046.避けて通れぬ道がある
「あっ………あの…………! 名取さん!!」
「はい。何のご用向でしょう?」
時計の短針が頂上をとっくに越え、もう間もなく3の位置を過ぎようかという頃。
私はとある人に呼び出されて屋上へとやってきました。
普段は危険性もあって開放されることのない屋上への扉。
文化祭や体育祭、卒業式など当日を除くイベントの前後のみ、その扉は解錠され生徒の誰しもが行くことのできる場所となっていました。
夏に比べて太陽も随分低くなり、もう夕焼けになるのもほど近い11月の昼過ぎ。いつしか屋上は私達以外誰もいなくなっていて呼び出された方に視線を向けます。
「名取さん……いや、麻由加さん! 今週末の文化祭、俺と一緒に回ってもらえませんか!?」
「文化祭……ですか?」
何を言うかと思ってましたが、週末に控えた文化祭のことでした。
てっきり私は課題のこととか文化祭の予算についてだと思ってましたのに。
「ダメ……かな?」
眼の前の人物は控えめながら自信満々といった様子を滲ませながらで笑いかけます。
そんなの、私の答えは決まりきっていました。
「すみません。 その日は私も他の人と回りたいので。お断りさせて頂きます」
「…………えっ?」
「それでは。私も文化祭の準備がありますのでこれで」
一人で淡々と決めていた言葉を連ねた私は一つお辞儀をしてその場を後にします。
はて、あの人は最後一体なにを呆けていたのでしょう。私としても望み通り、あの人にとってもこの言葉を望んでいたでしょうに。
その場で立ち尽くすさっきの人に疑問を持ちながらそれでも足を止めることなく屋上から校舎に戻り、階段の最初の踊り場を回ったところで一人の少女が仁王立ちで立っていることに気づきました。
「―――やあやあ!麻由加ちゃん! 見事な振りっぷりだったねぇ!」
「………鈴さん」
そこにいたのはクラスメイトの鈴さんでした。
クラスの中でもムードメーカーで私にもよく話しかけてくれる人。悪い人ではないのですが真逆の性格過ぎて少し気後れしてしまいます。
「ごめんね~。どうせ断られるの分かってたから止めようと思ってたんだけど邪魔できないよう根回しされちゃってさぁ。 それでせめてもの断って降りてくるであろう麻由加ちゃんを下で待ってたってわけ!」
「断るって、さっきのお話のことですか?」
「そうそう! いや~!こっちまで聞こえてきたけど見事な振りっぷりだったね!サッカー部次期エースもあれじゃ型なしだ!ざまぁみろっ!!」
そう言って大口を開けて笑う彼女に私も少し頬が緩みます。
さっき屋上に呼ばれてたのはクラスメイトの男の子。サッカー部に所属されているということくらいは知ってましたが次期エースだったのですね。
「ですが、なんで断るられるのを分かってて呼び出したのでしょう?」
「そりゃあ……アレだよ? 男には避けては通れぬ道がある……的な?」
「はぁ、そうなのですね。 男女問わず罰ゲームって大変なのですね」
「…………ん?」
先程の方の心労を慮って嘆きながら息を吐くと、鈴さんはなにやら疑問の声を口にします。
はて、私は変なことでも言ってしまったのでしょうか。
「ねねっ、麻由加ちゃん。さっきのお誘いって何のことかと思った?罰ゲームって?」
「はい? 先程私を誘ったのは罰ゲームの一環ですよね? 何かゲームで負けたから罰ゲームとして私を誘えっていう……」
「んん~?」
なにやらイマイチ理解していないような鈴さんに私も頭をかしげます。
根暗で地味な私なのです。面白がって誘ってくる人はいれども本気で迫ってくるような男の子はいないでしょう。そもそもさっきの人とマトモに話した事ないですし。
「あ~……もしかしてこれが深窓の令嬢っていわれる所以なのかなぁ?」
「鈴さん?どうされました?」
「ううん! なんでもない!麻由加ちゃんも大変だな~って思ってね!」
「いえいえ、鈴さんのほうが大変でしょうし凄いと思いますよ」
「えへへ~? そうかなぁ~?」
それは間違いなく私の本音です。
いろいろな人と仲良くできる上に根暗な私までよくしてくれて。リップサービスでしょうがそう言ってくれて嬉しいです。
破顔させながら気持ちよく笑ってくれる鈴さんと一緒に廊下を歩いていると、ふと彼女はポンと手を叩いて何かを思い出したような仕草を見せてきました。
「あっ!そうだ! 麻由加ちゃん、メイド服って興味ない!?」
「メイド服……ですか?」
「そう!ウチのクラスの衣装担当がね、麻由加ちゃんのスタイル知れたからって調子に乗ってメイド服まで作っちゃってたの! でもウチって執事喫茶じゃん?使い道なくって……」
私達女性陣はピッタリの服を用意するためにも、衣装担当の女生徒に健康診断で測った数値を教えていました。
教えた時は何だか驚いていた様子で「絶対に漏らさないから!」と仰ってましたけど調子に乗る出来事でもあったのでしょうか?
