価が低い気がある。

 もっと堂々とすればきっとかなりの人気が出るだろう。それは俺にとって歓迎……すべきところなのだろうが、複雑だ。


「そんなこと……ないよ。 メガネを外した姿も、その格好も、よく似合ってる」

「本当、ですか?」


 床に手を付き、立ち尽くす俺を見上げる彼女はまるで神に祈るときの信心深いシスターのよう。

 手をついたせいでその旨の谷間を防ぐものは何もなく、見下ろす形の俺はダイレクトに視線に入ってしまうが、何とか誘惑を断ち切ってそっぽを向いて小さくうなずく。


「よかったです……。これで醜女が調子乗るななんて言われたら立ち直れませんでした」

「そんな……!そんなこと言うわけっ……!」


 まさかそんなことを俺が言うわけないじゃないかっ!!

 慌てて否定するように顔を上げれば、そこにはクスクスと手を口に添えて小さく笑う名取さんが。


「冗談です。芦刈君がそんなこと言うはずないのは私でも分かりますから」

「冗談……?」

「はい。冗談です」

「……。よかったぁ。 冗談キツイよ名取さん……」


 よかったぁ!冗談だったのか。

 自分を下げるにしてもそれは下げ過ぎだって。

 そのまま卑下し続けるようならそのまま抱きしめて『名取さんは美しい!』って彼女が理解するまで叫ぶどころだったよ。

 もちろんその後『気持ち悪い!訴訟です!!』って来るまでがセットで。


「ふふっ。すみません。 でも、せっかくなので一つお聞きしたのですが、このような格好は芦刈君の好み、ですか?」

「はい、もちろん」


 はい、もちろん。


 即断即答。

 思わず敬語になってしまったがそれほどまでに彼女の格好は魅力的だった。

 別にメイド服が特別好きという訳では無い。普段見ることのない彼女の格好が全て俺のツボに入っていた。

 昼の執事服といい、今回の服といい、彼女が着るだけでその全ては珠玉の逸品へと変貌するのだ。これぞ恋は盲目である。


「よかった、です。 ………でしたら、ちょっとくらい構いませんよね」

「えっ……!?名取さん、何を!?」


 俺好みの格好をしてくれている姿を連射機能をフルに使って脳内に保存していると、彼女は立ち上がったかと思えばゆっくりこちらに近づいてきた。


 まるで恋人同士のようにピッタリと密着する俺と名取さん。

 そっと服の肩部分を小さく摘み、肘を折って近づいてくる彼女。

 恥ずかしがりながらも寄り添うように、そしてクッと眼の前の虚空を捉えたかと思えばポケットからスマホを取り出して目の高さまで掲げる。


「こっ、これは罰ゲームなんです! そう!トランプに負けた罰ゲーム!この格好をして芦刈君とツーショットを取らないといけないんです!!」

「そうなの!?」

「はい!そうなんです!!」


 なんと!?どんな罰ゲームだ!?

 思わず首をひねって彼女を捉えれば顔を真っ赤にしながらスマホを見つめるその顔が。

 しかしそう考えればさっきの2人の様子もまぁ理解できなくもない。


 しかしこうしてすぐ近くに寄られても少し見下ろす形になるから彼女の豊満なその谷間がすぐ近くに……!しかもいい香りが漂ってきて俺も弾かれたようにスマホへ視線を持っていく。


「あ、芦刈君……!じっとしていてくださいね……!」

「う、うん。 …………!?」


 プルプルと何かの感情から手が痙攣するレベルで震えている彼女。

 何も言わず緊張した面持ちでインカメラになっているスマホを見つめていると突然腕に思いもよらぬ感触がして俺の身体は大きく震えた。


 これは……ただただ柔らかい。優しい感触。

 同時にスマホ画面に表示されたていたのは彼女がこちらに身体を寄せる瞬間。そして腕にだけ伝わる感触というとそれは間違いなく……身体が密着していると言うことだ。


 思わず確かめるように首を再び捻ろうとして、直前で食い止める。

 このままその様子を見てしまうのはスマホのインカメラにバッチリ映ってしまう。そうなれば俺の鼻を伸ばしただらしない顔が彼女に見られてしまうだろう。

 俺は彼女の身体だけが目当ての浅はかな男だと、そう思われる可能性が濃厚だ。


 これは意地でも首を動かす訳にはいかない……!!


「で、では、いきますよ……!」

「うん……!」


 緊張と柔らかさと幸せと驚きと。

 様々な感情が入り乱れながらも、頬が引きつりつつ笑顔を作り、シャッターが切られるのを待つ。


 ガッタガタな身体。それを必死に抑えながらじっとしていると、案外すぐに時はやってきた。

 俺が笑顔を作ってからすぐに彼女もフッと笑顔を作り、指の動きと同時にシャッター音が鳴った。解放だ。


「……ふぅ。ありがとうございました。 それとすみません。勝手に近づいて写真撮ってしまって」

「ううん、俺こそ……その、アリガトウゴザイマス」

「……?」


 きっと彼女はその礼が何の意味を持つかわからないだろう。

 けれど幸せな感触……ゴホン、幸せな時間をありがとう。そんな青少年ながらの心で誠心誠意心を込めた。


 わからない礼に疑問を持ちつつもさっき撮った写真を見て頷く名取さん。

 そしてすぐに開かれる15分の合図。雪と那由多さんの帰還と同時に、俺にとってのボーナスタイムは終了するのであった。

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