053.穴場と譲り合い
「は~い! バナナとミックスベリーをお待ちのお客様~!」
「あ、は~いっ!!」
なんのイベントもない日常では決して見ることのない光景。
辺りには老若男女問わず様々な人が闊歩し、音楽が鳴り響いて活気の良い校舎内。
そんな祭りの真っ只中にいる廊下にて、まるで街の店員さながらの掛け声で呼ぶ声に名取さんが応える。
向かう先は廊下の受け取り口。教室の窓を外して開放された空間から出店の店員役を担っている生徒が顔を出し、両手に持っていたものを彼女に手渡す。
「おまたせしました。気をつけてお持ちくださいね」
「わぁ……!おいしそうですね!ありがとうございます!」
名取さんは行列の果てに受け取ることのできたそれをこちらに駆け寄ってくる。そして両手に持っていた片方をこちらに差し出し、俺に手渡してくれた。
「芦刈君はバナナでしたよね。さっきお会計の時にゆっくり食べられそうなところ教えて貰ったのです。行ってみませんか?」
「ありがと。そういえばさっき図書委員長が会計してたね」
「はい。私達を見た途端コッソリ教えてくださいました。 ……ふふっ。こっちです」
まさにコッソリ、と表すように人差し指を手にあててウインクした彼女は先導して廊下を奥に進んでいく。
今日は学校行事の中でも大規模なイベント、文化祭。このような日は来場者が快適に過ごすために様々な教室が開放されている。
普段生徒たちが詰めている各々の教室は出し物が無い限りクラス代表者によって施錠されているが、空き教室など貴重品のない部屋は自由に行き来することができる。
しかしそれは全生徒承知のこと。貴重品等の観点から教室に戻れない生徒たちに加え外からの来場者によってお昼時も相まってどこも賑わっていた。
椅子や机などは既に置いてあったものを使われているがその殆どが埋め尽くされていた。どの部屋も人、人、人ばかり。なにか良い穴場があればいいのだが……
先導する彼女もそんな事は百も承知のようで人でいっぱいになった教室には目もくれず脇の廊下を通り過ぎる。
廊下を進み、階段で次の階へ。しかし次の階でも降りることはなく、さらに彼女は階段を登っていった。
さっき通り過ぎた階はこの校舎の最上階。そこさえも無視して次へ行くということは……彼女の目指す先って――――
「ここですね。お待たせいたしました。ここなら人もあまり居ないはずです」
「ここ……?たしかに人はいないと思うけど……でも鍵が……」
そこは開くはずのない扉。生徒ならば誰しも知っているはずの情報を笑うだけにとどめた彼女は、一度ドアノブを捻って感触を確かめつつ今度こそ力強く腕を引き扉を開け放つ。
開けた瞬間舞い込む一陣の風。そこは屋根の上、屋上だった。
机どころか椅子もないただの吹きさらしの空間。けれど天に鎮座する太陽の光が燦々と照らしていた。
何より特筆すべきはその人口密度だろう。数値に表すとまさに0。誰一人としてこの空間には居ない。さっきまで人の多い場所を渡り歩いてきたものだから久しぶりの空間に開放感さえ覚えていた。
「よかった。誰もいらっしゃらないようですね」
「屋上って開いてたんだ……」
屋上には2つ扉が存在する。
1つは階段へ続く扉。もう一つは貯水槽に続く扉だ。貯水槽側には少し広めの空間が設けられており暗幕や旗などイベント事で使う様々な備品が普段置かれている。
だからこそ準備と片付け期間に開いていることは知っていた。そして期間限定でコッソリ生徒たちに解放されていることも。
しかし開くのは準備と片付けのみ。当日は危険性もあって施錠されていると聞いていたのだが…………。
「先程お話した図書委員長さんのお知り合いが生徒会の方々でして開けておいて貰ったようです。12時台は先輩方が使われるのですが、11時台はゆっくりしたらどうかとご提案頂きまして」
「図書委員長が……」
「はい。なので本日はこちらで頂きましょう?」
「あ、でも椅子もないから名取さんのその服、汚れてしまうんじゃ?」
棚ぼた的に場所の提供をしてもらったのはありがたいがどうやって食べようか。
椅子も無いし地べただとしたら俺はともかくせっかく着てきた名取さんの執事服が汚れてしまう。これは立って食べるしかないものか……
けれど彼女は楽しそうに、腰に手を当て胸を張り、自信満々に心配ないと告げた。
「そちらに付きましてもご心配なく!実は私、きっと人も多くて場所取りに難儀するだろうとレジャーシートを持ってきておいたのです!」
「ホント!?凄い名取さん!」
「ふふっ、お役に立てたようで何よりです。 さ、ご飯にしましょ」
用意周到、諸事万端。
今日の人の多さを予期していた名取さんのバッグからはレジャーシートが取り出される。
黄緑と花柄の可愛らしいデザイン。それを敷いた彼女は手に下げていた荷物を置き、こちらに座るよう促してきた。
「………?どうされました芦刈君。座らないのですか?」
「うん……。座るよ。座るけどね……なんというか…………」
――――そんな優しい彼女の誘いだったが、俺は腰を降ろさなかった。
買い込んだ食べ物だけを置き、自身は立ち尽くしたまま。
ついには名取さんから疑問が投げかけられ、俺は今一度シート全体を見る。
「なんというか……俺が座って大丈夫?邪魔じゃない?」
「邪魔だなんてそんな……!あ、そうでした! シート小さかったですよね!ごめんなさい!」
そう。このシートはだいぶ小さめのものだったのだ。
彼女も気を遣って荷物は背中部分に纏めてくれているがいかんせん元が小さい。一緒に座るとなると肩どころか腕までピッタリと隣接するほどの距離感となってしまう。
密着して座るなんて俺からしたら大歓迎だが彼女からしたらどうだろう。もしかしたら拒否反応が出てしまうかもしれないと尻込みしてしまっていたのだ。
「芦刈君がお座りください!ご飯も多く持ってもらってましたし私のお願いで今日付き合ってくださってますので!」
「い、いや!名取さんこそ座ってよ! 俺は体力あるし立って食べるのも全然平気だからさ!!」
もしかしたら俺の言葉で2人座った場合の距離感に気が付いたのかもしれない。
彼女は慌てて立ち上が席を譲ってくる。けれど俺もそう簡単に一人座るのを受け入れるわけにはいかない。俺も立ったまま向かい合う形になってしまった。
一種のにらみ合い。そう呼ぶには可愛らしいものだが言い換えるなら電車内で譲り合いが発生したシーンだろうか。
僅かながらの空間を両者立って相手に座るよう促してくる。俺も彼女も相手が座るまで引き下がることは無いだろう。そんな意志の籠もった視線を交わしつつ出口さえも見えない話し合いが勃発しようとしたところで、不可思議な空気を両断する出来事が舞い込んだ。
クゥゥゥゥ……………
「えっ…………?」
「―――――!!」
聞こえてきたのはまるで蚊の鳴くようなか細い音。けれど人の少ない空間だからこそ俺たちの耳に届いた。
それは空腹を知らせるサイン。何者かのお腹が鳴る音。身体の奥底から叫ぶように聞こえてくる音に身体を震わせたのは目の前の人物だった。
「さっきのって……名取さん?」
「……………………はい」
かなり引っ張った返事。耐えに耐えて、しかし耐えきれなかったことが伝わってくる彼女の返事に俺は肩の力が抜け、フッと笑みがこぼれる。
「笑わないでくださいよぉ……。もうお昼で我慢できなかったのですからぁ……」
「ゴメンゴメン。 それじゃあレジャーシートのことなんだけど、座っていいかな?」
「!! は、はい!どうぞお座りください!」
さっきの可愛らしい音色を聞いてリラックスした俺は恥ずかしがっている彼女をよそに敷かれたレジャーシートに腰を下ろした。
そして名取さんもレジャーシートを譲るようにスッと後ろに下がってみせる。
「ううん、名取さんもほら、座りなよ」
「…………えっ?」
「お腹空いてるでしょ?一緒に食べよう。 それとも俺と一緒に食べるのはイヤ?」
「―――――。 い、いえっ!イヤじゃありません!! 芦刈君さえよければご一緒したいです!」
「よかった。 じゃあ一緒に食べよう」
よかった。本当によかった。 名取さんは俺と隣合うのはイヤじゃなかったみたいだ。
「失礼します」と声を掛けた彼女はおずおずといった様子で俺の隣にチョコンと腰を下ろす。
座った瞬間、肩にほんの少しかかる彼女の感触。
小さな肩と控えめな細腕。そして少し頭を動かせば彼女の顔がある事実に誘った俺ながら少し恥ずかしさを感じてしまう。
「私はあまり痩せてるほうではないので……。狭く、ないですか?」
「ぜっ……ぜんぜん! さ、さぁ食べよ!クレープも溶けちゃう!」
「そうですね! 早いところ食べませんと時間も来てしまいますしね!」
たった一瞬だけの互いを見合わせる時間。しかしそれは恥ずかしさから当然長く続くことなく慌てて後方の袋を持ってくる。
今日は文化祭。
互いに色々と抱えている事があるだろうが置いておいて、今この時を大事にする俺たちなのであった。
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