別に漏れても良いんですけどね。私の数値なんて知りたがる人も居ないと思いますし。
「くれるのでしたらありがたく頂戴しますが……文化祭では着られませんよ?」
「もちろん!メイド喫茶は却下になったしね! それはプライベートで好きな時に着たらいいよ!例えばぁ……好きな人を落とす時とか!」
「好きな人…………」
鈴さんにそう言われて思い浮かぶはたった一人の男の子の顔。
同じ委員で、色々と胸高鳴る冒険話を聞かせてくれる彼。
彼は今どうしているだろう。そう考えながら窓の外を見ると、渡り廊下を歩く彼の姿が見えました。
「い、いえ! 私がそんなの着ても似合うハズが……!」
「おぉ? その反応はぁ……誰か好きな人が居るのかな!?」
「いっ……いえっ……!それは…………!」
まるで弾かれるように大きく否定すると目ざとく反応した鈴さんに詰め寄られました。
それ以上詰め寄られると私は為す術がありません。必死に目を逸らせながら背中を壁に預けて彼女の追求を逃れていると、突然諦めたように鈴さんは私と距離を取ってきます。
「ま、無理矢理言わせるほど私も薄情じゃないさ。使うにしても使わないにしても、メイド服は貰ってあげて」
「は……はい。ありがとうございま――――」
「―――でもっ!!」
「っ……!!」
どうやら鈴さんは引いてくれたようです。
アッサリと引いてくれたことにお礼を言おうとしましたがまた詰め寄られてしまいました。
今度は追求するようなものではなく割り込むもの。指先をピッと指して私の目をジッと見つめてきました。
「でも! もし上手くいって付き合うことができたら私達に報告すること! 盛大にお祝いしてあげるんだから!」
「――――。はい。ありがとうございます」
それは彼女なりの鼓舞でした。
頑張れ。負けるな。そんな思いが込められたもの。思いを託されたことで私も力強く頷きます。
地味で根暗で私。
けれど先程の男の人のように、私だって避けて通れぬ道があるのです。
それが大好きな人とずっといっしょにいること。相手は超人気アイドルと強大すぎるけれど、それでも心から負けたくないと思いました。
「ん。それじゃあそろそろ休み時間なるし行っておいで」
「……はい!」
今は文化祭の準備期間。授業のない今は休み時間のベルなんて大多数の生徒さんたちには関係ありません。
でもそれは私達にとって小さな合図。彼と廊下でちょこっとだけお話できる小さな小さな…………。
鈴さんに背中を押された私は、まるで盾職特有の突進技のように一気に駆け出していきます。今ならまだ間に合う。また彼とお話をしたい。
後方には手を振ってくれる鈴さんの姿。彼女への返事もそこそこに私は彼の後を追っていきました。
「随分といい笑顔しちゃってまぁ……。ありゃ他の誰にも付け入る隙なんてないわ。 がんばれ麻由加ちゃん」
そう呟くのは私の友人の声。
背後から漏れ出る友達の独り言は当然私の耳に入ることなく、風に流され消えゆくのでした。
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