040.井戸端会議と踊る会議

 我が学校の特徴の一つとして、文化祭の準備から本番までの期間が短い事が挙げられる。

 普通の学校なら1ヶ月ないし2ヶ月前から出し物を決め徐々に準備を始めていくものだが、この学校ではそれが2週間と非常に短い。

 しかしだからといって準備ができないわけではなく、短い分徐々に増えていく文化祭のための時間の割り振りが昨日を境にドンと増えている。

 今週のうちは午後の2時間、来週になると午前の一部も準備に充てられ、数日前からは一日丸々準備に充てられる。


 そして今は2週間を切ったとある日。文化祭準備となった午後の中休み。

 教室をチラリと見るとクラスの主要メンバーがあれやこれや話し合っている姿を尻目に、俺は一人廊下にて眼前に広がる景色を眺めながら黄昏ていた。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れ出てしまう。

 文化祭準備は順調そのものだ。しかし俺の心は逆調で複雑怪奇となっていた。

 思い出すのは昨晩あったこと。結局アレは俺が結論を出すのを待ってくれているということで良いのだろうか。これからも相棒としてとは言ってくれていたけれど、どういう顔で会えばいいかわからない。

 彼女は俺が好き。それは間違いない。そして俺は名取さんのことが好き。これも間違いがない。決して交わらぬ矢印。俺は彼女とどう向き合っていけばいいのだろうか。


「こんにちは。芦刈君」

「…………名取さん」


 噂をすれば影。どうやら噂は心の叫びでも有効のようだ。

 フッと隣に人影が覆ったかと思えば名取さんやって来ていた。彼女も俺と同じように開いた窓に寄りかかって外の景色を眺める。


「お手洗いから戻ってきたらお見かけしたので声掛けちゃいました。隣、いいですか?」

「もちろん……ってか、もうしっかり寄りかかってるよね」

「えへっ、バレちゃいましたか?」


 そう言って茶目っ気を出しながら笑って見せる彼女はなんとも可愛らしい。

 可愛いというより美人寄りだがそれでもふとした表情は俺の心をダイレクトに突き抜ける。


 水瀬さんから俺に、俺から名取さんに向かった矢印の更に先。彼女の向く方向はどこになっているのだろうか。

 もしも……もしも名取さんから水瀬さんとかなったらもう大変だ。カオスで修羅場。とんでもないことになる。


 そうじゃないとしたら……俺以外の男の人?

