063.後方彼氏面

「え~っと……つまり2人は姉妹だったってこと?」

「はい!以前お会いした時にお伝えしてませんでしたっけ?」

「聞いてないよ……」


 ファミリー用のテーブルを囲んだ俺たちは湯気の立つココアを再び用意し、4人それぞれの元で僅かながらにでも身体を温めている。

 隣には見慣れた顔、雪が楽しげに足をプラプラしながら座り、その向かいには茶髪の少女2人が礼儀正しく座っていた。


 一旦落ち着いて話そうという流れで事の顛末の聞いた俺は1つ1つと聞いた情報を咀嚼し、確かめていく。

 その内の1つ、2人の少女の関係性を復唱したところ斜め前にいる少し体躯の小さな女の子が元気に返事をしてくれた。


「コホン、では改めて……。 あたし、名取なとり 那由多なゆたっていいます!雪ちゃんの友達で麻由加お姉ちゃんの妹です!」


 そう。以前ウチに遊びに来た少女、那由多さんは名取さんの妹さんだったのだ。

 確かにこうしてよくよく見れば似通っている部分もある。活発さなどは正反対だが髪の色はもちろん、少しだけ釣り気味な目や眉の形なんかそっくりだ。


 なんで以前気づかなかったのか……それは心当たりがある。名字を名乗っていなかったからだ。

 ネトゲで様々な人とキャラ名で関わってきた都合上、名前だけ教えられても違和感を持つことなくスルーしてしまった。あの時聞いていればまた心の準備ができたものを。


 2人の関係。そんなまさかの事実に驚いていると俺の真正面に座る名取さんもハァ、と自らの頬に手を当てる。


「まさか芦刈君と那由多が知り合いだったなんて……私にも伝えてくださればよかったですのに」

「う~ん。あたしも最初は言おうと思ったんだけどね―――――」

「?」


 なんだ?こっちをチラッと見て。


「――――話してみると学校も学年も一緒だって聞いて、サプライズも兼ねてヒミツにしちゃってた!」

「もうっ。本当に驚いたんですからね」

「えへへ。 ゴメンね、お姉ちゃん」


 口では怒っているものの優しげな笑みを向ける名取さんと、それを笑って受け止める那由多さん。

 その声色はどちらも柔らかく、確かに2人は姉妹だという印象を受けた。


(お兄ちゃんお兄ちゃん!)

「…………ん?」


 そんな姉妹の様子を見守っていると、ふと隣の雪が小声で話しかけながら手招きしていることに気が付いた。

 それは慌てているような怒っているようなそんな様子で、さっき勝手にココアを飲んだことがバレたのかとアタリを付けながら耳を近づける。


(どうした?ココア勝手に飲んだのは見逃してくれよ)

(そんなことしてたのお兄ちゃん……?それは後でお説教として、この麻由加さんって人が前々から言ってた同じ委員会の……?)

(…………あぁ)

(こんなに美人さんだなんて聞いてないよ! 文化祭で会ったとき挨拶されてビックリしたんだから!!)


