047.お願いと依頼
足取りが軽い。
まるで足も身体も全てが羽になったようだ。
家へ向かう動きは軽快で普段より膝の上がる高さが30%は上がったような気がする。
それに明日への思いもいつもと違う。
普段なら平日に学校が終わっても金曜以外は『明日も学校がある』からと多少なりとも陰鬱な気分が混じるものだが、今日はそんな事一切ない。
むしろ早く明日が来てほしい。もっと時が早く進んでほしい。そんな思いが俺の中で飛びはねていた。
もう数日後には文化祭を控えた週の中日。今回も午前の通常授業と後半の文化祭準備を終えた俺は帰路へついていた。
軽やかな気持ちも当然理由がある。明日から授業が無くなって一日の大半を文化祭準備につぎ込むことができるのも理由の一つだがあくまで一部。理由の大半は本日終わり際に告げられた言葉によるものだった。
それは名取さんからの『一緒に文化祭を回りませんか?』というお誘い。
突然駆け寄ってきてそんなこと言われたのだからホント驚いた。目玉が飛び出るかと思った。
まさに耳を疑うようなお誘い。しかし幾度聞き返しても変わりようのない真実。もちろん俺からの返答は『YES』であった。
俺も彼女もクラスの出し物による時間割り当てというものがある。だから実際に一緒に回れるのは文化祭全体のほんの一部だが、俺にとっての喜びは『一緒に回れること』と『誘ってくれた事』であった。
どうやって誘おうか難儀していたところにまさか向こうから誘ってくれるとは。もはや嬉しすぎて目から汗が流れるかと思ったよ。むしろ気づいたら流れてた。
そんなこんなで約束を交わして帰路につく。もう膝が上がりすぎてスキップになってるんじゃないかというほどだ。
「たっだいま~!」
いつもより数オクターブほど高いと自覚する声でたどり着いた家の扉を大きく開ける。
きっとこの時間は雪が家にいるだろう。そう考えながら靴を脱いで階段に足をかけたところでリビングのほうからパタパタと音の後ひょっこりと雪が顔を出した。
「おかえり~。 まってたよ~おにぃ」
「待ってた? 何かあったのか?」
「うん~! おにぃにお客さんきてるよ~!なんだかお願い事があるんだって!」
楽しげに笑う雪に俺は首を傾げ足を掛けていた階段から降りる。
お客……?一体誰だろう。
心当たりと言われたら正直キリがない。祖父母や親戚、学校の先生の面談という可能性もなくはない。
つまり全く心当たりがないということ。
個人的には国の要人みたいなのが来て「あなたは国が秘密裏に進めている異世界進出へのテスターに合格しました」とか言われたら面白いと思う。なんだその小説展開は。
しかしちょっとのドキドキ感を味わいつつ雪が出てきたリビングの扉を開けると、待ち受けていたのは金青の色で―――――
「おかえりなさい陽紀君!! ご飯がいい?お風呂がいい?それとも――――」
「…………雪、あとは頼んだ。 俺はこれから部屋に戻ってとある世界を救う使命を背負ってるんだ」
リビングで待ち受けていたのは金青の髪を持つ少女だった。
隣に立つ雪と殆ど変わらない背。神からの贈り物と思うくらい可愛らしさに全て振った容姿。そして堂々とした立ち振舞いをする彼女への対応は、スルーだった。
後は雪に任せて引き返すように扉を閉め階段を上がろうとすると、バァン!と勢いよく音を立てながら廊下に出てきた2人が俺の両手を掴んで引き止める。
「ちょっとおにぃ!なんで逃げるの!!」
「そうだよ! 世界を救う使命なら私だって背負ってるんだから!!」
グッ……!流石に人2人の力が合わさってるからかなり強い……!足が前にいかない!
