043.3つ目の邂逅
休日とはなんと甘美な響きであろうか。
5日間戦い抜いた勇者の束の間の休息。たった2日と短い期間だが、それでも有意義に過ごそうと躍起になる数日間。
今日という土曜日も休みとなり、明日になっても休みが続くという精神に優しい日はなんとも心踊ることか。
窓から見える空は雲ひとつ無い快晴で、山の木々が色づいている。まるで紅葉狩りに行くのにピッタリともいえる秋の一日。
俺はそんな外に出かけたくなる天気の中、家から一歩も出ることなくPCへと向かっていた。
まさにお日様さんさんピクニック日和なんか知ったことかというように。容赦なくモニターに向かいながらいつものゲームを立ち上げていた。
PCの熱もあって外よりかマシだがそれでも少し寒くなったため用意したひざ掛けを携え、今日のデイリーミッションを終えて一息つく。
モニターに表示されているのはメインストーリーで世界も救い、いっぱしの勇者となったセリアの姿。
もうすっかり見慣れた我が分身。しかしその傍らには誰もおらず、ログインした時にも見たリストをもう一度開く。
「誰も入ってきてない……か」
リストには幾つかの名前が表示されるが点灯するのは俺の名前だけ。他の面々は暗く消灯しており非ログイン状態であることを表していた。
土曜日の昼前。人によってはまだ寝ている人もいることだろう。夜にはみな一堂に会するが、日中のログイン率は決して高いものではなかった。
全員ゲームにハマっているといえどもみな何もしていないわけではない。俺のように学生もいるし、勤め人だってもちろんいる。今日のような休日でも何かしら用事がある人がきっと多いだろう。
日課も終わり、誰もログインしていないことを確認した俺は一旦ゲームを落として傍らにあったカップを手に取った。
その中身はゲームを始める前に淹れてきたコーヒー。暖房もない部屋で寒いということもあって十分身体を温めるのに貢献したカップは傾けても口には入らず、中身が空になっていることに気づいて落胆する。
仕方ない。無くなったのならまた淹れてくるしかないか。
もう一度コーヒーを淹れてこようと決めて立ち上がり、部屋の扉をそぉっと……音を立てないよう気を使いながら開閉して廊下へ脱出してみせる。
普段なら扉の開閉音なんて特に気にすることなく通るものだが、一時間ほど前から来客が来ているため今日は特別だ。
ゲームやろうとPCを立ち上げた俺に雪が部屋に飛び込んできて言った言葉。
「今から友達が来るからよろしくねっ!!」
正直なにがよろしくかわからなかった。けれど基本的に引きこもりで多くの人と関わることが苦手な俺にとって、妹の友人というのはそれだけで気後れしてしまう。
俺と正反対な妹。活発で人柄もよく、知らぬ人にもどんどん話しかけて行けるタイプ。だからこそ友人が来ると聞いて、見知らぬ人と話すのが苦手な俺は『居ないモノ』でいようと極力音を立てずに過ごしていたのだ。
それに最近のアイツは俺を見ると変に優しくて逆に不気味でもある。だから触れぬ神でいたのだ。
そして俺と雪は部屋が隣同士。話でもすれば何かしら聞こえるはずなのに何も聞こえてこなかった。
もしかして勉強でもしているのだろうか。そう適当にアタリを付けながら階段を降り、いつものようにリビングの扉を開ける。
「…………あっ」
「へっ? あ!もしかして雪ちゃんのお兄さんですか!? お邪魔しております!」
スマホに目を向けていたが、思わず俺が上げた声に反応してそのまま挨拶してきたのは見知らぬ女の子だった。
茶色の髪をポニーテールにし、若干目がつり上がって活発そうな子。首元や手首にはネックレスも光りイヤリングを揺らしながら立ち上がってくる。
ミニスカートとタイツ、そしてクリーム色のカーディガンを着こなして一目でオシャレさんだとわかる、雪と同じベクトルのような女の子。
部屋に居ると思ったが、まさかリビングにいたとは。そりゃあ音もしないはずだ。
「ど、どうも……」
そんな明るい印象を受ける彼女だったが、一方で俺はなんとも情けない挨拶だった。
軽く頭を下げて辺りを見渡せば少女は居るけれど肝心の雪がいない。トイレか?
