042.本当の声


「それじゃ、俺は明日早いからここらで落ちようかね」

「あ、はい! アスルさん、今日は本当にありがとうございました!!」


 ゲームも一段落し夜も更けてきたとある秋の日。

 ダンジョンにてマンツーマンレッスンを終えたアスルから聞こえたのは伸びをするような声とそんな言葉だった。

 もうそんな時間か?すかさずリンネルさんがお礼を告げるのを聞きながら時計を見ると、もう23時になるといったところだった。時が経つのは早いな……まだ21時の感覚だ。


「リンネルもお疲れ様。タンクとしての動きはなかなか良かったよ。でも一気にレベル上がったせいでスキルが使いこなせてなかったから頑張って」

「はい!スキルですね!」


 アスルの励ましにリンネルさんは力強く答える。


 このゲームは非常にレベル上げが簡単だ。

 オンラインゲームといえどもRTAではあるが11時間弱でレベル50まで到達する報告さえあるほど。

 しかしレベル50から90まで同じくらいの時間がかかるといえばそうでもなく、同じ時間を要してやっとレベル60に到達する構造になっているのだ。

 つまり中位層までならすぐに上がるが高レベルになればなるほどレベル上げは難しくなってくる。

 幸いなことにレベルダウンの概念はなく、1人1職制限も無いからどこぞのやり込み勢は全ての職業カンストしたという人もいるらしい。

 そしてレベル上げが大変なのは2つ目の職業からで、最初の職業はメインストーリー進めるだけでカンストする親切設計だ。


 しかしレベルが上げやすいかつ寄り道が必要ないからこそ、ガンガンレベルが上がってスキルもどんどん増えるという欠点がある。

 スキルが増えるとプレイヤーの仕事が増えて手が回らなくなることだ。慣れないうちはスキルも効果も把握してないだろうし、そこは経験が物をいう領分だろう。


 その点リンネルさんは凄い。

 近くにセツナ脳筋という経験者がいるから効率がいいのはわかるが、この教わって実践する能力がまた凄い。

 素直に聞いて実践し、はたまた行動を修正するのはなかなかできることではない。このままレベルが上がればアフリマンだって挑めるんじゃないかと思うくらいだ。

 きっと学校でも勉強ができるタイプだろう。そして好きな人もアフリマンを倒したって言ってたな。きっといいペアになること間違いなしだ。


「セリアも! 病み上がりなんだから今日は早くねなよ!」

「お、おぉ」

「ただでさえ最近は夜に…………いや、いいや。ちゃんと休むように!」

「わかってるよ。 ありがとな、アスル」


 思わずターゲットがこちらに向かってきて戸惑ってしまった。


 もちろん、言いたいことはわかってるよ。

 最近夜になると公園に行ったりして身体冷やしちゃってたもんな。

 今日は暖かくしろってことね。ちゃんとホットミルク作って寝るよ。


「ならよし! それじゃ、今度こそまたね!」

「わ、私もこれで失礼します! クラスの子たちに頼まれたお仕事しなきゃなので!」


 アスルは手を振り、リンネルさんは深々とお辞儀をするという二人らしい動きとともにパッと眼の前から消えてしまう両者のキャラ。

 2人が消えて残るは2人。徐々に人の流れも少なくなっていく街中に俺とセツナだけが残り、これからどうしようと思案するもすぐに答えが出た。

 さっきアスルに言われたし、俺もさっさと寝ないとな。明日も相変わらず学校だ。できることならサボりたいが午後は文化祭準備もあるしまだマシだろう。


「セツナ、俺も明日学校あるしもう落ちるわ。 それじゃあな。また明日――――」

「―――セリアはちょっと待ちなさい」


 今日こそは早く寝ようとウインドウ上部にあるバツボタンを押そうとしたものの、セツナの一言により手が止まった。

 まさかさっきのダンジョンで話していた住所云々の続きかと思い少し警戒心を強めてしまったが、「いやいや」と否定の声が聞こえてくる。


「すぐ終わるような話よ。さっきの住所の件は一旦諦めてあげるから今日のところは聞かないわ」


 よかった。さっきの件じゃなかった。

 でも一旦って、できればずっと諦めていてほしいところなんだが。


「じゃあなんだ?桜華装備ならもう反映しちゃったから返せないぞ?」

「それでもないわよ。そもそもあげた物を返せだなんてみみっちいことするほど小さい人間じゃないわ」


 俺の現在の桜華装備は2つ。武器と胴装備のなかなか派手な格好だ。

 アフリマン戦でも使った現ヒーラー最強装備に反映させた見た目。桜の舞い散るエフェクトが綺麗だからか道行くプレイヤーも一瞬立ち止まるのを見て、もしかしてこの装備を見ているのかと少し優越感も感じられる。まぁ勘違いだろうが。


 しかしそれ以外で何か話ってあったっけ?

