055.見失ったもの


 時は、ほんの少し前まで遡る―――――。





「さぁ~って、愛しのあの人はどこかな~?」


 人が多く行き交う空間。ガヤガヤとそこかしこから楽しげな話し声が聞こえる校内を少女は後ろ手に回してのんびりと見て回る。


 パッと視線を向けた先は黒や赤で彩られたお化け屋敷を演出している教室。

 受付の生徒はお化けを演出しているのか白い布を頭から被っていて口数少なく役になりきっていた。

 ガヤガヤと賑やかな廊下。そんな時、突如遠くから巻き上がる悲鳴に意識を向ければ全力ダッシュで教室から男女ペアが飛び出し、大きく肩を揺らし息切れをしていた。

 きっとそれほどまでに怖い出し物だったのだろう。悲鳴を上げたであろう両者は怖がりつつも互いに笑顔だ。

 そこで彼女は思いつく。きっと彼と回れれば怖くも楽しく、そして合法的に抱きつくこともできるだろうと。

 そんなことを妄想しながら彼女は足を更に進めていく。


 次に見えてきたのはレトロな遊戯屋さん。

 割り箸で作った輪ゴムの鉄砲や100均で買ってきたとみられるプラスティックの輪っかなど、少し昔の雰囲気を感じさせる出し物だった。

 鉄砲で人形を落としたり輪っかを投げて遠くの穴に入れたりと目的がシンプルかつ明快。教室の中央には数多くの駄菓子が多く鎮座していて小さな子どもたちが遊んだり、近くの椅子で獲得した駄菓子を食べたりしていた。

 これも……彼とならきっと楽しめるだろう。一緒にやっているゲームではストラックアウトや銃の早打ちなどのミニゲームもある。ゲームを引き合いに出せば彼となら、子供向けでも絶対楽しめるだろう。


 楽しそうな出し物をしている教室を眺めながら歩き、廊下でよくすれ違うのは様々な格好に身を包んだこの学校の生徒と思しき同年代の子たち。

 クラスで合わせたのか同じシャツの人々や執事服を来た人。謎の着ぐるみに身を包んだ人など様々な者とすれ違う。

 それらを見た彼女は足を止めて後ろ姿を目で追っていった。


「いいなぁ。 みんな楽しそうだなぁ」


 文化祭の当事者。今日の主役から発せられる楽しげな空気を肌で感じて少女はポツリと漏らす。

 仕事を本格的に行うという理由で高校に行かなかった彼女。高認を取って資格的には問題ないとはいえ学校生活に興味がないわけではなかった。

 友達と一緒に勉強し、遊び、たまにはこうやって一緒の目標を見据えて切磋琢磨する。もちろん高校に行かなかった自分の選択に後悔はない。しかし偶に思うこともあるのだ。もし通っていたらどうなっていただろうとも。


 しかしいくら考えても答えが出ることもないし過去に戻ることもできない。

 少女は青春の1ページを見てセンチになった気持ちを振り払い、もう一度前を見据える。


「そんな事言ったって仕方ないしね。 さぁてっ!陽紀君~!どこ~!?」


 そう自分で自分を盛り上げながら足を動かし目を動かす。けれど一向に目当ての人物を見つけられる気配はない。

 無理もない。約束も報告もせずにここに来たからだ。彼の高校にて行われる文化祭。聞くところによると彼は11時から休憩に入るという。

 彼の休憩に合わせてやって来た少女、若葉。彼女の目的はひとえに陽紀と文化祭を一緒に回ることだった。

 約束しなかったのはサプライズで驚かせたかったから。だからそう簡単に見つからないということもわかっている。できれば休憩終わりの13時前までに見つけたいところだけど―――――


「か~のじょっ! 今一人~?」


 もう一度意気込んで大好きなあの人を探そうと足を踏み出した途端、背後から肩をつつかれて呼び止められた。


 この感覚……この台詞は心当たりがある。ナンパだ。

 思春期に入ろうかという頃に芸能活動を始め、これまで人の多く集まる場所からは極力遠ざけられた彼女。

 売れっ子アイドルになってからはそれが顕著になり、これまでナンパというものに遭遇したことがなかった。

 いうなれば人生始めてのナンパ。人によっては喜ばしいと感じる者もいるかもだが彼女にとってなんら喜ばしい要素がない。


 今は忙しいし目的の邪魔をされてるし、何より自分には好きな人がいる。

 声を掛けられた時点で思考は「どう断ろう」という方向へシフトしていた。変に断って逆上されても面倒。それで正体がバレたら更に面倒だから。

 適当に、約束しているとでもいって誤魔化そう。そう決めた若葉は肩を上下させながら大きくため息をついて後ろも見ずに反応する。


「すみません。私、約束があって急いでおりますので」

「え~。そんな事言わずにさあ。ちょっとだけお話しようよぉ」


 ……ナンパってこんなにしつこいものなんだっけ。

 急いでいる彼女に少しの怒りが生じた。早く彼に会いたい。そんな焦燥感から心の中の余裕が無くなっているのを感じる。


 ならば面向かって直接断ろう。

 そう決めた彼女は少量の怒気を含ませながら思いっきり振り返って拒絶の言葉を口にする。


「だからっ……! 私は忙しいので相手にする暇なんて――――」

「こんにちわですっ! 若葉さん!!」

「――――雪ちゃん!?」


 振り返りながら少女が発する怒りの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 振り返り、最後の最後で相手の顔を認識すると思わず飛び出るその名前。


