065.壁に耳あり障子に目あり
女性が3人集まれば
有名な言葉だ。意味はその言葉の通り、女性が集まれば自然と華やか(意訳)になるということ。
古来より体を動かすのが主な役割を担っていた男性と違い、女性は他者とのコミュニケーションを重んじてきたという。
その名残かどうかは不明だが、傾向的に現代の女性も集まれば自然とその場が明るくなる。
こればかりは何ら問題ない。
それぞれの役割というものもあるし、俺個人としても場が明るくなるのは歓迎するところだ。
しかし、それはあくまで公の場での話。外やリビングでなら大いにアリだが俺にだって静寂に包まれたい時もある。
それは主に部屋にいる時。今は違うが先月まではアフリマン戦でこれでもかというくらい集中していたし、普段からボイスチャットをしている関係上あまり周りがうるさいのは好ましくなかった。
『――――ねぇねぇ陽紀君。今日誰かお客さんでも来てるの? 随分と賑やかだけど』
『あぁ……そのことね……』
夜も更けお風呂も入ったいい時間。
俺は今日というこの日も完全に日課となっているゲームへのログイン、そしてボイスチャットへの入室を果たしていた。
ヘッドホンから聞こえるのは"ゲーム"での嫁、アスルの声。今日はセツナもファルケも、そしてリンネルさんもおらずボイチェンを切っての通話となっている。
話すことと言っても普段どおりゲームのこと。
地図をして、ダンジョンに入って、今日はちょっと趣向を変えて
そんな大したことない日常を2人で話しながら楽しんでいると、アスルがふと気になったかのように問いかけてきた。
心当たりのある俺も軽く首をひねって一方向の壁を見る。
普段ならライブ見たりしてハッスルしているだけだから文句1つでも言いに行くが、今日は……今日だけはそれさえも受け入れる他無いだろう。
俺の部屋の隣―――妹の雪の部屋から聞こえるは姦しい少女たちの話声。
壁越しだから声もくぐもって聞こえているが、よくよく耳を凝らせば聞こえないほどではない。
今日はなんと、雪の友達である那由多さんと名取さんが揃って泊まりに来ているのだ。
寝る場所は当然ながら雪の部屋。グッズに囲まれた部屋で手狭だろうがそこは頑張ってもらうしかない。
名取さんが来ているのであれば俺は文句言いに行くこともできるわけなく、クレームをつけることなくジッと身を潜めていたのだ。
『あ~……今日はちょっと雪の友達が遊びに来ててな』
『そうなんだ! 雪ちゃん"は"社交的だもんね!泊まりに来る友達もいっぱいいそう!』
『いっぱいかは知らないな。今日はまだ2人だが…………というか"は"って、その言い方だと俺は社交的じゃないと言ってるように思えるんだが?』
『えっ、違うの?』
『クッ……!』
否定が……否定ができない!
確かに俺はあまり多くの友達はいない。休日に遊びに行く人なんてもってのほかだ。
むしろ雪が社交的すぎるんだよ。なんだよ初対面の人と一緒にお泊りって。かなり嬉しいけど名取さんが取られたみたいで複雑だぞ。
『でもぉ、私にとっては社交的じゃないほうが嬉しいかな?』
『なんでだよ。からかえるからか?』
『ううん!そんなんじゃないよ! ただ、陽紀君に友達少ないほうが私との時間がいっぱい取れるなって……』
『…………』
明るく。なんてことのないように告げられる彼女の言葉に俺は無言で返してしまう。
なんだよ……そんなん卑怯じゃんか。
マイク越しでもわかるはみかみ笑い。恥ずかしがりながら告げる言葉は俺にダイレクトダメージを負わせた。
顔が見えなくてよかった。見えていたらきっと顔真っ赤になってるから笑われてしまっただろう。
「えっ!? 麻由加さん好きな人がいるの!?」
「!!!!」
しかしそんな恥ずかしいのも束の間。
すぐさま壁越しに聞こえてきた声に俺の意識は一気に目が覚めた。
奇跡的に、顔の熱を冷まさせるためにヘッドホンをずらした瞬間聞こえた気になる言葉。
名取さんに好きな人……だって!?
それは文化祭直前の日、俺が聞けなかったこと。そんな文言にどうしても意識が向こうへと持っていかれてしまう。
「あ、いってらっしゃ~い。 それで麻由加さん!好きな人って誰ですか!?」
雪の言葉の直後に聞こえるのは誰かが出入りする開閉音。誰か出ていったのだろうか。
……って、そんな事はどうでもいい!名取さん!その答えは!?
