035.桜華シリーズ
「♪~。♪~」
いつも通り食事とお風呂を終えた俺は階段を昇って自らの部屋へ入っていく。
電気を付けた部屋は散々毎日見慣れたいつもの光景。冬が近づいて本来なら少し肌寒い気温の中、俺は風呂上がりのブーストで寒さなどものともせずPCを起動させて椅子に放おっておいた毛布に包まる。
毎日のルーティーンで何の感情も生まれないただの作業。しかし今日はそんな動きの1つ1つにも楽しさが混じって鼻歌さえも漏れ出るほどだった。
風邪を引いて2日。セツナが『サクラの枝花』を引き当てた翌日。
俺は超が付くほど上機嫌の中いつも通りのソフトを立ち上げた。
時間がかかるロゴの表示も今は何時間だって見てられる。それほどまでに今日の心は浮足立っていた。
今日。なんてことのないいつもの平日。
俺は今日も2日続けて名取さんのお弁当にありつくことができたのだ。
朝バッタリ会った時に告げられた言葉。「今日も……お弁当作って来てますから……」と頬を紅く染めながら言われた時の衝撃は筆舌に尽くしがたい。
そんなこんなで2人の昼食を再び楽しんでいると彼女から告げられる『一緒に帰ろう』との誘い。
もちろん拒否する理由なんて地球の自転が停止してもありえない俺は二つ返事で了承した。
どこか街へ繰り出すこともなく普段どおりの会話を繰り広げながら俺の家へ送ってくれるだけだったが、それだけでも十二分に楽しかった。
いやぁ、今日は最高の日だった。
もう死んでもいいと思えるくらいに。いや、ホントに死んじゃダメだが。死んでいいのはゲームの中だけだ。
「ばんわ~!」
もはや考えることなく身体に染み付いた動作でボイスチャットへ入室し声を発する。
誰が居たかなんて見ちゃいない。誰も居なくても今は特に気しないほどの心持ちであった。
「よぉセリア~。まってたぞ~!」
どうやら先に入室していたのはセツナだった。
チラリと今更になってリストを確認すれば彼一人の名前が表示されている。
「セツナか。最近早いな。 リンネルさんは?」
「まぁな。最近テスト期間でなぁ。 帰ったところでやること無いからインしてんのよ」
「いや勉強しろよ」
一応ツッコむも気持ちはわかる。俺もテスト期間は普段より多くゲームしているからだ。だがしかし、それを棚に上げてあえて言う。勉強しろよ。
それとやっぱりセツナは学生だったのね。ってことはお姉さんも学生の説が強くなった。委員会というのは学校の委員会か。
「俺は勉強しなくても点取れるからな」
「なにそれズルい」
「羨ましいだろ~。 それとリンネルはお風呂。なんか好きな人と上手くいってるらしくてやけに上機嫌でなぁ。これは長風呂になるぞぉ」
「おぉ、そりゃいいな」
前々から聞いていた好きな人とは順調なのか。そりゃよかった。
他人の不幸は蜜の味。
そんな思いは俺の中にも多分に含まれているが今回の件に関しては素直に嬉しい。
今日良いことあって上機嫌なのもあるが、それ以上にセツナたちも大切な仲間だからだ。
セツナはもちろんリンネルさんも、恋の成就はを上手く言ってほしいと心から思っている。
「それとセツナ、さっき待ってたって言ってなかったか?」
「あぁ、そうだった。ちょっと見てほしい物があってな。 今どこだ?」
「今は―――――」
俺はログインした地点近くのワープ先を教える。
すると10秒も経たないうちにセツナのキャラがパシュン!と弾ける音とともにどこからともなく現れた。
「いたいた。 どうだセリア!この胴装備!」
「おぉ凄い!! これ、昨日当てたヤツか!?」
「あぁ!『サクラの枝花』の胴装備、『
このゲームはボスと戦うのはもちろんのこと、他にも楽しめるコンテンツはかなりある。
ミニゲームで遊んだりレースに出場したりと色々あるが、その中でも殆どの人が大小あれど関わるのがオシャレ装備だ。
もはや長寿とまで言われるようにとなったこのゲーム、長い長い年月の分、様々な装備が追加された。それらを組み合わせて自分だけのコーディネートを作ったり、写真を撮ってSNSにアップするのはもはや一大コンテンツといっても過言ではないだろう。
そして数ある装備の中で、今最も高値で取引されているのが『サクラの枝花』とそれに連なる装備たちだ。
今セツナが着ているものもその1つ。『桜華シリーズ』がそれにあたる。道着という名にふさわしく、首から足元まですっぽりと覆い隠すタイプの装備。
純白の道着ではあるものの袴部分や胸元には桜の花びらが散りばめられ装飾も桜の枝をモチーフにしたもので非常に凝っている装備だ。
動けばまるで軌跡を追うかのように桜の花びらが舞い踊り、なるほどこれは高値でも売れるわと納得させられる。
…………と、ジロジロと彼の装備を見て1つ気が付いた。
彼の着ている装備は白いのだ。
セツナは魔法アタッカーであるキャスター。キャスターの『桜華シリーズ』は夜桜を彷彿とさせるような紺色の装備である。白色の袴はキャスターではなく俺のような、回復職であるヒーラー装備となってしまう。
「なぁセツナ、間違ってないか? それ、ヒーラー装備だぞ?」
「うん? 間違ってないぞ。 ちょっと待ってろよ……」
そう言って彼はいつもの見慣れた装備に切り替わったと思ったら、ポンと俺の画面に1つのポップアップが表示された。
それは誰かがトレードのリクエストをしたという合図。何事かとまだアイテム欄が空っぽのトレード画面を見ていると、1つの装備がスッと浮かび上がった。
「ほら、これはセリアのだ」
「はっ!? いや……なんで!?」
そこに表示されていたのは間違いなくさっき見せびらかしていた『
そんな代物をポンとトレードに出した彼に思わず驚きの声を上げる。
「なんでって、そうだなぁ……。姉と一緒に遊んでくれているお礼って感じでどうだ?」
「そんな今思いついたような言い方……。高額過ぎて受け取れないって!」
「でもなぁ、コレもうヒーラー用に作っちまったからな。 俺は売る気ないし、受け取らなかったら捨てるだけだぞ?」
「なんで!?」
なんで売らないの!?