 しまったやぶ蛇。ココアの件じゃなかったか。

 けれど彼女の告げる内容は俺としても大いに頷けるものだった。


 彼女はついさっきまで会っていたどこぞのアイドルとは違って明らかに美人系だ。

 メガネの奥の大きな瞳、少しつり上がった目。けれど優しそうな、眉が下がって口角も上がる柔らかな雰囲気。

 そのどれもが俺には不釣り合いと思うほど美人で優しくて最高だった。だからこそ、今日文化祭一緒にできたなんて奇跡の日とさえ思えたほどだ。


 しかしどこで雪と名取さんが会ったかと思えば文化祭だったか。大方那由多さんと友達同士で遊びに行ってる時に紹介されたとかそんなのだろう。

 雪の驚きの顔にウンウンと首を縦に振っていると、姉妹仲良く会話していた2人のうち那由多さんがこちらに視線を向けてくる。


「それで、お兄さんはいいんですか?」

「うん? なにが?」

「今晩のことですよ。あたし達がこの家にお泊りするっていう」

「あぁ…………」


 今夜は家に親が居ない。

 それは事前にメッセージが来ていたから承知済みの事柄である。

 そしてそれを好機と受け取ったのだろう。雪はあろうことか2人をお泊りに誘っていたのだ。

 別にそれ自体はどうだっていい。来客の対応は雪が勝手にするだろうし俺は部屋に籠もって居ないものとして一晩過ごすだけなのだから。


 けれど今回ばかりはそうはいかない。

 なんていったってお泊りする対象に名取さんが名を連ねているのだ。

 今日会ったばかりだろうにお泊りを取り付けるのは雪のコミュ力ならではというべきだろうか、彼女の存在が俺の心を大いにかき乱していた。


 家に好きな人を泊める。

 それは普通なら歓迎すべきところだろうがそれでも恐ろしい部分だってある。

 俺は俺に自信がない。だから家での姿を見られて幻滅されることだってあるし、逆に俺が失望しないとも限らない。

 もちろん自分の想いは揺らぐことはないと言い切れるのだが、そう疑ってしまうのが自信のなさの現れだ。


「いえ、ダメでしたら全然いいのです。突然来られて迷惑でしょうし、すぐに帰りますから」


 そうやって悩む俺に言葉をかけたのは優しい名取さんだった。

 彼女は眉を曲げつつも俺を困らせまいと笑顔を浮かべている。


「お姉ちゃん!? いいの!?お姉ちゃんが一番乗り気だったのに!?」

「はい。私達はお邪魔するのですから相手方の意見が最優先です。 那由多もあんまり相手を困らせちゃいけませんよ?」

「…………はぁい」


 優しく諭された那由多さんはその場で小さくなっていく。

 名取さんが泊まる……それは……。でも断るのももっと…………。

 段々と変える方向へシフトしつつある2人。それでもなお悩んでいると、トントンと雪の指が俺を突く。


(いいの?お兄ちゃんはそれで)

(でも…………)

(折角のチャンスなんだよ!これで告白できたらもう一気に距離は距離は急上昇だから!)

(告白っていっても俺はまだ――――)

(大丈夫!いい感じに二人っきりになれるようにしてあげるから!)

(―――はぁ。告白はともかく、雪の熱意はわかったよ)


 ……そこまで言われちゃあ、仕方ないな。

 告白はともかく、もう暗くなった2人を追い返すのもまた違うだろう。


「すみませんでした芦刈君。私たちはすぐに退散いたしますので……」

「ううん、名取さん。泊まっていって」

「……いいのですか?」


 まさに帰り支度を始めようとしたその時、呼び止めた俺に彼女は心配の目を向ける。

 その足元の大きな荷物、何かと思ったらお泊りグッズだったんだね。そこまで準備されてることに気づいたらもう断るなんて考えられないよ。


「うん。むしろ泊まっていって欲しいかな。今日は親居なくて寂しいから」

「芦刈君…………」

「……あっ!寂しいってそういう意味じゃないから!食事当番で雪だけにって何の面白みがないから!!」


 しまった!普通に寂しいなんて言えばマザコンとか言われて幻滅されるかも!?

 慌てて取り繕いながら訂正すると、彼女はフフッと笑いながら持ち上げかけていたバッグを床に下ろす。


「はい。お食事は人が多くないと寂しいですからね。 私たちはもご相伴にあずかってもよろしいでしょうか?もちろん食事の準備は手伝いますので」

「うん。それじゃあ、お願いしようかな?」

「おまかせください。 ふふっ。今からお食事時が楽しみですね。今晩はよろしくお願いします。芦刈君」

「こちらこそ……よろしくお願いします…………」


 俺は彼女の優しさに包まれながら小さく縮こまって返事をする。

 突然始まった名取さんとのお泊り会。それは恥ずかしくも嬉しい、幸せな時間を想像してつい顔がにやけてしまうほどだった。





 そして俺たちは誰も気が付かなかった。

 お泊り会の了承をする俺と笑みを浮かべる名取さん。雪も俺たちの方向を後方彼氏面しながら向いていて、その更に後方で4人目の人物が無表情で俺たちを見つめていたことに。

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