「いえいえいえ!話せませんよ! 居るか居ないかだけっていう約束だったじゃないですかぁ!」
「え~!気になりますって~! ちょっとのヒントだけでいいですから!何かありません!?」
「ありません! 話せるヒントは男性!それだけです!」
「殺生な~! もっとこう……真相に近づけそうなヒントを!」
「ありませんったらありません!!」
「ダメですかぁ~!」
耳を澄ませることで僅かながらにでも壁越しに聞こえる2人の会話。
雪でもダメだったか……。
諦めたように唸る雪と突っぱねる名取さん。
たとえ雪のコミュ力でも彼女の硬い牙城を崩すことは叶わなかったようだ。俺は諦めてズラしていたヘッドホンを元に戻す。
『――――い! お~~い! 聞こえる~!?』
『あ、あぁ! すまんアスル!なんだって!?』
『あ、聞こえた! も~!ゴソゴソ音だけして何も反応無かったからビックリしたよ~!』
ちょっと壁向こうの会話に夢中になってこちらが疎かになっていたようだ。
きっとゴソゴソ音の正体はヘッドホンをずらした結果マイクが服に当たっていたのだろう。しっかりマイクの位置も調整し、ボイスチャットへ意識を戻す。
『悪い。ちょっと雪がうるさくってな』
『雪ちゃんってばいつも元気だもんね! こっちまで明るさが伝わってくるようだったよ!でも―――』
『でも……?』
あははっ!と笑い声がヘッドホンから聞こえてくる。
そして、そこから続く言葉が聞こえてきたが次に続かなかった。
途中まで言って、なんだろうとつい復唱すると、目の前にいるにも関わらず背中に何か冷たいものに突如襲われた。
『麻由加さん……ねぇ……』
『っ…………!!』
彼女の口から飛び出したのはすぐ隣にいる一人の少女の名前だった。
聞こえていたのか……!さっきあれだけ声が届けば当然だろう。納得とともにしまったという考えも同時に生まれる。
隠すつもりはなかった。けれど日中のことが合った手前、どうしても話し辛かったのだ。だからせめて折衷案として、明日になったら言おうと、そう思っていた。
『ふ~んだっ!陽紀君ってば私とゲームした後麻由加ちゃんとイチャイチャするんだ~!』
『いや、これは……これはだな…………』
ダメだ!いい説明が浮かばない!
きっと何を言っても怒りの燃料にしかならないだろう。
ああでもないこうでもない。言葉にしようとするが何も出てこない。蛇に睨まれた蛙のように言葉が出せないでいると、フッと彼女の息が漏れたような気がした。
『――なぁんて、冗談だよ』
『えっ……?』
『陽紀君の言う通り、さっきの声から考えると麻由加ちゃんは本当に雪ちゃんのお客さんみたいだもん。それにお昼も言ったけど、最後に帰ってくるなら多少の浮気くらい見逃してあげるのがいい女の条件だからね!』
それは屈託のない笑顔と言葉だった。
昼の宣言は本心というように笑う姿が目に浮かぶ。
そんな彼女の甘い言葉に段々と強張った身体の力が抜けかけたが、「でもっ!」と続けざまにやってきて再度身体が震えて身を正す。
『麻由加ちゃんとお泊りはいいけど、せめて気をつけること!女の子はいつだって男の子を狙う狼さんなんだから!』
『あぁ、わかっ……って、それは男じゃないのか?』
『女の子もなの!だから陽紀君も気をつけてっ!!』
その理屈だと、彼女も狼という事になって昼とか色々まずかったんじゃあ……いや、考えるのはよそう。ドツボにはまりそうだ。
『わかった。気をつけるよ』
『うんっ!それじゃあまたゲームしよ! 私PvPも好きかも!』
『PvPもねぇ……。さっきのアレは卑怯でしょ……』
ここでようやく意識を取り戻すは先程からお遊びでやっているPvP戦。
お互い初心者ではあるものの、さっきはアスルに完封された。
攻撃が詠唱ばかりの俺を狙ってスタン、スタン、スタンの山。
必死にヒールで場をつなげていたが最終的に心が負けてしまったのだ。
見事な敗戦を期してしまったが、しかしやはりゲームでこう無駄話するのも楽しい。
顔を突き合わせると猛烈なアタックを仕掛けてくる彼女だから、ゲームを介すとそれが控えめになる上冗談の言い合いが始まるからそれもまた面白い。
『ふっふっふ。勝てば官軍なんだよ!』
『血も涙もない軍師め……。 ……そういえば今日は珍しくセツナもリンネルさんも居ないな』
軍師って言いながら思い出した。今日は2人が珍しく居ないんだった。
普段はこの時間、どちらかがインしているがふたりとも居ないとは珍し―――――
――――ゴン!
「!?!?」
ボーっとフレンドリストを眺めながら発言すると不意に部屋の扉が何かに当たるような音に俺の身体は驚きに震える。
何事かと扉に視線を向けるも、それ以上何も反応を示すことなく暫く後に「おかえり~」と雪の声が聞こえてきた。
なんだ……?誰か廊下通った時ぶつけたのか?
「………………」
しかしそれ以上待てども動きのない扉の向こう。
なんだろうさっきのは……。あまり聞くことのない音に少しの冷や汗を垂らしていると、ヘッドホンから彼女の声が届いてきた。
『どうしたの陽紀君?なんだか凄い音がしたような気がしたけど』
『あぁ……ううん、なんでも無い。雪が暴れたとかだろうから気にしないで』
『そっか。 それであの2人だっけ?姉妹なんだし一緒にでかけてたりそういう日もあるんじゃない?』
『それもそうか……』
気を取り直して発せられる、なんてことのないアスルの予想に俺も頷く。
まぁ、そうだよな。2人が姉妹というのはもはや確定。なら家の都合で出かける夜もあるだろう。俺が気にしすぎただけか。
『そんなことより陽紀君! もう一戦PvPやろうよ!今度はお互いの職交換で!』
『はいはい。 準備するから待っててな~』
話題を切り替えるように語りかける彼女の提案に乗って俺も再び彼女と勝負の準備をする。
今度はお互いの職を交換したニ回戦。その勝敗はもちろん、俺の完敗だった。
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