051.”隠し味は愛情”の中身
「ん~! 若葉さんのカレー、すっごく美味しかったねおにぃ!」
「あぁ。確かに美味しかったな」
行くときとは違い、太陽が落ちてすっかり暗くなった道を俺たち兄妹はゆっくり歩いて帰路につく。
道を照らすは点在する街頭。闇を切り裂く白い光が俺たちの影を伸ばして静まり返った道を僅かながらでも明るく照らしていた。
この季節の世界を賑やかしている虫たちも時が経つに連れて段々来場者も減っていき、音楽祭も終わりに近づいていることを実感させられる冬の入口。
思い出すのはついさっき水瀬さんの家で食べた夕食の味。
彼女が作っていたのは料理初心者の大きな味方で大好きな人も多いであろうカレーだった。
玉ねぎに人参、隠し味にトマトを加えたスタンダードに近いカレー。その具材の切り方は随分と大味で大きすぎたり小さすぎたりと様々だが味自体に問題はない。
もちろん基幹となるであろう香辛料等はルーを利用したものではあるが、それでも十二分に美味しい夕食だった。
「普通のカレーなのに……なんであんな美味しく感じたんだろうな」
「え~? おにぃ、そんなことも知らないのぉ?」
「…………」
独り言を呟くようになんとなしに出た言葉に間髪入れず反応をする雪。
ニヤニヤと。わが妹のニヤついた笑みが俺を覗き込む。
どうせ愛情が隠し味とでもいうんでしょ。そういうのは分かってるよ。
「早く学校終わってたあたしだからわかることなんだけど、若葉さんってばおにぃの好きなカレールーとかおかずとかをお母さんに聞いてたんだから」
「そう……なのか?」
雪の口からでた予想とは全く異なり現実味を帯びた内容に思わず俺は目を丸くする。
確かにカレー自体は食べ慣れた感もあった。そして嫌いな具が一つもなかったことにも今更ながらに気がつく。
しかしあまりに自然で違和感がなさすぎたせいでで流してしまっていた。それがすべて綿密な調査の結果だとしたら……俺の好みと合致していることにも説明がつく。
「若葉さんってば一言も漏らさないようビッシリとメモ書いてたよ! ルーのメーカーまで気にしてたのはあたしも驚いたけど」
「水瀬さんがそんなことを……?」
「そうだよ~! そういう意味では愛情が隠し味とも言えなくもないねっ!」
結局はその結論に至るのだけれど、それでも先程の料理を見る印象は全然違っていた。
努力の上で出来上がったカレー。まさしく俺だけのために作られたと知るや顔がボッと火を吹くのを感じる
「あー、おにぃ顔真っ赤~」
「う、うるさい! 寒くなってきただけだっ!」
覗き込んでる雪が目ざとく俺の表情の変化を受けて的確にからかってくる。
これは……そう!寒さで頬が赤くなってるだけだ!しもやけなんだ!
「ホントかなぁ~?おにぃってばやっぱり若葉さんのこと結構意識してるんじゃないのぉ?」
「……ほら、そんな事言ってると遅くなって母さんに心配かけるから!早く帰るぞ!」
「え~!?おにぃまってよ~!」
口元を隠して笑う雪を見てこれ以上追求されたらマズイと確信した俺は、早歩きで追い抜きさっさと家へ向かっていく。
雪ってば変なところで勘がいいからな。後ろめたいことは……無いと思うが変に心読まれるのも厄介だ。ここは早いとこ帰らせてもらう。
「…………ん? あれ何だ……?」
「わぷっ! なぁに~おにぃ、突然止まらないでよぉ」
あと数歩で自宅。もう目と鼻の先に家が見えたところでいつもと違う光景に気づいた俺は思わず足を止める。
背中に雪が突撃する衝撃が走るが俺の視線はただ真っ直ぐへ。そこには俺の家の前に真っ黒な車が止まっているのが見て取れた。
「何アレ? 車?ウチのじゃないよね?」
「あぁ。見覚えないな。雪は?」
「ん~ん。まったく」
だよな。
ウチの車は父のが1台あるが白色。車検もまだ先だったと記憶している。
事故って代車という可能性もなくはないが、それだったら駐車場じゃなくて門の前に止める理由がわからない。誰か来客か?
