049.心は裏返ることもある


「雪ー。これが最後の袋みたいだ」

「オッケー! 放り込んじゃうからそれも貸して~!」

「あいよー」


 そんな掛け声とともにガサリと音の鳴る人の胴体ほどもある大袋を受け取った妹は、慣れたようにいくらか歩いた先にあるブレハブ倉庫へと歩いて行く。

 俺もなんとなく最後ということで雪の後をついていき、プレハブの扉を開けた先には袋がこれまでかというくらいに高く積み上がっていた。

 暗く少しイヤなニオイもする倉庫。それでも隅の方で綺麗に整頓された袋の数々は俺たちの背丈すら余裕で超えるほどだった。


 嗅ぎ慣れないニオイに少し顔をしかめる俺と、もう慣れっこのように表情崩すことなくポイと放る雪。

 「これでおしまい!」と声を大にして放おった雪はそのまま扉を閉め、一息つくように額の汗を拭った。


「これでホントに全部だよね?」

「あぁ。何度も確認してもらったから間違いない」

「そかぁ。 ふぅ~!やっと終わったね~!」

「そうだな……頑張ったな。俺たち」


 ようやく一仕事を乗り切った。

 そう兄妹2人で共有した俺たちは天を仰ぎ空を見る。ここに来た時はまだ遠くの太陽が赤くなりつつも俺たちを明るく照らしていたが、今はもう鳴りを潜めて月と星がきらめく世界へと変貌していた。



 今日は長い1日だった。朝から学校で文化祭準備をし、帰ったら帰ったで水瀬さんの家の片付けを行う1日。

 部屋のゴミを纏め、荷ほどきをし、最後に集めたゴミをゴミ捨て場に放り込む工程。ここいらの回収場所がプレハブ倉庫で助かった。ここなら深夜でも問題なく置くことができるから。

 水瀬さんが部屋のゴミを玄関に持っていき、俺が階段下へ、最後に雪が倉庫へ持っていくまさにバケツリレーでのゴミの持ち出しだった。階段の上り下りで足が痛い。


 しかし、動きっぱなしの1日だったな。きっと運動部ならこれくらいの運動は大したことないと言い放つだろうがインドアな俺には十分な重労働。きっと明日には筋肉痛だろう。

 どうせ筋肉痛だから明日の文化祭準備は寝ていちゃだめだろうか。え、だめ?そう…………。


「それにしても驚いたね~! まさか若葉お姉ちゃんの部屋があんな惨状だったなんて」

「料理初めてって言ってたのも驚いたけど、家事は全然みたいだな。まぁ、仕事が忙してくてそこまで気が回らなかったんだろ」


 この街にきて1日だか2日後、彼女は俺の家で初めての料理を体験していた。そして今回の惨状で確信したが水瀬さんには家事スキルが皆無のようだ。

 人間得手もあれば不得手もある。アイドル業ばかりでも問題なかっただろうがこの街で一人で暮らすには少しでも上げてもらうしか無い。……でも、中身入りペットボトルが転がってるのはなんとかしてほしかった。PCにへばりついてる者にとってその組み合わせは変な考えがよぎってしまうから。

 いやまぁ、そんな事無いのは分かってる!でもあの部屋の汚さをみたらどうしてもねぇ……。


「でもなぁ……一つ不思議なんだよな」

「不思議? なにか変なことでもあったの?おにぃ」


 しかし今回の一件、俺から見れば気になるところが一つだけあった。

 本人に聞いてもいいのだが内面に踏み込むためどうしても聞くことが憚られること。今水瀬さんは部屋でゆっくりしてるだろうし、聞かれることはないだろう。


「いやな、その……水瀬さんてほら、アレじゃん。 俺のことを……その…………」

「好きってこと?」

「いやまぁ……うん……」


 好き。その二文字がどうしても言い出せずついには雪に補完されるまでになってしまう。

 未だに信じられないのだ。あんな可愛くていい子が俺のことを好きだなんて。


「それでだな。そんな俺にどうして部屋の掃除を頼んだかって思って」

「……? どゆこと? 意味わかんない」

「ほら!雪もあるだろ! 誰か家に招く時部屋の掃除をしちゃうっていう」

「………あ~。 そういうこと」


 一瞬雪の頭に疑問符が浮かんだがどうにか補足で理解してくれたようだ。

 俺からしたら汚い部屋を好きな人に見せる事はどうしてもできない。たしかに今回はやむを得ない事情があったのかもしれないが、自ら呼び寄せるというのは俺からみてどうにも不可解だった。

 以前風邪を引いた日、名取さんに掃除もできてない俺の部屋を見られたことは今でも悔いているというのに。


「あたしも誰か人を招く時は掃除するよ。 でも若葉さんは……好きな人にだけはそうじゃなかったんじゃないかな?」

「どういうことだ?」

「なんて言うんだろ。好きな人には自分の全てを見てもらいたかったんじゃない?」

「……すまん、言ってる意味が理解できない」


 自分のすべてを?