 それが一番確率高いかも知れない。でも……あぁ、そんなこと考えたくもない。


「? どうしましたか?私の顔にご飯粒でも付いてますか?」

「あぁいや……。名取さんところはクラスの出し物決まったの?」


 考えたくもない嫌な想像。そちらに気を取られて無意識に彼女を見つめ続けていたみたいだ。

 俺は言い訳をするようにまた別の話題を、文化祭の出し物について問いかける。


「はい。私のところは執事喫茶に決まりました。最初はTS喫茶という方向になっていたのですが……」

「てぃーえす喫茶?」

「トランスセクシュアルのことです。ご存知ありませんか?」

「あぁ……」


 何のことかと思ったがそのTSだったか。

 トランスセクシュアルとは日本語に直すと性転換。TSFといったほうが正しいのかもしれない。その場合のFはファンタジーだ。

 男女逆転で執事ときたら、男子生徒は……


「女の子は執事、男の子はメイド服という方向でしたがコストや見栄えを考慮して執事オンリーとなりました。今は精算の計算中です」

「そりゃあ、ずいぶんとベタな出し物で」

「はい。やっぱり文化祭ですから。ベタなことは安定しているという裏返しですよ」


 それもそうか。

 下手に凝ったものや突飛な物にして集客が見込めなかったらそれこそ目も当てられない。

 完全に大赤字だ。その場合は単純に俺たち生徒のお小遣いが減るから悲惨なものである。

 だったらベタでも分かりやすく人が集まりやすいものを。ずいぶんと合理的な結論だ。


「芦刈君のクラスは何になったのですか?」

「ウチは普通に屋台だよ。フライドポテト。 ベタでしょ?」

「はい。ベタですね」


 結局みんなわかりやすいものに落ち着くのだ。

 互いに笑って顔を見合わせた俺と彼女はともに振り返って我が教室を見る。そこにはさっきよりも人が増え、様々な話し合いを重ねているクラスメイトの姿があった。


「ずいぶんと白熱してますね。芦刈君は参加しなくて構わないのですか?」

「まだ休み時間だし、俺が入っても大して変わらないだろうからね。名取さんは?」

「私も似たようなものです。教室では全然人と話しませんから、こういう時は廊下のほうが気が楽なのです」


 普段読書を好んでいて物静かな彼女。それは教室でも変わらない。

 俺と会話する時は委員会の繋がりもあってある程度花を咲かせるが、ここまで話せるのはクラスでもほぼ居ないらしい。それは入学してから半年間の成果といえるだろう。

 そして午後2時間ぶち抜きの話し合い。もはや休み時間は名目でしかなくどこのクラスも殆どは話し合いが継続して行われていた。

 こうして廊下に立っているのはごく一部。もはや次の1時間廊下で立っていても問題ないかもしれない。


 なんとなく心通っているような安心感。あぶれ者同士の連帯感の心地よい空気に身を任せていると、ふと彼女の心配するような声がポツリと漏れ出る。


「なにか……ありましたか?」

「えっ?」

「いえっ!先程近寄った時溜息ついてらっしゃったので! 何かあったのかなと……」


 複雑怪奇となっている俺の心を見抜いたかのようなタイミングで思わず驚いてしまったが、慌てて付け足す言葉になんだと納得する。

 ため息から見られてしまっていたか。それは失敗だったかもしれないな。


「何かお悩みでもあるようでしたら……ご相談くらいは乗りますよ」

「流石に相談するほどの悩みじゃ――」


 半分は名取さんのことで悩んでいるのに本人に相談するってどういうことだ。俺は腹芸なんてできないんだ。絶対見抜かれる。


 ――いや、待てよ。もしかしてこれはチャンスではなかろうか。

 相談と称して彼女にの向いている矢印を問うのは……遠回りだけれど取っ掛かりくらいの情報は得られるかもしれない。


「……じゃあ、一つだけいい?」

「はい!なんでも」

「名取さんって好きな人……いる?」

「私の好きな人ですか?そうですね――――って、なんで悩みの相談に私の好きな人が出てくるんです!?」

「あっ!それは! ……そう!俺の悩みが好きな人に勇気が出せないってことでさ!名取さんもそういう相手いて気持ちわかるかなって!」


 しまった!直球すぎたか!?

 慌てて言い訳の言葉を並べてみると、名取さんは「そうだったのですね」と一つ納得の弁が漏れてくる。

 ……どうにか誤魔化せたか?


「好きな人に勇気……ですか。 はい。私にも好きな男の子がいらっしゃるので、その気持ちはよくわかりますよ」

「そう……なんだね」


 まさに恋する乙女のように。

 手を重ね合わせながら軽く頬を染める彼女は小さく答えた。


 チクリと。

 『好きな人』という単語に胸が痛くなる。

 少なくとも彼女からの矢印は水瀬さんに伸びていない。けれどそれが俺に向いているかわからない。俺じゃなく別の誰かに向いていると思うとなんだか辛くなってくる。


「私ももっと早く勇気出せたらとか、今すぐ本心を伝えられたらとか。毎日考えます。 後悔ばかりの人生ですね」

「名取さんも……なんだね」

「はい。だから、芦刈君も頑張ってください。 思いを伝えたら、きっと相手の子も喜んでくれると思うので」


 名取さんも後悔することあるんだ……。

 それに、俺が言っても喜んでくれるかな?


「そう、かな?」

「もちろんです!」


 ギュッと握りこぶしを作って見せる彼女の励ましに俺の心は少し軽くなる。

 好きな人が居る。けれどそれが誰かわからない……が、まだ俺だという可能性も0ではない。

 なら不必要に落ち込む必要はないんだと、彼女の言葉に心を奮い立たせなんとか落ち込みから回復させる。


「ありがとう、名取さん。 少し元気になったよ」

「いえいえ。私は思ったことを言っているだけですよ。 ……でも、驚きました。芦刈君にも好きな人がいたのですね。私はてっきりゲームが恋人なのかと」

「それはっ……!否定し辛いけど、でも俺だって高校生なんだから好きな人の一人や二人いるよ!」


 二人もいたら大事だけどそこは言葉の綾ということで。

 フフッと彼女の美しい微笑みを目に収めていると不意に鳴るチャイムの音。次の授業の始まりだ。


「それじゃ、私はこれで。 芦刈君、ファイトですよ」

「ありがと。名取さんもファイト!」

「はいっ!」


 メガネをキラッと輝かせながら笑いかけてくれた彼女はそのまま教室へと去っていく。

 そうして再び一人になった廊下の窓際。俺もウンと伸びをして、踊る会議へと突っ込んでいくのであった。

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