 桜華でもリアルでも無いとすると……はっ!まさか……!?


「まさか結婚の話!? アスルと離婚しろって!?」

「言わないわよ!! それに関してはホント悪かったわ!!」


 よかった。そのことでもなかったか。

 このゲームには結婚システムもあり、離婚システムも存在する。

 単に結婚時に貰った破棄不可能のアイテム、指輪を返すだけのシンプルな作業だが、これをしないと他の人と結婚できない仕様だ。

 離婚前に引退した人はどうすればという懸念もあるが、それはそれで別の救済措置が用意されてるらしい。


「そうじゃなくって、もうあんたもわかってるんじゃないの? あたしのこと……」

「セツナのこと……?」

「そう。その……あたしの本当の性別……とか……」


 本当の性別――――。そう改まって聞くということは、やはり彼女は。


「本当は女の子ってこと?」

「……うん。いつから、気づいてた?」


 やはりそうだったか。

 アスルに言われた通り彼女は女性で間違いないらしい。けれどいつ知ったかと言うと……。


「えっと、昨日……」

「えっ!? 昨日!?」

「昨日アスルに言われて……」

「アスルに!?!?」


 まさに二段階の驚き。

 きっと彼女からしたらとうの昔に気づかれていたと思っていたのだろう。

 けれど実際に気がついたのは昨晩である。しかもアスルに言われてようやく。そりゃ驚きの声も出るってものだ。


「はぁ……。 アンタ、戦闘では全員の動きを予測しながら指示とか回復してくれるのに、案外っていう結構鈍いのね」

「うっせ。でも教えちゃっていいのか? 性別もちゃんとした個人情報だろ」

「良いのよ。住所云々言ってたのにあたしだけ何も喋らないっておかしいじゃない。 ――――よっと。ね?女の子でしょ?」


 喋りの途中に少し間が空いて聞こえてきたのは紛れもない女性の声だった。

 高めの、活発さを感じさせる声色。近さで言えば雪のような雰囲気だろう。そんな彼女の初めての生声は新鮮だった。


「いやでも、そっちがボイチェンって可能性が―――」

「ないわよ!何なら写真でも送ってやろうかしら!? ピッチピチの超美少女な中3よっ!!」


 自分で超美少女って言う?

 しかしまぁ一個下だったとは。妹と同い年。ますます雪と仲良くなりそうだ。


「わかった!信じるから写真は送らなくていいっ!」

「そう? もうちょっとで送るところだったけど……まあいいわ」

「いいのかよ? 性別も年齢も教えて……」

「いいのよ。 ここにいるのはあんただけだもの。一年一緒に戦ってきて信用してるわ」


 まっすぐに疑いようのない信用しているとの言葉。

 アスルからもそうだが、そう真っ直ぐ感情を向けられるとつい気恥ずかしくなってしまう。


「……というか中3?セツナは毎日インしてるだろ。受験はどうした?」

「受験?そんなのぶっつけでも受かるに決まってるわ。 私ってば頭いいもの」

「…………チッ」


 受験勉強すら必要ないとか、随分と羨ましい……!

 雪なんてあれだけ勉強して頑張っているというのに。


 でも、雪はまた別の意味で頑張っているからというのもある。

 妹が狙っているのは俺と同じ高校。しかしその学力は今から勉強を本格化するほど難しいものではない。

 雪は成績上位数人に与えられる特待制度、大学進学時の授業料免除を狙っているのだ。

 狭き門かつ恩恵は入学して3年後になるがそれでも大きいメリット。高校大学一貫の特徴ともいえよう。


 ちなみに勉強しろと言うが、実は俺も一年前の今頃からアフリマン戦に精を出していたからあまり人のこと言えないわけで……。


「それくらいか? 本当に病み上がりだし、そろそろ寝ようと思うんだが」

「あら、それは悪かったわね。 ……でも最後に一つだけいい?」

「おう? どうした?」


 相手が何歳で性別でなんだろうがセツナはセツナ。俺との仲になんら変わりはない。

 そこはMMOの長所でもある。性別や年代にとらわれず皆対等だ。

 だからそれがどうしたという気分で俺はさっさと寝ようと考える。実際早く横になりたいしね。


 しかし、彼女から出た言葉はそんな俺の考えを吹き飛ばすものだった。


「あたしはあんたのこと、男として悪くないと思ってるから」

「…………はっ?」

「それだけ! それじゃ、おやすみセリア!!」

「ちょっとセツナ!?それってどう……いう……」


 それは唐突な宣言。宣言というより告白に近かったかもしれない。

 まさに死角からのフック。そのパンチを見事に喰らった俺が慌てて呼び止めるもそれを彼女が聞くはずもなく。

 誰も仲間が居なくなった街中で一人立ち尽くすのであった。

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