「あ、雪ちゃんにご用事ですか? 雪ちゃんでしたら罰ゲームで少しコンビニに行かれてますよ?」
「罰ゲームって……? あぁ」
何の罰ゲームかと思ったが、その答えはテーブルへ目を向けることで解決した。
そこには確かにこれまでやっていたであろう白と黒の戦いのオセロ。
罰ゲームということは雪が負けたのだろう。現に盤上はもうゲームが終わっているようで、4つの角を白が取っているものの他の全ては黒で埋め尽くされ…………って、圧倒的すぎじゃない!?
「まさかお兄さんが居るとは思わず……。一人寛いでてすみません」
「いやいいよ。 俺もコーヒー淹れに来ただけだから。 ごゆっくり」
けっこう活発な見た目で尻込みしていたが思ったより礼儀正しくてびっくりする。
しかし雪め……罰ゲームとはいえ一人友達を残して出かけるとは。帰ったらお説教が必要か?
どうせ出来っこない妹への叱りを考えながらコーヒーを淹れていく。
水を沸かし、豆を挽くだけの簡単な作業。あとは水が沸騰すれば落として終いだ。
今回は少し多めに淹れようかと水も豆も多く準備し沸騰するのを待っていると、ふとカウンターの向かいに少女が立っていることに気が付いた。
「………………」
「………………」
互いに無言の向かい合い。
視線こそ交わることがないものの、俺はコーヒーへ、彼女は俺へと向いているようでなんともやりにくい。
何か気になることでもあったのだろうか。そう考えながらジッとお湯が沸くのを待っていると、彼女の小さな口がゆっくりと開いていくのを目の端で感じ取る。
「あの……お兄さん」
「……ん?」
その声とともに上げられる顔によって、彼女の真っ直ぐ向けられる視線と目が合った。
ジッと俺の様子を伺う髪と同じ茶色の可愛らしい瞳。目にかかる程の揺れる前髪。可愛らしい声。なんだか……どこかで見覚えのあるような既視感を覚える少女だ。
いや、間違いなく会ったことはない。すれ違いとかそういうことでもない。けれど確かに、何かを思い出せそうで思い出せない。そんな心象を受けた。
「お兄さんってあのゲームを……『Adrift on Earth』をやられているのですか?」
「えっ……!? いや、うん。そうだけど……どうして?」
彼女の口から飛び出したのはまさかのゲームの名前であった。
その名はよく知っている。毎日やっているしついさっきもログインしていた。
しかし何故彼女も知っているのだろう。そう思って怪訝な目を浮かべていると少女は慌てたようにスマホを取り出してとある一つの画面を見せつけてくる。
「あのっ!雪ちゃんの家の鍵に……このキャラクターのキーホルダーが付いていたので! なんでか聞いたらお兄さんからのお土産って聞いて、もしかしたらやっているのかなって……」
「……ネスキー」
彼女が見せてきたのはゲームに登場するネスキーというキャラ。
蛍光ピンクのネッシーという、なんともいい難いキャラクターで、何故か昔運営が推していたキャラ。
昔はリアルイベントにも姿を現していたものの、しかし当然とも言うべきか鳴かず飛ばずで今ではすっかり姿を見ることが無くなったキャラ。
ちなみにネスキーのストラップはプレミア物である。
まさかそんなニッチなキャラが出てくるだなんて……。
確かにリアルイベント行った時お土産として雪に渡した記憶もある。家の鍵に付けてるのはしらなかった。
「あ、やっぱり知ってるんですね! ということはユーザーですか!?」
「その言い方はもしかして…………」
少しホッとするように。そして嬉しそうに目を輝かせる少女。
その言い分だともしかして彼女も…………。
「はい!あたし那由多って言います! お兄さんは確か……陽紀さんでしたよね!雪ちゃんに聞きました!一度お話してみたいと思ってたんです!」
そう笑いかける少女は、美しさと可愛らしさの入り混じったきっと幾人にモテるだろうなと確信させる女の子。
そんな彼女の屈託のない笑みに、少し頬が紅く染まる俺であった。
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