061.最後には私の
雨もすっかり止んだ冬の暮れ方。
シトシト雨を降らせていた雲はいつの間にか何処かへ消え去り、遠くの方で赤い太陽が最後の輝きを照らしている今日このごろ。
文化祭を抜け出して水瀬さんの家へ行き、そこでひと悶着あった俺は彼女の家から帰宅しようとしていた。
渡された薄めの上着を着用し、玄関で見送ろうとしてくれている少女と向かい合わせになる。
「今日は雨宿りさせてくれてありがとな」
「ううん、私こそストラップ届けてくれてありがとう。文化祭抜け出して大丈夫だったの?」
「まぁ…………どうにかなるだろ」
心配そうに覗き込む彼女に俺はフッと視線を逸して空を見る。
本当に色々仕事すっぽかして出てきちゃったからな。ちらっとスマホを見た感じじゃ「任せろ」の返事だけでそれ以降音沙汰無いのが逆に怖い。
連絡ないのは健康な証と昔から言われるように問題ないと思いたい。
ちなみにどうでもいいことだが、今日家に親が帰ってこない旨のメッセージも確認した。今日は雪と2人だけか……。
「それにストラップも修理しなきゃだね。やってくれるお店ってどこかにあるかなぁ?」
「店じゃなくても100均とかのを取り替えたらいいだろ。そういえば……」
「…………?」
俺がなにか言い掛けたところで彼女は軽く首を傾ける。
思い出すのは雨の中彼女が言っていた台詞。「大切な人から貰った大事な宝物」だと。
社長、と言っていたがそこまで彼女と懇意にしている仲なのだろうか。
そういえば少し前、朝食時に垂れ流している芸能ニュースで20代と50代の年の差結婚というニュースがあったのを思い出す。
その年の差も相当なものでダブルスコアを超えていたから印象に残っていた。
度々そういうニュースを見ることから察するに、つまり芸能界は年の差もなんら不自然ではないということ。水瀬さんは今好きだと言ってくれているが、昔は俺の他にそういう仲の男が居たのだろうか……。
「なぁに? 陽紀君」
「…………なんでもない。それじゃ」
「え~! 気になる~!! まって~!!」
「ッ…………!」
さすがにそんな女々しく器の小さいことを聞くこともできず逃げるように踵を返して帰ろうとした――――が、即座に伸びてきた手によってその進行は阻まれた。
背を向けた結果フード部分を捕まれ、最上段まで締めたファスナーの金属部分が首に直撃して文字通り息が詰まる。
「ゲホッ!ゲホッ! 水瀬さん……」
「あ、ごめん! でもそこで切られたら気になって夜も眠れないよ~! なに言おうとしたの?」
「いや、全然大したことなくてな……」
「それでも! 全然大したことなくてもいいから教えて!」
あぁ、こりゃ逃げられそうにない。
彼女のそれは完全に好奇心。しかも服の袖を掴んでギュッと握りしめているものだから逃がすつもりも無いことが伺える。
ここで誤魔化したところでどうせ俺の下手な嘘だ。看破されるに決まっている。じゃあ、正直に言うしかないか。
「その、だな。 水瀬さんのところの社長ってどんな人だ?」
「へっ?社長? 普通の何処にでもいるような人だけど……いきなりどうして?」
そりゃあ突然こんなこと聞けば理由も気になるよな。
俺は精一杯視線を外にズラして聞こえるか聞こえないかの声量でボソリと呟く。
「なんていうか……大切な人って言ってたからどんな人かと……」
「それって……。 !! 嫉妬してくれてたの!?!?」
クッ!だから言いたく無かったんだ!
小さな声で言ってもバッチリ耳に入っていたようで、パッと手を離したかと思えば目を輝かせながらズイッと詰め寄ってくる水瀬さん。
小さい体躯ながらもすぐ真正面に立ち見上げてくる姿に俺は目を合わせることなく鼻を鳴らす。
「別にそんなこと……。単にアスルがそう言うから気になっただけだよ」
「またまたツンデレっちゃって~! 大丈夫だよ陽紀君!社長は……第二の親?って感じだし、そもそも女性だから!」
「そう……なのか?」
「うんっ!」
社長は女性。その事実に思わず目を合わせるとニッコリと微笑まれる。
なんだ。そっか。つまり母親のような存在か。ホッ……。
……って、なんでホッとしてるんだ俺は。別に水瀬さんとは恋愛関係ってわけでもないのに!
