057.賭けて駆ける
雨の降る街中を俺は走る。
ストラップを握った手に力を込め、息切れが激しくなるのも構わずにひたすらに走っていく。
バシャバシャと地に足が付くごとに水が跳ね、制服が汚れるのを感じる。しかしそんなのは今更だ。俺はただ真っ直ぐ前を見据え、あの人の姿を探す。
文化祭真っ只中にも関わらず学校を抜け出して人探しに耽る。クラスの友人には軽くメッセージを送ったが、きっと質問攻めに遭ってしまうだろう。
そんな未来を予想しつつ商店街を駆け抜ける。商店街を抜け、住宅地へと切り替わったところでひたすらに動かしていた足を止めて息を整えつつ1人呟いた。
「届けるって言ってもなぁ……。一体どこに行ったんだ?」
それは未だに降り注ぐ雨で冷やされた頭から発せられる本音だった。
学校を出るときは勢いそのままだったが、冷静になった頭で今一度考えるとまったくアテなんてない。
今のところは家に帰る道をなぞっているが、彼女が本当にこの道を通ったのかまったくわからないのだ。
また別の、彼女のみが知っている場所に行ったかもしれないし、はたまた目的地も決めずただただ走ったのかもしれない。俺がこの道を選んだのはおそらく帰巣本能。彼女が家に帰ることにただ賭けただけなのだ。
「それに服も……帰ったらまずシャワーだな」
いくらシトシト雨といえどもそれが降り積もれば大変なことになるのは想像に難くない。
まさに塵も積もれば。さすがに服の中までという程ではないものの髪やシャツなんかはジンワリベットリとして非常に気持ち悪い。
けれどここまできたら進むしかない。帰るにしても彼女の家に行くとしても通る道を歩き始める。
――――けれどそんな疑問も長くは続かなかった。
商店街を抜けて住宅街に入った最初の曲がり角で、曲がろうとする俺は向かいからやってくる人影が突然現れたことに驚いて思わず驚きの声を上げてしまう。
「わっ!?」
「あっ、すみません! よそ見してまして……!」
「いえ、こちらこそすみません!」
少し意識が分散しすぎてしまっていたようだ。人影に驚いて後退りした俺は謝罪の言葉を述べながら少しの申し訳無さから視線が下がり、足元から順々に登っていく視線が、ぶつかりそうになった相手の顔を捉える。
「あっ………」
「えっ? あっ……」
お互いに声を上げるのも無理はない。
俺が捉えたのは長い金青の髪を帽子で隠し、雨だというのにお決まりのサングラスで顔をも隠した人物だったからだ。
身長も雪ほどしかないその人物こそ、俺が探し求めていた人物。彼女は俺の姿を認識するとともに数歩後ろへ後退りする。
「水瀬さん!探してたよ! コレを――――」
「すみませんっ!!」
「――――落としてた……って、えっ……?」
ようやく彼女を見つけた。賭けに勝ったのだ。
俺は求めていた人物、水瀬さんを見つけられた安堵からか数テンポ行動が遅れたもけれど握っていた落とし物を彼女に見せる。
……しかし気づいたときにはその場から既に彼女の姿がなくなっていた。
視線を更に奥にやれば謝罪の言葉を述べた後、そのまま踵を返し逃げるように背を向けて走り出す彼女が。
どんどんと遠ざかっていく後ろ姿。一体なぜ走り出したのか。それすらも理解できなかったが、ここで逃したら更にマズイことになると本能的に感じ取り俺も足に力を込めて同じ方向へと駆け出していく。
「待って水瀬さん! なんで逃げるの!?」
「だってっ! 今は会いたくないからっ!」
「会いたくない!?どうして!?」
「それは……えっと……今は無理だからっ!」
まったく理由になっていない説明に困惑するもののそれでも地面を蹴る足は止まることを知らない。
ちょっとずつ。本当にちょっとづつだがそれでも僅かながら縮まっていく二人の距離。ついには互いの距離が限りなく近づきその手を取ることに成功する。
「あっ!」
