041ナイスガイ


「リンネルさん、タンクをする上では立ち位置も重要だから! 逃げ場の無い壁際とかにいたらみんなに敵の範囲攻撃当たっちゃうよ!」

「は、はい!」

「だから基本はタンクと他3人で挟み撃ちする形で! それと自分の技の範囲も把握するように!撃ち漏らしちゃったりしてると全滅のもとだから!」

「分かりました! い、行きますっ!!」


 カァン!とリンネルさんの攻撃が敵に当たる快音とともに、徘徊していた敵の集団が俺たちのへ襲ってくる。

 それを見事な範囲攻撃で視線を釘付けにしたリンネルさんは防御技を使いつつ、攻撃を一手に引き受ける。


「そうそうその調子! なかなか上手いねリンネル!」

「はい! ありがとうございます!!」


 獰猛なモンスターがひしめき合っていて、プライヤーを視認するやいなや戸惑うことなく襲ってくる恐ろしいダンジョン。獣や植物の変異体、果てはドラゴンまで根城にしているレベル40帯のダンジョンだ。

 そこは打ち捨てられた砦。モンスターの軍勢に破れ、撤退した結果占領される事となった砦を取り返すため、数多くの死線をくぐり抜けてきた歴戦とも呼べる冒険者たちが果敢に挑んでいく。

 そんな恐ろしいダンジョンの中層。緊張の色を残しつつ必死に攻撃を受け止めているリンネルさんの様子を見守りながら適宜アドバイスや激励を送っているのが我がパーティーのメイン盾、アスルだった。




 学校で文化祭の話し合いを行いつつ黄昏れていた夜。俺はいつものようにログインし、いつものように仲間たちとゲームで遊んでいた。

 最初はアフリマンを倒すために集まったパーティ。けれど皆この繋がりを失うのが惜しいと思っているのか、倒してから今日まで解散することなく一緒に遊び続けている。

 つい先日、新たに増えたリンネルさんも迎え今日は何しようか話し合っているところに現れるアスル。そこで決まった。今日はこの4人でダンジョンに挑もうと。



 昨日のことがあったアスルも、今日となればすっかりいつものように元気な姿だった。

 まるで昨日のことなんて無かったかのよう。俺はそれにあわせて何も聞くことなく会話をあわせていく。


 そうして構成されたのが盾二人にアタッカー一人、そして回復役一人というなんともアンバランスなパーティ。

 本来なら盾一人がアタッカーになるはずだけれど、リンネルさんに教えるという意味ではこれ以上無い適切なパーティでもあった。 

 まず熟練者であるアスルが教え、それに倣ってリンネルさんも実践する。アスルが教えるのは俺にさえわからない盾役の細やかな動き方。

 どうすれば火力を出せるか。どうすれば仲間を巻き込まずスムーズな攻略ができるかなど、ただ回復している俺でもわからない動きの数々に俺も目から鱗である。

 そしてリンネルさんも、まだおおよそ辿々しいところはあるもののダンジョン入る序盤と中盤では目に見えて動きが変わっていた。


「よしっ!いい感じ! ここからダンジョンラスボスまでは手助けしないから一人でやってみて!」

「わかりました!頑張ります!!」


 耳元で聞こえる元気なやり取りはアスルとリンネルの話し声。どちらも男声だけれど、どっちも女性なんだよなぁ。ボイスチェンジャーって凄い。

 ……そして、ボイスチェンジャーといえば―――――


「へぇ~。アスルって案外いろんな事考えてるのねぇ。盾職って案外忙しくてびっくりだわ」

「俺からしたらキャスターこそ忙しくてびっくりだったな。ちょっと触ってみたけど移動できなくて無理無理。どうやってんのアレ?」

「そんなの気合よ! 当たったら当たってで構いやしないわ!セリアがヒールするもの!!」


 おいセツナ。それなら気合で避けてくれ。

 その胸を張った被弾宣言に思わず俺も突っ込みを入れてしまう。

 この4人目の男声……セツナも女性らしいんだよな。アスルによると。

 ぶっちゃけまだ信じられない。もしそれが真実だとしたらここの女性比率がおかしすぎる。俺以外全員じゃないか。


 助けてファルケ!なんでこんな時に忙しくなっちゃったの!男性比率増やして!!


 今日何度かセツナに性別を聞こうと思ったが、そのたびに俺の口は固く閉ざされた。

 まずそもそもゲームでリアルのことを聞くなどマナー違反だ。それに女性だから、男性だからってことで態度を変えられるとでも思われて浅ましいとか言われそう。

 でも、そういう情報を得ちゃうと気になっちゃうんだよなぁ。


 ワチャワチャと駆け回るダンジョンの中央でど派手で綺麗なエフェクトが舞い上がる。

 魔術師の花形、セツナの範囲魔法だ。味方には喰らわないという便利仕様をフルに活用し、中心にリンネルさんが居るにも関わらず巻き込んで燃やし、凍らせ、潰し、爆破させていく。

