062.姉妹合流

「ごめんね、ココアくらいしか今なくってさ」

「いえ、お気遣い頂きありがとうございます。こちらこそ突然お邪魔してしまってすみません」


 テレビもなにも付いていない静かな空間。

 世界を赤く照らしていた太陽はどんどん沈んでいった結果空薄暗くなり、急に冬の入り口にふさわしい寒さが俺たちを襲う。

 特別に付けたエアコンもまだ暖かさを充満させるに至っていない中、俺は向かいに座る少女とともに温かいココアを口に運ぶ。


 甘さだけが広がる口内。寒さに効く暖かさに加えてリラックス効果のある甘さで俺の心を一気に鎮静させる魂胆だったが……目論見は見事に外れて未だに心臓はバクバクと高く早く鳴らしていた。

 目の前に座る少女、それは昼もともに時間を過ごした名取さん。日中と違い今は制服姿だが美しさはもちろん健在で、両手でコップを持ってココアを飲み、文化祭で疲れたのかアンニュイな表情を浮かべているのもまた素晴らしい。


 今回で二度目となる家への訪問。前回は看病という明確な理由があったのだが今回はどうしたのだろうか。

 もしかして告白などと彼女居ない歴イコール年齢の俺が都合よく舞い上がりかけるも、さすがにそれは無い。雰囲気が微妙すぎると即座に一蹴する。


「……ふぅ。ココアを飲むのも久しぶりですが、やっぱり落ち着く味ですね」

「そうだね。特にウチのは妹の好みがうるさくってこだわってるから」


 たかがココア。されどココア。

 何故か冬近くなると毎回雪がココアを飲みたいと言い出す。

 粉を溶かすタイプと言っても雪にはこだわりがあるようで、メーカーも指定のものだ。

 別に雪のお小遣いで買ってるからなんでもいいのだが、俺には何がいいのかさっぱりわからん。まぁコーヒーで考えたらそんなものかと理解もできるが。

 そしてもちろん、今回振る舞ったココアは無断で拝借したものだ。きっとアイツもお客さんに振る舞ったと説明すれば許してくれるだろう。


「…………」

「…………」


 俺たちの会話はそれ以上広がることなく、またも静寂が部屋を支配する。

 なんだろう……気まずい。正確には気まずいというより緊張する。

 あんなに昼は楽しかったのにどうしてこんなに変な雰囲気になるんだろう。そう思って何気なしにカップに向けていた視線を正面に向けると、この雰囲気を形成している原因が判明した。


「っ……! ぁっ……!~~~! …………」


 正面にいるのは間違いなく名取さん。しかし何故か彼女は口を開いたり閉じたりモゴモゴさせたりしていて、頭に疑問符を浮かべざるをえなかった。

 それはなにか言いたげな。けれど何らかの理由で言えなさそうなもの。……そう、緊張だ。これは直感だが彼女はなにかに緊張しているのだと理解する。

 けれど何に緊張しているのかがわからない。以前初めてウチに来た時はそんな事なかったし、俺が抜け出したあと学校でなにかあったのだろうか。


「ねぇ、名取さん」

「は、はいっ!!」


 俺が名を呼ぶとビクンと身体を震わせて背筋をピンと伸ばしてみせる。

 驚かせちゃったかな?でも俺から聞かないと話進まなそうだし。


「えと、今日学校抜け出しちゃったけどあれからなにかあった?」

「い、いえ。クラスが違うので詳しいところはわかりませんが特に表立ってトラブルなどは起こっていなかったはずですよ」

「そっか……」


 よかった……。

 確かにクラスが違うと状況を知るのも一苦労するだろう。けれど大問題などは起こっていなさそうだ。

 ならば特に気にすることはない。細かいことはまた今度クラスメイトにからかわれればいいだけだ。

 そうしてようやく緊張が解けかけてきたのか、彼女からも問いかけの言葉がかかる。


「芦刈君は……」

「うん?」

「芦刈君は……ストラップ、無事渡すことができましたか?」

「うん。丁度ここに来る途中の商店街辺りでバッタリね。慌てて探してたみたいだからなんとか間に合ったよ」

「そうですか。 よかったです」


 今日学校を抜け出すことになった原因。その顛末を知るやいなやホッと息を吐いて笑みが見える。


 なんだ。そのことを気にしていたのか。全く問題ない。向こうの家で色々とありはしたが、結果的には全く問題なかった。

 ……うん。最後の最後、勢いで下の名前で呼ぶとか小っ恥ずかしいことをしたが大丈夫だ。全く問題ない。まだ心は保っていられる。


「もしかしてそのことを聞きにウチまで?」

「いえっ、それも目的の1つではありますが……その……」

「……?」


 どうやら彼女にはまだなにか目的があるようだ。

 しかしそれから先はまたさっきのように言いたいけど言えない。そんな自らの戦いになってしまって聞くことができない。


 言いたいけど緊張して言えない様子。頬は軽く赤く染まり、緊張に加えて恥ずかしさも感じ取れる様。


 ……まさかやっぱり!告白!?