「ハァ……ハァ……。 無理なのは……俺が名取さんと一緒にいたから?」
彼女が逃げる理由。それは走りながらある程度察しが付いていた。
俺のことを好きだと言ってくれた水瀬さん。なのに仲良くしている俺と名取さんを見るとどういう気持ちを抱くかは容易に想像できる。
きっと心穏やかじゃなかっただろう。怒っているか……もしかしたら泣かせてしまったのかもしれない。その問いに答えない彼女はサングラス越しに俺を見つめる。
掴まれたことで逃げることも失敗だと悟ったのだろう。
脱力する姿はきっともう逃げる気はないと判断し、掴んでいた手を離して見上げている大きなサングラスに手をかける。
「それは……」
「ゴメンね水瀬さん。外すよ。――――――やっぱり」
サングラスを外した彼女。その目には涙が溜まりに溜まっていた。
もういつ決壊してもおかしくない状況。彼女を泣かせてしまったのは俺だという事実に胸の奥がズキンと痛くなる。
「ゴメンね陽紀君。こんな顔、見せたくなくって……」
「俺こそゴメン。俺のせいだよね」
「ううん、違うの……違うんだよ……陽紀君」
罪悪感を感じさせまいと否定する彼女に俺は首を横に振る。
いいや、これは完全に俺のせいだ。好きだと言ってくれてる相手にあんなのを見せるだなんて。
「いいや、俺のせいだ。 水瀬さんの気持ちを知ってたのに……」
「陽紀君、その……ね……?」
「でも、言い訳になるけどアレは傘が小さかったからで、決してずっとあの状態だったわけじゃあ――――」
「もうっ!聞いてよ陽紀君!!」
「―――ぐぇっ!?」
まさに奇声のような声が出てしまった。
アヒルの鳴き声のような俺自身も不思議な謎の声。その原因は水瀬さんの手によるもの。
彼女は喋っている俺の顔を両側から挟み込み、頬を潰す形でギュッと手のひらで押し込んでみせたのだ。
結果俺の口はアヒルのようになってしまい声さえもまさにアヒルになってしまう。
驚きでまんまるになる俺の瞳。一方で彼女は目に涙を貯めたままその奥に真剣の色を見せつつ俺をジッと見つめてくる。
「
「もうっ、聞いてってば! 私が泣いてたのは落とし物のせい!」
「おふぉふぃ……ふぉも?」
落とし物……?それってどういう……?
「そう!落とし物!! どこで落としたのかスマホに付けてたネスキーのストラップ失くしちゃったの!! アレ社長から……大切な人から貰った大事な宝物なのに……! どこ行っちゃったのぉ?」
自分で言っている間に耐えきれなくなったのだろう。
貯めていた涙は決壊してしまいボロボロとこぼれ落ちていく。
それは本当に大切なものを無くした彼女の涙。頬が開放された俺は今一度手に握っていた感触を確かめる。
「水瀬さん……」
「だから帰り道辿って探そうとしてたの! 陽紀君から逃げたのはこんな泣き顔恥ずかしいし誤解させちゃうからで……」
「ストラップってコレのこと?」
「えっ……コレって………私のストラップ!? どこで見つけたの!?」
オズオズと手のひらを広げて見せたのは彼女が涙を流しながら探し求めていたであろうストラップ。
その反応からコレで間違いないようだ。受け取った彼女はさっきまでの泣き顔から一転、笑顔にどんどん変わっていく。
「えと、学校の中庭ベンチに」
「あの時か~!ゴメンね、ありがとう陽紀君!」
「…………別に」
もうその瞳から涙が流れることは無くなっただろう。
まだ目の端に貯まってはいるもののその笑顔と相まって美しいものにさえ思える。
俺はそんな彼女の真っ直ぐな感謝に嬉しく思う。
そして同時に、恥ずかしさのあまり顔を背けて腕で隠す。
まさか名取さんと俺のとの距離感を見て泣いたと思ってたのに勘違いだったなんて…………恥ずかしい!!!
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