 どうやら後ろから肩を叩いてナンパしていたのは大好きな人の愛しの妹、雪だった。

 まさか相手が想像していた人物どころか顔見知りだったことに若葉の目は丸くなる。


「ごめんなさい若葉さん。後ろ姿見つけちゃったのでついイタズラしちゃおうと思いまして」

「ううん、いいのいいの! それより奇遇だね!雪ちゃんも遊びに来てたんだ!」

「はい! 今年ここを受験しますので友達と一緒に!」


 雪が振り返って遠くに目をやるのを見て若葉も向けると、少し遠巻きにこちらの様子を伺っている女の子の姿があった。

 きっとあの茶髪の可愛らしい子が友達なのだろうと若葉も納得する。


「そっかぁ……。来年はここの生徒として参加できるといいね」

「はいっ!」

「……それで雪ちゃん、陽紀君……お兄さんのことなんだけど―――」


 せっかく雪がここにいるんだ。ならば何か情報をと期待して若葉にとっての本題を口にする。

 決してやましいことでもないのに少し小声になりながら。口元に手を当ててコッソリ聞くと、雪は残念そうな顔を浮かべて首を横に振ってみせる。


「すみません。私もからかおうと思って探してるんですがどこにも見つけられなくって」

「そっかぁ。うん、ゴメンね。ありがとう」

「いえ! 見つけましたらすぐ連絡しますので!!」

「ありがとね雪ちゃん。 それじゃあ、文化祭楽しんで」


 若葉の好きな人を雪は知っている。だからだろう。今回も無理に『一緒に回ろう』と誘うことはなく、若葉の別れの挨拶を素直に受け入れた。


 振り返る前からは一転してすっかり機嫌のよくなった若葉は雪に手を振って歩きだす。少し歩いて振り返ると雪は奥で待ってくれていた友達であろう少女に追いつき笑顔で談笑していた。

 若葉は陽紀によって、毎日雪が勉強していることを知っている。そしてその難しさも。それでもきっと彼女ならこの学校にも受かる事ができるだろう。心の内で「頑張れ」と唱え、再び人探しの旅を再開させるのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「う~ん、ほんとにどこ行っちゃったのかなぁ?」


 雪と分かれておよそ四半刻。若葉はいまだ、かの姿を見つけられずにいた。

 校舎は一通り回ったし窓から全体を隅々まで見渡したりもした。すれ違いという線もあるがこれだけ探して見つけられないとなるといくら若葉でも疑問の声を上げずにはいられない。


「もしかして……もう帰っちゃったとか?」


 中庭の隅で一人ベンチに座り頬杖をつきながら考える。

 ここまで見当たらないとなるとその可能性もあり得るかもしれない。急な発熱かサボりか、どちらにせよ彼のことだからありえないとは言い切れない。

 もしも怪我やトラブルだったりしたら……と嫌な予感も頭をよぎるがその考えには行き着かないようすんでのところで思考をせき止める。


「ここまで見当たらないなら、本当に帰っちゃったかもなぁ。 もう諦めて連絡を…………あれ?雨?」


 サプライズで来たのだけれどここまで見つからないなら仕方がない。会えないよりかは遥かにマシだと諦めにも似た感情でスマホを取り出したが、その瞬間画面にポタリと雫がひとつ落ちたことで若葉は天を仰ぐ。

 薄暗くなった曇空。冬の入口だけれどまだ秋ということで変わりやすい空は今にも泣き出しそうなほど暗く佇んでいた。

 まさか……そう思って立ち上がったけれど天のほうが動きは早い。この場から立ち去ろうと思っていた頭に、地面に、テントにと雨粒が少しづつではあるが降り始める。


『え~!こんな時に雨~!?』

『道具を!道具をテントの中に!』

『だれか傘!傘持ってきて!!』


 ワイワイガヤガヤと盛り上がっていた中庭の生徒達はあっという間に雨への話題に切り替わった。

 機械が濡れないよう急いでテント下に移動させる者、校舎へ逃げ込む者、諦め混じりで列に並び続ける者と様々だ。


 さぁ自分はどうしよう。

 そう振り始めた雨の下で一瞬だけ考えた若葉は、校舎に入ろうと荷物をまとめ始めたところで…………その姿を見てしまった。


 バサッ!と勢いの良い音を立てて広がるは傘の音。列に並んでいる誰かが傘を差したのだ。

 こんなお祭りで浮かれているさなかキチンと雨を予測して対策をしているなんて。そう好奇心で振り返り、どんな人か目に収めようとしたところで―――――


 若葉は彼の姿を捉えた。


「あっ……!」


 ――――その者はこれまで若葉が探していた人物、陽紀だった。

 人一人分の小さな折りたたみ傘。それを広げて列に並ぶは間違いなく彼。


 なんという偶然。なんという奇跡。

 若葉は今日傘を持ってきていなかった。丁度会ったのだし、呼んでできれば傘に入れてもらおうと、手を大きく掲げてみせる。


「お~いっ!はる――――っ!!」


 若葉は大手を振って彼を呼ぶ――――も、その言葉が最後まで続くことはなかった。

 これまで列に並んで人混みに紛れていたお陰でよく見えなかった彼の周り。それが雨によって人の流れができたことで、全容が明らかになってしまった。


「…………そっか」


 それはある種の納得。


 眼の前の光景を目にした若葉は振り上げた腕を静かに下ろす。

 彼女が見たものはピッタリと密着する陽紀と女の子。小さな傘を分け合ってまるで恋人同士のようにくっついて幸せそうに微笑む両者。


 それを見た若葉の浮かべた表情は、笑顔だった。腕を脱力し、力なく笑みを浮かべてから振り返り、この場から抜け出そうとグッと足に力を込める。


 駆け出す瞬間スマホが何かに引っ張られたような気がしたが、グッとスマホを固く握って引っ張りスマホを手元に引き寄せる。

 

 そこは誰もいなくなった中庭のベンチ。足元には草木に引っかかってちぎれてしまったネスキーのストラップが、寂しそうに転がっていた――――。

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