あまりに不自然な車の存在に少しだけ警戒心を高めながらゆっくりゆっくり近づいていくと、突然後部座席のウィンドウがゆっくり動きだしてその正体が露わになる。
「雪ちゃ~ん。おかえり~」
「あたし? ……あっ、那由多ちゃん!」
どうやら車に乗っているのは雪の知り合いだったようだ。車から顔を出すのはつい先日もウチに遊びにきていた那由多さん。
俺の背中に隠れるようにして様子を伺っていた妹だったがその声を聞き、手を振る少女の姿を見ることで警戒心を解いてからは俺を押しのけて車に近づいてく。
「お兄さんも、こんばんわ」
「……ども」
「どうしたの那由多ちゃん! こんな遅い時間に!?」
何だかやけに高級そうな黒光りする車。そして予想していなかった俺への挨拶につい萎縮してしまった。
本当に何の用だ?今から遊ぶと言っても流石に無理だぞ?泊まるにしても明日学校だし。
「うん。ホントは夕方すぐに渡しに行きたかったけど雪ちゃん居ないっていうからさ。……はい、明日までの課題。学校に忘れてたよ」
「えっ!?ウソ!? ありがと~!課題があったのすっかり忘れてたよ~!」
どうやら彼女の用は忘れ物の配達だったようだ。
雪め。明日提出の課題を忘れるなんてなんとも不用心な。忘れたまま明日迎えたら内申にも響くかもしれないんだぞ。
「もしかして那由多ちゃん、夕方から待っててくれたの!?」
「ううん、ちょっと寄ったけどそれから買い物したり銭湯行ったり……それで改めてここ来たらすぐに帰ってきたの」
「そっかぁ~。ゴメンね那由多ちゃん。手間かけちゃって」
「いいのいいの。あたしもブラブラ回れて楽しかったしさ。 それに…………」
…………?
那由多さん、一瞬こっち見た?
なんだろ、俺なにかしたかな?
「それに?」
「ううん、なんでもない。 それより那由多ちゃんはお兄さんと遅くまで何してたの?」
「うん!あのね那由多ちゃん!実はさっき行ってたお家なんだけど実はおにぃの――――」
「あ、ばかっ!」
「―――むぐっ!」
突然危ういことを口走りそうになった雪の口を慌てて塞ぐ。
なに水瀬さんのこと言おうとしてるんだ!
彼女はアイドルで、普段変装して外出していることは雪こそよくわかっているだろうに。
ならば俺たちが不用意に喋って広めるのは避けなければなるまい。
「お兄さんの?」
「えっと……俺のゲーム仲間って話。最近リアルで知り合ってさ」
さすがにそこまで口にして誤魔化すのもどうかと思い開示できる情報部分のみを口にする。
ウソではない。それもまた真実。ただ不必要に情報をひけらかしていないだけだ。
「そう、なんですね…………」
なんだろう。この子の覗き込む目がなんとなく怖い。
何かを探っているかのような、確かめているかのような、そんな漠然とした感じがする。
水瀬さんのことを知ってる?………まさかな。さすがに考えすぎか。
「そうですか。 ありがとございます教えてくださって。 それじゃあ雪ちゃん、あたしはもう行くね」
「うん! 届けてくれてホントありがとね」
「気にしないで。 雪ちゃんにお兄さん、おやすみなさい。また明日」
「おやすみ~!」
「おやすみなさい」
そう告げて窓を閉めた彼女は大きく手を振る雪の見送りを受けながら車を発信させる。
黒い車に黒いスモーク。閉められた窓からは中の様子など見えないが、なんとなくその奥から視線を感じたような気がして思わず身体が震えてしまう。
そうしている間にもどんどん遠くなっていく車の後ろ姿。テールランプが豆電球のようにちっさくなり街角を曲がる頃には雪も振っていた手を降ろして受け取ったファイルを胸にしっかり抱く。
「ふぅ。 よかったぁ届けてくれて。このまま忘れてたら怒られるところだったよ」
「あぁ、気をつけないとな。……それより雪、なんでさっきアイドルだって言いかけたんだ?」
「おにぃったらそうじゃないよ~。あの時せっかくおにぃのお嫁さん候補って言おうとしたのにさ~」
「…………」
腕を組んで頬をふくらませる雪に俺は冷ややかな目を向ける。
なるほどそれを言おうとしたのか。水瀬さんの正体じゃなくてよかった……って、よくない。
クリティカルな部分は彼女も分かっていたみたいだがそれはそれで俺が感化できん。
そもそもお嫁さん候補ってなんなんだ。向こうにとっても迷惑………かは否定し辛いな。
「……まぁ、お嫁さん候補云々はちゃんと付き合うの確定してからカウントしてくれ。 さっさと帰るぞ」
「おにぃったら照れちゃってぇ。はーい!帰ろ帰ろ!あたしもお風呂入りたい~!」
俺が玄関に足を向けるのを見た雪はそのまま追い抜いて先に玄関をくぐって帰っていく。
後を追うように玄関をまたぐ瞬間、ふと背後から吹き付けるのは冬始まりの突風。その風はまるで秋の嵐を予感させるような胸騒ぎを覚えるのであった。
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