 どうしよう!?そんなの全然用意してないよ!?告白を受けるにしても心の準備とか雰囲気とか服装とか……!

 特に服装今やばいじゃん!上着だけ着て肌着がない!こんなの知られたら告白から急転直下ビンタになってしまう!!


 そうして自身の中で自問自答していると、一足先に名取さんは意を決したようにグッと拳を固く握って俺をまっすぐに見据える。


「あの、芦刈君! その、今日ここに着た理由は――――」

「たっだいま~!」


 何か決意を固めたらしい彼女。

 しかしその言葉を最後まで言うのは叶わなかった。


 最後の最後、本題に入るその直前で大きく扉が開く音がしたと思えば同時にここまで響き渡る聞き馴染みのある声。

 これは間違いない、雪の声だ。ヤツは「寒い寒い」と言葉を発しつつバタバタと廊下を駆けリビングの扉を開け放つ。


「ただいまおにぃ!おにぃの文化祭で色々お菓子買ってきたよ!」

「お、おぉ。おかえり。雪も着てたんだな」


 楽しげに部屋に入ってくる空気の読めない妹我が妹だったが、今の俺は冷や汗がダラダラと背中を伝っていた。

 やばい。名取さんと二人きりのところを見られた。2人とも席を立って真剣そうに向き合う構図……これは彼氏彼女云々と勘違いされる。

 いや、勘違いどころかそのような関係は望むところなのだが。今の俺たちの関係はそこに至っていない。

 むしろ今知られたらお喋り好きな雪のことだ。有る事無い事名取さんに言って非常に迷惑をかけてしまうだろう。早いとこ雪を抑えつつ名取さんを帰さねば。


「うん! そして麻由加さんもいらっしゃい!そしてただいま!」

「はい。雪さん。 お邪魔してます。そしておかえりなさい」

「…………えっ?」


 俺が雪へ名取さんのことをどう説明しようか悩んでいると、そんなフランクな話し声が聞こえて思わず気の抜けた声が出てしまった。

 えっ……雪と名取さんって、知り合い?


「ちゃんと家にたどり着けたようでよかったです。こちらも無事食材もお菓子もたんまり買い込んできましたよ!」

「それは何よりです。 ですがすみません。一足先に説明すると着いたのですが、まだ説明するには至っておらず……」

「いいのいいの! おにぃのことだもん!適当でいいって!」

「おい雪……どういうことだ……?」


 親しげに。そして訳ありげに話す2人を見て俺は思わず声をかける。

 一足先に説明?何のことだ? 雪も絡んでるのか?


「うん、おにぃにはああんまり関係ないと思うんだけど、一応ね。 ……那由多ちゃ~ん!いる~!?」

「は~いっ! 今手を洗い終わりました~!」


 名取さんと話していた雪だったが、1人前に歩き出して俺の正面に立ったかと思えば突然廊下に向かって叫び始めた。

 それに呼応するように返ってきたのは4人目の人物。数日前に知り合って、つい先日も家の前で会った茶髪の人物だ。

 その人物とは那由多さん。雪の友人で『Adrift on Earth』のことも知っている謎多き人物。彼女は俺と視線を交わすやいなやペコリと頭を下げ、もう一度真っ直ぐ俺を見つめる。


「那由多さん……」

「こんばんは、お兄さん。 今夜はお邪魔しますね」

「今夜って……?」


 復唱するようにその言葉を繰り返し、雪に目をやれば自らのバッグを漁ってとあるものを取り出した。

 それは2本の歯ブラシ。俺と雪の交換品とも思ったが違うようで、それぞれをお客人2人に渡してみせる。


「おにぃ、今日ってお母さんたち居ないじゃん? だから那由多ちゃんと……そのお姉さんの2人と一緒にお泊まり会するね!」

「はっ―――――」


 ……雪はなんて言った?

 お姉さん?誰が?雪が? ……違う。那由多さんだ。じゃあその相手はまさか――――。


「はぁぁぁ!?」


 ガタン!と大きな音を立てて椅子が倒れる。


 それは二重の事実の衝撃。

 最近会った妹の友人と、俺が思いを寄せている女性との関係性。

 そして更に、1つ屋根の下で一夜を明かすという事実に俺の脳はオーバーフローを迎えるのであった。

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