 見惚れるほど綺麗な魔法さばきだ。詠唱と詠唱に隙間がなく全く無駄がない、効率的なダメージの与え方。


 そういえば以前セツナにも結婚の申込みされかけたんだよな……。

 あの時は既にアスルと結婚してたから断ざるをえなかったけど、もし独身で誘いに乗っていたらどうなっていたのだろうか。

 アスルの言う通り、セツナが女性だと仮定すると次の日の朝、家に突撃してたのはアスルじゃなくてセツナに――――なわけないか。

 アスルは事故的に住所知ったから来たわけだし、セツナまでも知ってるとはが限らない。そもそもリアルではお断りパターンがほとんどだろう。

 でも……でももしも、リアルでもとなったら――――


「ちょっとセリア! なにしてんのっ!!」

「っ……! な、なに!?」


 そこまで考えたところで突然降りかかる俺への呼びかけに、パッと思考を中断させて意識を覚醒させる。その声色は怒っている……というより焦っているみたいだ。


「ヒール! このままだとお姉ちゃんがやられちゃうって!!」

「あ、あぁ……!ごめん!!」


 セツナの声に改めてパーティリストに目を向けると彼女のHPバーはレッドゾーン。それも1割を切っていた。

 しかし俺もヒールは熟練者。慌てていても操作は間違えない。急いで無詠唱スキルを使って回復魔法を唱えると後数発で倒れる彼女のHPが4割ほどまで回復する。

 ホッ……なんとか間に合った。


 敵のHPも同時にギリギリだったのだろう。

 俺の回復で命を繋いだ彼女の一撃で最後の一匹は倒れ、次へ行くことなくこちらに駆け寄ってくる。


「セリアさん大丈夫ですか!?」

「うん……ゴメンねリンネルさん。ちょっとボーっとしちゃってた」

「ボーっとって、もしかして体調悪いとかそういうのでは……?」

「全然!全然! 大丈夫!むしろ絶好――――」

「――――そういえばセリア、前風邪でダウンしてたもんな。またぶり返したか?」


 リンネルさんに元気さをアピールしようとしたところに割って入ったのはアスルだった。

 確かに前ダウンしてたけど……でも無用な心配だから黙ってたのに!


「そういえば一日インしてない日があったな。もしかしてあの日か?」

「そうなのですか!? 確かに今は季節の変わり目で体調も崩しやすいですけれど……」

「大丈夫! 今はピンピンしてるから! ちょっと考え事してただけ!」


 きっとアスルも看病した手前、心配してくれているのだろう。

 でも今はなんら問題ない。むしろ別の意味で、好きって言われた精神的なプレッシャーでダウンしそうだよ。


「そうか? まぁキツイようなら言えよ? 何ならまた看病しに行ってやろうか?」

「いや、いい……」

「アッ……アスル! あんたなんでセリアのリアル知ってんのよ!?家行ったことあるの!?」

「おぉ。あるぜセツナ。 色々あってな。セリアは身長3メートルのナイスガイだったぜ!」

「ナイス……ガイ……!?」


 ちょいちょいちょいアスル。

 なにデタラメ言ってんの。身長3メートルとかもう人間やめてるじゃん。どこの熊だっての。

 セツナも信じない。普通の至って平凡な学生ですからね。


「セリアさんとアスルさんってリアルでもお知り合いだったのですね!知りませんでした! このゲームで知り合ったんですよね!?」

「いやまぁ……うん。 そんな感じかな……?」

「へぇ~! 凄いです!看病までだなんて随分と仲良しさんですね!」

「あ、アハハ……」


 ナイスガイにセツナが驚く一方、姉のリンネルさんは驚きの称賛の眼差しでこちらを見ていた。

 アスルが水瀬若葉って知ったら二人とも驚くだろうなぁ。もちろん何も言えない俺は笑みだけでこの場を切り抜ける。


「ちょっとセリア!」

「な、何……?」


 リンネルさんは簡単に切り抜けそうだったが、やはりセツナは見逃さなかった。

 俺を指さすエモートで示したセツナはキッと怒りの視線を向けてくる。


「あたしにも教えなさいよリアルの住所!」

「なんで!? てか色々マズイでしょそれ!」


 セツナの口から飛び出したのは驚きの要求だった。


 なんでセツナも住所知りたがるの!?

 そもそもリアルのことは聞くべきじゃないでしょ!ほら、ここも身内とはいえ何人も居るんだし!

 そもそも一般学生の俺の住所は皆が知りたがるような価値はない!!


「いいじゃない減るもんじゃないし悪用も当然しないから! ほら早く!!」

「――――そ、それよりもほら、ダンジョンも後半だから急がなきゃ!制限時間迫っちゃう!」

「あ、逃げた! お姉ちゃん、追うわよ!」

「は、はい!!」


 価値はないけれど、なんとなく恐ろしさを感じて口を閉ざした俺の取った行動は逃げだった。

 ダンジョンもサーバー圧迫防止の為制限時間が設けられている。しかしそれは平均突入時間20分前後に対して1時間半と超長時間。

 練習も兼ねて俺たちが突入してもまだまだ1時間はも残っている。それでも適当な理由を付けた言い訳だった。


 ダッシュでダンジョン奥深くまで逃げる俺に追う三人。

 結局この騒動は、ボスに特攻した俺がモンスターにボコボコにされて戦闘不能になるまで続くのであった。

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