045.抱える思い
「なんで!ありえない! どうして!?あの人が!?」
ズカズカと音が鳴るのも構わずに足音を立てながらあたしは廊下を歩いて行く。短いながらも最奥にある扉を目指して一直線に。
扉を開け放ったはいいが閉めることすら記憶の彼方に放おってそのままベッドへを倒れ込む。
暗いライトさえも付けられていない部屋。空も闇に覆われたが故に窓から入り込む光も今はなく、ただただ廊下から届く光が唯一の光源となるこの部屋のベッドで端の抱きまくらを引き寄せた。
「なんで……よりにもよってあの人があの画像を持ってるのよ……」
抱きまくらに顎を乗せながらポケットのスマホを取り出し、手慣れた操作で開くは写真アプリ。
学校での画像、プリクラで撮った画像、美味しそうにスイーツを食べる自分や友達の画像。いくつもの思い出を振り返れる写真の数々だが、あたしの目当てはそれではない。
シャッシャと下から上に指をスライドさせて一つのフォルダを選択し、パスワードを入力して出てくるのはこれまで流れてきた画像とは一風変わったものたちだった。
これまでのまさに青春の1ページと呼ぶに相応しい画像の数々とは違い、0と1の世界で作られた世界の1場面。
綺麗なエフェクトが舞う
1人、また1人と増えていき、最終的には4人のグループが出来上がっていく軌跡でもあった。そこらの街道で撮ったものや誰かが倒れている写真、海で遊んでいる写真や雪合戦をしている写真など、まるで本当に別空間にもう1つの世界が広がっているような写真が後半に行くにつれて多くなっていった。
その中の1つ。もはや最後に近い位置であたしの指はパッと止まる。指を一瞬だけ触れて離して拡大された画像は、4人が一列に並んでいる写真だった。
セリア、アスル、ファルケ。……そしてあたし。
つい先日撮った、大切な仲間と成し遂げた大切な思い出。
腕組みをしたりガッツボーツをしたりみんなそれぞれ好きな格好をしているが、そのどれもが笑顔だった。1年積み上げてきた努力の結晶。あたしもそれを見るだけで笑顔になるし、頑張ろうという気持ちが湧き上がってくる。
これは4人だけの大切な思い出。それなのに、今日会ったばかりの友人の兄が壁紙に設定していたのだ。
まさしくありえない話。1億も人口が居るとされる日本。その内ゲームをやっている人数となれば微々たるもので、こんな近くに仲間が居るなんて思いもしていなかった。
「でも待って……。まだ、そうと決まったわけじゃないわ……」
近くに仲間がいた事の嬉しさに喜びそうになったけれど、まだそう確定した訳では無いことを思い出して心をグッと抑え込む。
あれ以降彼からはなにも聞くことができなかった。お昼を食べて以降あたしは雪ちゃんと勉強に入ってしまい、あの人は部屋に籠もってしまったから。
それに、あの写真が今あたしが出している写真と違う可能性だってある。みんなアフリマンという強大なボスをを倒したら写真くらい撮るし、あたしたちのキャラも装備もオンリーワンというわけではない。
たまたまあたしたちと同じ種族で、たまたま同じ装備で、たまたま同じエモートをしていただけかもしれない。天文学的な確率だけれど、だからまだ……まだそうと決まったわけではない。
でも、もしあたしと同じ写真だったとしたら―――――
「―――陽紀さん、あなたは一体誰なの?」
あの人は……一体誰なの?
ファルケ?でもあの人は今忙しい上に社会人だって言っていた。もちろんそれがデタラメということもありえる。
アスル?ありえなくもない線だけれどあの人も社会人って言ってた。それにあたしの勘だけど、アスルって女の子なのよね。
じゃあ……セリア?たしかに学生だし、雰囲気が何となく似ている気がしないでもない感じがした。でもそんなの……そんなのって…………!
「あの人があたしの好きな人なの……!?」
セリア。あたしの好きな人。
ちょっと前に冗談交じりで住所を聞き出そうとしたけれどできなかった彼。もし彼が本当に好きな人だとしたらそれは…………。
「那由多?どうしましたか? 随分と荒れているようでしたけど」
「…………お姉ちゃん」
漏れ入る光に影が差し、ふとかかる声に身体を起こせば大好きなお姉ちゃんが心配そうにあたしを見つめていた。
きっと帰ってくる時のドタバタを耳にして心配してくれたのだ。その心優しさに胸打たれながらベッドに座るとお姉ちゃんは隣に腰掛けてくれる。
「どうしました?今日はたしか学校のお友達の家に行っていたのですよね? 喧嘩でもしましたか?」
「ううん。そんな事ないよ。 それより聞いて!今日その子の家に行ったらね!その子のお兄さんが―――――」
――――そこまで言い掛けたところであたしの身体は石になったかのように止まる。
まって。あたしは何を言おうとしたの?