 雪の言っていることが理解できず今度は俺の頭に疑問符が浮かぶ。


 俺なら徹底的に隠し通したいが。とくに致命的な欠点ならなおのこと。


「好きだから嫌われないように隠すんじゃないのか?」

「そう。”好きだから嫌われないように”だよ。 若葉お姉ちゃんは一時じゃなく長いこと一緒にいる意思があるんだろうね。これから良いことも悪いこともいっぱい経験する。好きだからこそ背伸びしないで自分の欠点を何もかも教えてくれたんじゃないかな? ほら、イヤなことって後から知るとショック大きいじゃん」

「好きだから……背伸びしないで……」


 そこまで言われてようやく理解した。

 彼女は俺に知っておいてほしかったのか。自分の欠点を。


「とにかく、自分を偽りたくないくらいお兄ちゃんは好かれてるってこと!  妹としてもうれしいよ。おにぃにあんなにいい彼女さんができて」


 アパートの階段下まで駆けた雪はクルンとその場で一回転し、後ろ手で笑いかける。

 偽りたくないから、隠したいことも隠さず素直に伝える。

 それは………それはなんて凄いことだろうか。虚栄心、見栄の心。人はなんだってよく思われようとする。しかし彼女は完全に自然体で、自分の嫌な部分さえも俺に見せてくれたのだ。

 そうそう他の人にはできやしないだろう。かくいう俺もできる気がしない。それは彼女自身の心の強さを物語っているような気がした。


「………ん?」


 雪の言葉を、水瀬さんの心を噛み締めているとふと先程の言葉を思い出す。

 さっきなんて言った?俺に何ができたって?


「…………はっ!? 彼女!?」

「わ!! びっくりしたぁ……何おにぃ?突然叫んで……」


 おっと危ない。思わず驚いて声を荒らげてしまったようだ。


「いや、雪……俺に彼女とか言わなかったか?」

「え?彼女でしょ?」

「……なんで?」

「なんでって、ちょっと前……風邪治った直後かな? おにぃってば夜に若葉お姉ちゃんと密会してたでしょ? 告白の返事を……彼氏彼女になったんじゃないの?」


 …………あー。

 そういえばあの時俺ディスプレイ落とし忘れてたっけ。よくよく思い返せば漫画がいつの間にか取られてた気がする。もしかしてその時見られたのか。


「その、もしかして最近お姉ちゃん呼びするようになったのは……」

「そっ! 付き合うってことはそういうことでしょ? だから早いうちにあたしも慣れとこうと思ってね!」


 時期尚早!!

 いくらなんでも早すぎる!付き合うからと言って結婚が確定したわけでもないのに!!

 ……いや、そもそも付き合うとかそういう件はあの日進展してない!!


「雪……この際だから言っておくが……」

「ん~? なぁに~?」

「俺はあの日、水瀬さんと付き合ってないぞ?」

「……へっ?」

「あの日はちょっとゲームの話をしただけで、そもそも俺は誰とも付き合ってないからな」


 俺の語る真実を耳にした雪は振り返ってその大きな目を見開いて目を丸くする。

 驚きももちろんだがその奥には”なに寝ぼけたこと言ってるんだこのクソ兄貴は”とでも言っているような気がした。


「……何寝ぼけたこと言ってるの? まだ若葉さんの告白保留にしてるってこと?」


 あ、気がするどころか本当だった。

 雪にしてはえらく低い声。これ洒落が通じないやつだ。


「いや……そのだな……事態はもうちょっと複雑でややこしいというかなんというか……」

「ふぅ~ん……」


 くっ……!やめろ!そんな目でみるんじゃない!!

 そんな蔑んだ目は心にくる!!


「はぁ……。なんだかなぁこの馬鹿兄は」

「雪……?」

「いい? この際だからハッキリ言っておくけど」


 一つ大きく嘆息した雪はそのままツカツカと引き換えして俺の目の前に立つ。

 そしてピッと眉間に狙いを定めて指さしながら忠告の一言を口にする。


「そんなどっちつかずでウロウロしてたら同じ委員会の人どころか若葉さんにも愛想つかされてどっか行かれちゃうんだからね!」

「はい……。頑張ります……」

「ホントに分かってるのかな? もう……」


 どうあがいても正論。この世の真実。

 もう11月に入って立冬は過ぎて季節はほぼ冬。俺は寒空の下で凍えるような妹の瞳を一身に受け止めるのであった。

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