「恋愛の意味で私の好きな人は後にも先にも陽紀君だけだからさっ! 安心していいよ!」
「それは、どうも。 でも、いいのか?」
「いいって、一方通行のこと?全然いいよ!」
あまりにも言葉足らずな問いかけにも彼女は一切の過不足なくその意味を読み取ってにこやかに肯定してくれた。
そうして夕焼けに照らされながら後ろ手で俺を見上げていく。
「陽紀君も今は他の女の子に目移りしちゃうような年頃だけど、最後には絶対私のところに帰ってくるから大丈夫だよ」
「―――――」
無言。
ただただその言葉には絶句するしかなかった。
まるで何一つとして間違ったことを言っていないような曇の無い瞳。当たり前のことを告げるようになんら疑いようのない口調。
彼女のその言葉には「もしかしたら」や「きっと」など、IFにつながる要素など何一つとして含まれていなかった。
未来を見てきたかのように絶対を遂行しようとするその力強さ。
もしかしたらこの精神力が彼女を売れに売れさせた大本なのかもしれない。
目を丸くし口を小さく開けて黙っていた俺だったが、暫くその視線と交差して起動すると同時にフッと笑みが溢れてしまう。
「ふっ……ふふふ……」
「陽紀君には悪いけど、これは決定事項だからね!これは『鷹の目』スキルと同じくらいの命中だから!」
「なにそれ。『鷹の目』って弓職のスキルな上に命中100%に引き上げるやつじゃん」
「そういうこと! つまり陽紀君の将来は安泰だね!」
なんだそれ。自分で言っちゃったらしょうがないじゃん。
彼女のフンス!と胸を張って自信満々に言う様が面白くてつい笑いがこみ上げてくる。
そっか。素直に嬉しいな。社長が女性だったことはもちろんだけど、そこまで好いてくれていることが。
「そっか。 将来安泰かぁ」
「うん!だから匂いのしっかりついた上着、よろしくね?」
「結局そこに行き着くんだなぁ」
「当然だよ!今はもうあれが無いと眠れないんだから! もう麻薬だよ!」
「はいはい」
麻薬たぁ随分な言いようで。
しかし提案したのは俺だし、約束は果たさないとな。
「それじゃ、またな。水瀬さん――――いや、"若葉"」
「うんっ!またね陽紀く………ってちょっと待って!今なんて!?」
「それじゃ」
「ちょっと陽紀君! もう一回言ってもう一回! お願い~!!!」
背後からすがるように叫ぶ声が聞こえたが、俺は聞こえないフリをして早足でアパートの階段を駆け下りる。
あー恥ずかしかった。那由多さんのときには気づかなかったけど、女の子を下の名前で呼ぶのってこんなにドキドキするものなんだ。
完全に言い逃げになってしまった帰宅。
きっと今度会った時は面倒くさいことになっていることだろう。しかしその時はその時の俺がどうにかしてくれる。
今はそう信じてすぐ近くにある家への帰り道を辿っていく。
「――探しに来てくれてありがとね。辛かったけど、キミに逢えて嬉しかった」
俺が階段を降りる間際、そんな声が背後から聞こえたような気がした。
きっとあのストラップを探していたという言い訳。それは本当だけれど全てではないだろう。
しかし敢えて問うわけにはいかない。俺は彼女の告げないという意思を汲み、黙って帰路につくのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「あれ……?」
家から家へ。たった数分程度の帰り道も佳境というところ。 もう家も見えてきたと言うところで俺は小さく声が出る。
そこは見慣れきった我が家の前。そんな家の前に人影が立っていることに気がついた。
逆光でよく見えないがなんとなくデジャヴを覚えるような出来事。以前は雪との帰宅、そして今回は1人での帰宅だが、それでも彷彿とさせることだった。
その人物は我が家の門の前で、おそらくインターホンに手を伸ばしてはすぐ引っ込めてを繰り返している。
誰だ……?不審者か?
「どちら様ですか?」
「えっ……? あっ……!」
「あっ」
少し警戒色を高めながらゆっくりと近づき、声をかければその人物が大きく肩を震わせることが見て取れた。
そして発した声と近づいてようやく見えたその影の正体に俺と彼女、同時に驚きの声を上げた。
「……名取さん?」
「はい……その……先ほどぶりです」
両の手で大きなバッグを持って、恥ずかしそうにはにかむのは俺もよく知る人物。
昼間一緒にデートをし、食事をし、学校脱出を見送ってくれた人物。
逆光で照らされる彼女は俺が思いを寄せる人―――――名取さんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます