066.罠に嵌められた少年少女
「おにぃ~! ちょっとい~い~!?」
「ん~?」
その呼び声は、俺がアスルに惨敗した直後だった。
滅多に使わない盾職。そして
けれど相手も初めてのハズなのに5戦5敗という見事な完敗を喰らって天を仰いでいると、扉の向こうからノックとともに雪の声が届いてきた。
そのまま入ってくるかと思い適当に返事をして待っていても動きはなく、何事かとPC前を離れて扉を開ける。
「どうした?雪」
「んっふっふ~。何の用だと思う?」
扉の向こうには後ろ手で俺の到来を待っていた雪が一人立っていた。
普段よりテンション高めな妹。そんなのヒントも与えられないのにわからないって。
「わからんな。何の用だ?」
「それはねぇ…………。あたしの部屋に来たらわかると思うよ!」
「雪の部屋? それって今2人が……」
「大丈夫ダイジョーブ!2人も了承済みだから!」
何だその笑み。何だそのテンション。
やけに上機嫌過ぎて逆に怖いんだけど。
チラリと少しだけ顔を出して廊下から隣の部屋を見ても、光の漏れる雪の部屋の扉しか見えない。
「長くなりそうか?」
「ん~……おにぃ次第だけど多分?」
「そっか……。ちょっとゲーム落とすから先戻っててくれ」
「は~い!」
元気な返事で自らの部屋へと戻っていく雪。一体何だというのだ。
今日は誰かの誕生日とかそういう特別な日という覚えはない。文化祭からインスピレーションを受けて急遽お化け屋敷を作り、俺がその被験者になるという可能性が今パッと思いついたが、そんな時間も無かっただろうしそもそも良識ある名取さんが止めるだろう。
超希望的観測をすればいつものお礼とかでプレゼントでも用意してくれているのだろうか。いや、雪に限ってそれはないな。
直前に壁越しで耳にした話から察するに恋バナ関係だろう。
俺の好きな人は雪も知っているところだし体よく告白まで誘導するつもりだろうか。
去っていった雪に警戒心を覚えつつ再び椅子に座って画面を見ると、彼女はハマったのか回復職の対人用スキルを一人で練習しているところだった。
『なぁアスル』
『あ、おかえりっ! ねぇねぇ!盾以外も案外面白いね!早速次やろっ!』
『スマン、ちょっと雪に呼ばれてな。 ちょっと一回落ちるわ』
『あ、そうなの? もうそろそろいい時間だしねぇ。私もちょっと練習したら寝ちゃおうかな』
ふわぁぁ。
と、ヘッドホンの向こうから大きなあくびが聞こえてくる。
もう10時半か。そろそろ寝るにはいい時間だしな。彼女も色々今日は大変だっただろうし疲れただろう。
『おう。雨打たれてるんだし風邪引かないようにな』
『それを言うなら陽紀君もだよ!いっぱい走って雨にも濡れちゃったんだから気をつけること!』
『……おう。善処する』
まさかのカウンター。
確かに俺も雨打たれたからなぁ。でも前回風邪引いたからきっと耐性が付いてるさ!
『あ、でも風邪引いたらまた看病に行ってあげるからね!今度は添い寝で完治するまで側にいてあげる!』
『それは絶対風邪引けないな。十二分に気をつけるわ』
『むぅ~!それどういうこと~!?』
そりゃ添い寝なんてされたら色々な意味で死ぬからだ。
俺の精神的にも、万が一バレた時にファン代表の雪から嫉妬でも。
それから数度言葉を交わした俺はPCを落とし、部屋を出る。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
「雪、入っていいか?」
「は~いっ! 好きな時に入っていいよ~!」
「じゃあ早速、お邪魔しま――――」
「だっ……!ダメです!芦刈君はダメです!!」
「っ――――!?」
向こうが呼んだのだし何ら遠慮することはない。
俺は言われるがままに扉に手をかけドアノブを引いたところで、突然慌てたような声が聞こえて思わずその手が止まってしまった。
やっぱりダメだったのか……!?というかさっきの声は名取さん!?
「ううん!入ってきていいよおにぃ!」
「でも雪、さっき名取さんがダメって……!」
「気にしなくていいんですお兄さん! 遠慮なく入って大丈夫ですから!」
「そんなっ……こんなの恥ずかしすぎますっ!!」
名取さんのみが否定的な意見を持つものの、残る雪とおそらく那由多さんは肯定の言葉を発していた。
2対1。これが多数決ならば多数派の肯定派が勝つのだが相手は名取さんだ。俺の手も止まって無意識のうちにドアノブから離していってしまう。
「おにぃ、気にしないで入って!」
「いえっ!待ってください!せめて心の準備を!」
「もうお姉ちゃん!それ何度目なの!?最初はお姉ちゃんだって乗り気だったじゃん! 雪ちゃん、お願い!!」
「うんっ! そぉれ!御開帳~!!!」
扉の向こうから聞こえる三者三様の反応。けれど最後に発せられた雪の言葉に俺の視界に光が差し込んだ。
漏れる光のみが光源となっていた暗い廊下。
そこに突然眼の前の扉が開いたことで一筋の光が差し込んだ。
白い、眩い光。暗闇から光へ。
その突然の変化に目が耐えられず、暫く後にようやく光に慣れて閉じていた瞼を開いていけば、そこは雪の部屋が広がっていた。
若干整理された雪の部屋。普段の推し活満載といえるグッズに溢れた部屋からは幾分かマシになり、許容できる程度のファングッズが置かれた隣の部屋。
そこにいた人物は、雪と泊まりにきた2人だった。
お風呂に入った後なのか若干ラフな格好。
雪は俺を迎えるため扉を開け、那由多さんはベッドの縁に座っている。
「っ―――――!!」
その見慣れた部屋に見慣れない2人。俺は最後の一人を目に納めるとその衝撃で呼吸さえも忘れてしまった。
雪はどうでもいいとして那由多さんはラフな格好で少しだけドキドキとさせられるが、それさえも吹き飛ばすほどの人物が一人、床に座っていた。
ベッドのすぐ横。床に女の子座りでへたり込んでいたのは…………名取さん。最後まで扉を開けることに抵抗していた彼女が何よりも衝撃だった。
彼女の格好は――――メイド服。
どこから用意したのか彼女一人だけメイド服に身を包んでいたのだ。
それもただの硬派なメイド服ではない。いわゆるコスプレと称される、半袖ミニスカートのメイド服だ。
黒と白のシンプルな色合い。そして何より特筆すべきはその胸元だろう。
何を目的としているかはわからないが、彼女の胸元は大きく開かれていたのだ。
まるで水着のように。他はしっかりとした黒と白の生地が肌を隠しているものの胸元だけは完全に露出していた。
制服ではわかりにくいが、ふと見かけた体操服姿から彼女はスタイルが良い方だということは俺も理解していた。
しかし実際に目の当たりにすると驚くほど……目が吸い込まれるほど大きな谷間がそこに形成されていたのだ。
時折それをスイカだかメロンだか評するものがいるがそれが理解できるくらい。まるで山が……エベレスト山が形成されたのかと思うほど。
そして何より、彼女がそれを恥じらっていたことも俺の心を奪う一因だった。
普段優しく美人で凛々しさも兼ね備えている彼女。しかし今は開かれた胸元に手を当て、メガネを外して助けを求めるように僅かながら目の端に涙を浮かべて見上げる彼女はいつもとギャップがありすぎて俺の心を抉り取っていた。
あまりの光景に扉前で立ち尽くす俺と床にへたり込む名取さん。
お互い何も言えずにただ向かい合っていると、突然後ろに回り込んでいた雪が俺の背中を押し込んでくる。
「うぉ……!?雪!?」
「は~い!おにぃ、それじゃあ後はよろしく!」
「それでは失礼しますお兄さん! 15分後くらいに戻ってきますのでそれまでお姉ちゃんを堪能しててください!!」
まるで嵐のように。新幹線のように。
超特急で逃げるように去っていく雪と那由多さん。
取り残されるのは俺と名取さん二人きり。俺たちはただ無言で再び向かい合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます