052.深謀遠慮の策
学校生活のなかで5本の指に入るであろう大イベント、文化祭。
それは普段閉じられがちな学校と外界の大きな交流の場。じっくりと育て上げた出し物を来場者に披露し、楽しんでもらい、時には対価を得ることもある非日常の一角。
祭りの規模は学校全土に及び廊下や中庭、体育館など様々な場所から一人でも多くのお客を勝ち取ろうと活気ある声が飛び交っている。
まさしく青春。まさしく思い出の1ページ。
静寂が包み込む授業中とは違い合法的に声を発して楽しむことができるこの1日を満喫しようと生徒たちはそれぞれ出店を回ったり運営して精を出している。
もちろん参加者は生徒たちだけではない。保護者や近所の面々、他校の生徒などまさしく先客万来と呼ぶに相応しい人々が校内を闊歩していた。
そんな文化祭も軌道に乗ってきた11時台。
俺は文化祭用にいつの間にか作られていたクラスTシャツを着用し目的の場所まで駆けていく。
普段とは違い人が多くて動きにくい。けれどそんな人混みもスイスイと身体を捻りながら突き進み、軽い足取りのまま目的の場所までたどり着いた。
「はぁ……はぁ……。ごめん、待った?」
話しかけるはこちらに背を向け窓から外の様子を眺めている人物。
その者は黒いパンツに黒いジャケット。シュッと線の細いシルエットを発揮して佇んでおり、俺の言葉に気づいたからかゆっくりこちらに振り返る。
「いえ、今来たところですよ。 お疲れ様です芦刈君」
振り返りながら笑いかけたのは俺が密かに想い続けている女の子、名取さんだった。
彼女の姿は普段の制服とはひと味違い、上下黒の立派な執事服。しっかりと首元に留められているネクタイは彼女の真面目さの証で、背筋を伸ばしてしっかりと両足で立つ姿はまさしく本職と思わせるほど。
普段は首後ろで結ばれている長い茶髪は後頭部まで上げられており、バンスクリップでしっかりと留められている。
柔和な微笑みが人々を虜にさせるであろう姿はまさしく男装の麗人。
きっと彼女の魅力故だろう。道行く人々は遠巻きながらもすれ違いざまに視界に収め、そんな普段と違う彼女に俺もつい目を奪われてしまう。
「えっと……すみません。そんなにジロジロ見られたら私もちょっと、恥ずかしく…… 」
「えっ……?あっ!ごめん!!」
どうやらその魅力にあてられてボーっとしてしまったようだ。
恥ずかしいのかメガネの奥から見える瞳は伏し目がちになり、ほんのり頬も染まっている。
俺が慌てて目を逸らすと彼女の「いえっ!」という声がこちらの耳に届いてくる。
「その、そうじゃないんです! えっと、私も普段しない……いつもと違う格好で恥ずかしいというか……。こんな立派な執事服を着てしまって芦刈君のお目汚しになってしまいそうというか……」
「お目汚し!?ううん!全然! むしろ似合いすぎてて……俺がふさわしくないんじゃないかって思うくらい」
彼女はまさしく『美しい』を体現したかのような執事姿。一方俺はクラスTシャツというなんともアンバランスな格好だ。
こんな姿で隣を歩くのは些か気が引けてしまう。
「いえっ!芦刈君も素敵ですよ! 先程まで接客していた姿をここで見てましたけど、すごく輝いて見えました!」
「そう、かな? ありがと。名取さんも素敵だよ」
「はい……。ありがとうございます」
いつの間にかお互いの褒め合いになり揃って顔を赤くする。
そっか。素敵か。例えお世辞でもすごく嬉しい。それが好きな人に言われたならなおのことだ。
あれ?さっき接客する姿見てたって……
「名取さん、接客する姿見てたって言ったけど、もしかしてそんな前からここで待ってたの……?」
「えっ……? あっ!!」
彼女もそれは無意識からの発言だったのだろう。
俺がここに来る直前、クラスでフライドポテトの提供をしていた。接客もしたし揚げ物も。その姿をこの窓から見ていたということは、彼女は俺が思っている以上に前からここに立っていたことになる。
そのことを指摘された名取さんは驚きの表情を浮かべ、少しバツの悪そうな顔を浮かべながら口元を手で覆い隠す。
「その……私も文化祭を回るの楽しみにしてましたから。待ちきれなくって……」
「名取さん……」
その言葉は今の俺にとってなにより嬉しい言葉だった。
俺と回るのが楽しみだと。そのために早くから来てくれたと。その事実に胸の奥が暖かくなり思わず頬も緩んでしまう。
「も、もう!私のことはいいんですっ! 早く行きましょう!時間だって限られてるんですから!!」
「あ、うん!」
まるでそのことを追求されることから逃れるように名取さんはその場から歩き出す。俺も彼女を追うようにその姿を追っていった。
――――これは先日の約束の遂行。
想い人同士が文化祭を回る青春の甘酸っぱい1ページ。
少年と少女は隣だって歩きながら互いに手を取ろうとして意識するが、結局失敗に終わったのはまた別のお話である。
◇◇◇◇◇
「――――ふぅ。やぁっと着いたぁ!」
所変わって学校の校門前。
そこにたどり着くは小さな体躯の女の子が一人。
「これが噂に聞く文化祭かぁ。結構賑わってるぅ!」
そう呟いて笑みを浮かべるのは腰まで届くほどの黒髪をストレートに垂らし、元気いっぱいの女の子。サングラスに帽子をかぶり、今日も変装状態はバッチリだ。
彼女は辺りを見渡しながら目的の場所を探し、目当てのものを見つけてからは小走りで受付まで向かって目当てのパンフレットを受け取る。
「なになに~?焼き鳥にフライドポテトに綿あめに……うん、大体覚えた!どれも美味しそう!!」
サッと流し読みするだけである程度の情報を頭の中に収めた少女はバッグにしまい、もう一度眼の前の校舎を目に納める。
ここが今日の目的地。目的の人物がこの何処かにいる。
サングラスのからチラリと目を出し校舎を見つめていた彼女だったが、ふと突然堰を切ったように意識を取り戻し時計を見る。
時刻は午前11時過ぎ。その秒針と短針の位置に目を丸くした彼女は慌ててバッグを担ぎ直し校舎へと走って行く。
「やばいっ!もう時間過ぎちゃってる! 休憩時間終わる前に見つけなきゃっ!」
彼女が向かうはアテの無い旅路。これはサプライズだ。相手に何も言っていない。だからこそ自分の目で見つけなければならない。
辛うじて本人から聞いた文化祭の休憩時間。それだけを頼りに少女は校舎へ足を動かす。
彼女は急ぎながらも心踊っていた。走りながらもう一度校舎を見上げてニッと笑みを浮かべる。
「私が来たって知ったらまた驚くだろうなぁ……待っててね、陽紀君!!」
それは彼女の大きな目的。大好きな彼と文化祭を回ること。
これまで仕事に追われて達成できなかった青春の1ページ。これまでできなかった夢を叶えるため、少女の力強い一歩が地面を踏みしめるのであった。
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