きっと……きっとあのお兄さんはお姉ちゃんが好きな人だ。同じ学校で、同じ委員会で、委員会に好きな人がいる同士。
それはまさしくお姉ちゃんと全く一緒だった。なんて素晴らしい両思い!これは告白すれば成立100%だとお姉ちゃんに伝えなきゃ!!
…………でも、もしあの人がセリア本人だとしたら?
そうしたらお姉ちゃんは大好きな人と結ばれるけど…………あたしは?
あたしの好きな人はどうなるの?あたしの好きな人はお姉ちゃんの好きな人と同じ人なの?
ネットと現実。舞台は違うけれど姉妹揃って同じ人を好きになってしまったというの?そんなの……そんなのって………!
「那由多……?」
「…………ううん、なんでもない。 今日友達の家でお兄さんのオムライス食べたの。それがすっごく美味しくってね」
「まぁ、オムライスですか。よかったですね。私も食べてみたかったです」
あたしの出した結論は、心の内に伏せることだった。
あの人がセリアと決まったわけではないし、お姉ちゃんの好きな人と同じという確証だってない。
なんてったってお姉ちゃんは美人だし、スタイルいいし、性格いいし、勉強だってかなりできるのよ。あの人以外にももっと多くの男の人に好かれているわ。
仮にセリアだったとして、3メートルのナイスガイじゃなかったじゃない!アスルの嘘つき!!
―――なんて冗談はさておき……今あたしがお姉ちゃんに聞くことは…………
「……それでねお姉ちゃん、その……好きな人ってどんな人?」
「ふぇっ!?好きな人ですか!? ま、前にも言いましたが、いくら那由多でも恥ずかしいので話すわけには―――」
「お願いっ! 性格とか雰囲気だけでもいいからっ!」
「那由多……」
渋るお姉ちゃんにあたしはこれでもかと言うほど食らいつく。
せめてちょっとでもあの人ではない、”違う”という情報が欲しい。
「……しょうがないですね。ちょっとだけですよ」
「お姉ちゃん!」
「あの人はですね……地味で根暗な私にも優しく接してくれる優しさが始まりでした」
地味で根暗……?お姉ちゃんは何を言っているのだろう。
こんな優しいお姉ちゃんが?学校での姿が全然思い浮かべられない。
「いつも話すのはゲームのことですがその話も面白く、私もやってみたいと思えるくらいです」
「それでお姉ちゃんも始めたもんね」
「はい。勉強はできるほう……ではありませんが、那由多のように一緒にいて周りを気にすることなく心安らぐ相手があの人なのです」
「心安らぐ相手……」
なにそれ……お姉ちゃんもうガッツリハマっちゃってるじゃんその人に。
お姉ちゃんが浮かべるその優しい笑みを見るたびにあたしは嬉しくもなるが、同時に複雑な気持ちも湧いてくる。
「こんなものでいいでしょう。 これだけ話すのだって特別なんですからね」
「うん……ありがとうお姉ちゃん」
抽象的過ぎて全く結び付けられるものが無かったけれど、それでもお姉ちゃんからの愛の深さはわかった。
お姉ちゃんからこんなに好かれて断る男なんて居るはずもないのに。でも告白すれば、もしかしたらあたしの恋が…………
「さ、お夕飯食べに行きましょう。 寒くなってきましたし、今日は那由多の好きな炊き込みご飯ですよ」
「うん…………お姉ちゃん」
「はい?」
夕飯に誘ったお姉ちゃんが部屋から出ようとしたところをあたしは引き止める。
それは何も知らぬ純朴な笑み。あたしはそんな笑みに下唇を一瞬だけ噛んで、作り笑いを見せつけた。
「ありがとねお姉ちゃん。大好き!」
「はい。私も大好きですよ」
あたしの突然の告白にお姉ちゃんは一瞬だけ驚いたけれど、すぐにより一層の笑顔をみせてくれて部屋を出た。
その姿を目で追ったあたしも追いかける。心の内に降りかかる複雑な思いを抱えたまま。
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