このゲームには一度製作したものを戻す機能なんて存在しない。
つまり一度作ったら使うか売るか捨てるの3択なのだ。そして装備した状態で一度でも戦闘すれば売ることもトレードもできなくなる。こうなると自分で使い込むか捨てるだけだろう。
「ほらセツナ、さっさと受け取れ。 なんだったら俺の貢物ってことにしても良いんだぞ」
「それはそれでヒモみたいで嫌なんだけど。 …………じゃあ、アフリマンと倒した記念でってことで」
「お、それいいな。 じゃ、さっさと受け取って着て見せてくれ」
「ありがとう…………どうだ? 似合うか?」
まるでちょっとした道具の受け渡しみたいに軽い感覚で渡してきた彼に戦々恐々としながらトレードのOKボタンを押すと、ヒュンとこちらのバッグに装備が入る音が聞こえてきた。
恐る恐るアイテム欄のリストを見れば、間違いなく受け取られている超高額アイテム。震える手ながらそれを装備すると俺の周りに桜の花びらが舞った。
「いいじゃん!似合ってるな! 気に入らないなら売ってもいいが、どうせなら使ってもらえると俺としても嬉しいぜ!」
「売るわけ……! ……ありがとな、セツナ。大切に使わせてもらうよ」
「おう! まずは今の装備に反映させるために都市へ戻らないとな」
緊張しながらのお礼に彼は笑顔のエモートで返事をして見せる。
そうして彼の嬉しそうな返事を聞きながら、俺は一時いつもの装備へ着替え直した。
『桜華シリーズ』などは通称、おしゃれ装備とも呼ばれ、それ自体になんら戦闘に役立つ強い効果などは存在しない。
ならどうやって役立たせるかというと、装備の性能はそのままに見た目だけを変える機能もこのゲームには備わっているのだ。見た目の反映は大都市やプレイヤーハウスでしかできないから、今はまず都市へ飛ぶ必要がある。
まさかログインして早々こんないいものがもらえるとは。今日はリアルもゲームもなんて良い日なのだろう。
もはや幸せ過ぎて怖いまである。
「―――あっ!2人とも何してんの~? 密談?」
見た目の変更を行うために移動魔法で都市へ飛んだ俺たちだったが、その言葉によって宿屋へ向かう足が止められた。
誰かと思えば一昨日ぶりに会うアスル。彼女もこの街でログアウトしたらしく、ログイン通知と同時に彼女が目の前へと現れる。
「よぉアスル。 まぁ、そんなところだな」
「へぇ~。 どんな話してたか気になるところだけど……今はいいや! ねぇセリア!」
「な、なに…………?」
一瞬だけセツナに目を向けた彼女だったが、すぐに俺へと視線を向け眼の前までやってきた。
その声色は以前とまったく変わらぬもの。ボイチェン使っているけれど、彼女の声だと思うと同時につい先日のことが思い出され、返事に緊張の色が混じる。
「セリア、ちょっと前に言ってた『サクラの枝花』のことなんだけどね……」
「えっ? あ、あぁ」
何を言うのかと生唾を飲んだが、まさかのゲームアイテムの件で緊張が少し解けていく。
以前アスルと地図やった時に出た『サクラの枝花』。そういえば使い道決まってるって言ってたっけ。何にしたのかな?
『桜華シリーズ』は盾職でも人気だ。鎧はもちろん剣盾もかなりの人気を誇っている。
彼女のことだから売ったということは無いとおもうが、果たして…………。
ワクワク。そして少しドキドキ。何にしたのか待ち遠しく思っていると、ポンとまたも表示されるトレードのポップアップ。
これは…………まさか…………。
「作ったのは『
彼女が俺に渡してきたのは『桜華シリーズ』の今度は杖。
まさかセツナに続いて彼女もかと。俺は絶句する意外に道はなかった―――――。
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