絶対に階段の2段目へ足を踏み入れさせないと腕をそれぞれ掴んで引っ張ってくる妹と訪問者。俺は忍者走りのような格好で階段を登ろうとするがさすがの引きこもり。軽々とダンスをこなす者には体力で叶うわけもなく早々に諦めて振り返る。
「それで……今日はどうしたの? 水瀬さん」
「む~! なんだかおざなり~!」
嘆息する俺に怒る少女。
放課後家へやって来てまで俺の帰りを待っていたのは水瀬さんだった。
正直そんな気はしてた。むしろ水瀬さんじゃなかったらどうしようかとも。
もはや様式美のような安心感さえ覚えながら彼女へ目を向けるとぷくー!と頬を膨らましている。
「そりゃあ嫌な気がするもの」
「え~! 雪ちゃ~ん!私の結婚相手が冷たい~! 助けて~!」
「そんな………!ミナワンが私を頼って……! お兄ちゃん!若葉さんをいじめちゃダメだよ!倦怠期!?」
倦怠期って……まだ結婚して1ヶ月たってないというのに。
……いやいや違う。そもそも結婚すらしてない。俺が結婚したのは水瀬さんじゃなくてアスルだ。
「それで……改めてどうしたの水瀬さん。 放課後来るなんて珍しいね」
もうここまで来た以上、俺に逃げるという選択肢は残されてはいなかった。
それに水瀬さんが放課後ウチに来ることは初めてでもある。いつも呼び出されるか、朝のうちに侵入されてるかの二択だったから。
「うん! そのことだけど…………陽紀君!」
「うん?」
「雪ちゃん!」
「は、はい!」
まさか自分までも呼ばれると思わなかったのだろう。
一瞬驚きの表情を見せた雪はぴしっと姿勢を正して水瀬さんに向き直る。
「2人にはちょっとだけ……私のお部屋の片付けを手伝ってほしいのです!!」
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
水瀬若葉の家。
それは我が家から10分も歩かない箇所に建っているという。
時々会う公園からほど近いどこか。それが俺がこれまで認識している彼女の家だった。
けれど同時に不思議にも思っていた。
ここらにはタワマンはもちろん上質なマンションも存在しない。ただ普通に一軒家や3階程度のアパートがあったりするだけのよくある住宅地だ。
だからセキュリティ的に心配でもあった。この付近に水瀬さんが満足するような住居が存在するのかと。
「じゃーん! ここが今の私の家です!!」
「ここは…………」
学校で良いことがあって超上機嫌な俺。
突然の訪問にも笑顔で答え、突然のお願いにも二つ返事で付いてきながらたどり着く彼女の家。
家から徒歩数分の位置に、その家はあった。
自慢気に見せびらかす彼女の家は、確かにそこに。
「………………まじか」
それしか感想が浮かばない。
そこは、絵に書いたような古びたアパートだった。
よく駆け落ちした2人とかが貧乏ぐらしする時に使う、築何十年も経っているようなアパート。
2階建ての横に4部屋連なっているそのアパートはかなりボロ――――年季が入っていた。
まさか……ホントにここに済んでるの!?セキュリティ要素皆無なのに!?
「若葉さん……ホントにここに住んでるの?」
ナイス雪!それ聞きたかったんだ!
「そうだよ~。いやぁ、安くて近かったからついね! あ、セキュリティについてなら心配しなくていいよ! 武器もあるし、何かあればいつでも来ていいって陽紀君のお母様に言われてるから!」
なにそれ聞いてない!つまりウチ頼りってこと!?
いやまぁ、でもそれがマシか。さすがの俺でも頼るなとは言えない。
「じゃあ水瀬さんは……どの部屋に住んでるの?」
「んっと……全部?」
「……はい?」
じゃあこの計8部屋のうちどの部屋かと問いかけたけれど、返ってきたのは思わず聞き返す言葉だった。
全部……?全部ってどういうことだ……?
「このアパート一棟買いしちゃったの! いやぁ、安くて助かったよ~!」
「「………………」」
まじか。
空いた口が塞がらない。確かに言ってしまえばボロアパートだここは。
けれど利便性は案外悪くない。公園は目と鼻の先だしスーパーも駅もそこそこ近い。なんだったら近くにバス停だってある。
それなのに一棟買い!?いくらしたの!?
「ホントは全部建て替えとかリノベーション考えてるんだけどまだまだ遠そうだし、とりあえず住んでるの! 住めば都ってホントなんだね!」
楽しそうに笑いかける水瀬さんに俺は適当な返事しか返すことができない。
これが売れっ子アイドルの金銭感覚と適応力かと、今更ながらに畏怖の念を抱くのであった。
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