034.絶望の運
俺にとって普段やっているゲーム、『Adrift on Earth』はもはやゲームというより生活の一部だ。
家族の交流としてリビングに介し会話を楽しむように、俺にとってあの世界は友人たちと楽しく会話するリビングでもある。
デイリーコンテンツという名の日課は確かに存在するが、それも主目的ではない。過去には強い武器を入手するため、自らのキャラを強くするため周回もしたが、今となっては友人と集まり会話するのが何よりも大切なゲームのコンテンツだ。
昨日こそ風邪でログインできなかったが、今日は課題を終わってもまだある程度時間が残っている。普段寝る時間まで1時間程度といったところだろうか。
そんな短時間でも日常となってしまった、なくてはならない世界に今日も飛び込む。一抹以上の不安を抱えながら。
ログインIDやパスワードを打ち込んでタイトル画面を突破し、キャラ選択をも越えて画面に表示されたのは昨日ログアウトした地点だった。
ユーザーの誰しもが利用できる宿屋の一室。そこにキャラが降り立つと同時にボイスチャットを起動する。
「こんばんわ。誰か……?いる?」
訳あってログインメンバーを見ずに入室したボイスチャットルーム。誰もいなく一人寂しく独り言を言っている可能性も加味しながら恐る恐る言葉を発すると、思ったより早く返事が返ってきた。
「おー、セリアか。 どうした?今日はずいぶん遅かったじゃないか」
「セツナ……」
「こんばんわ。セリアさん。 今日も一日お疲れ様です」
「リンネルさんも。 こんばんわ」
返ってきたのは先日も一緒に遊んだ相手、セツナとリンネルさんのきょうだいであった。
俺の心の内など知り得ない2人はいつもと変わらない自然体であることに俺の心の内も少し軽くなる。
「…………アスルは?」
「アスル? アスルならリスト見ればわかるだろ?丁度5分くらい前に落ちたぞ。 用があったのなら連絡してやろうか?
「いや、いい……」
俺が今日ログインするのに手間取った理由。
それは課題が最も大きな影響ではあるのだが、少なからずアスルの存在も起因していた。
昨日行われた突然のカミングアウト。
セリアというゲームのキャラではなく、俺個人へと向けられた言葉。
あの言葉を受けてから丸一日以上、ずっと彼女とゲームの内外問わず会っていない。だからこそどんな顔して会えばいいのかわからないのだ。
あの時言われた『好き』という言葉。風邪を引いたが故に聞き間違いや幻聴ならヨシ、けれどもし嘘偽りない言葉だったとしたら俺はこれからどう接していけばいいのだろう。
今日はその事を考えに考えてログインが遅れた。先程リストを見ずに入ったのも勢い任せで突っ込んだだけだ。もし居た時のことなんて一切考えてやいなかった。
しかし結果的に、彼女がもう落ちたことを知ってふぅと息が出る。
「それより聞いてくれよセリア! お姉……リンネルだけどもうレベル30越えたんだぜ!」
「おぉ! 週末始めたばかりでもう30!?早いね!」
俺の心情なんて考慮する必要のないセツナはまるで我が事のように少し興奮した様子で近況を報告してくる。
このゲームのレベル上限は現段階で100だ。
仕様としてレベル上げやすいかつ、初心者救済が豊富となゲームだが、数日で30まで到達したことに驚きの声を上げる。もうそんなところまできたか。ずいぶんとやり込んでるみたいだ。
「いえ全然。セリアさんの教え方が良かったのもありますし、セツナが効率の良い方法ばかり教えて来るものですから……」
「だってよ~。そうじゃないといつまで経ってもあの人に追いつけないじゃん?」
「それでも覚える前から次々教えていくのはどうかと思いますけど……」
「それくらいが丁度いいんだって! 習うより慣れろってよく言うじゃん!」
おいおいセツナ、初心者へ一気に詰め込むのは大変なんだぞ。ちょっとずつ慣らしていくくらいがちょうどいいんだ。
まぁ2人は家族みたいだし心配する必要も無いと思うけど。
言い争いを続ける2人だが、俺は一向に止める気が起こらない。2人の会話はそれほどまでに信頼しているようで、十数年間共に過ごした家族ということを実感させられる自然な会話だったから。
俺がいてもお構いなしなきょうだいは、終始落ち着きながら諭す役割の姉と元気に場を盛り上げる(多分)弟であった。
喧嘩というよりじゃれ合っている感じ。きっとリアルでも仲の良い関係なんだなと確信させる。
しかしそんな会話の中で、とある1つの気になる発言に気が付いた。
「セツナ、あの人って?」
「あん? そういえばセリアに言ってなかったっけ? 姉がこのゲーム始めた理由なんだけどよ、この世界に好きな人がいるらしいんだ」
「……へぇ」
そういえば言ってたな。同じ委員会に好きな人がいるとかなんとか。
「それでなんと相手はアフリマンを倒したヤツみたいでな!だったらある程度育ってからカミングアウトが面白いだろうってことで今超特急なワケ!」
アフリマンか!そりゃあなかなか上級者だ。
俺が先日やっとの思いで倒したアフリマン。俺たちも倒すのに1年ほどかかった。
それほどまでに難しい現状最難関ボス。だから倒した人も少なく特定も容易……かと思われるが実はそうではない。
アフリマンが実装されて初討伐されたのは俺たちが挑む遥か前なのだ。今となっては攻略法も動画で広まっているから、膨大な練習時間さえつぎ込めば倒すことも容易である。
だから案外倒した人は多い。しかも倒したキャラが公開されているわけでもないから特定はほぼほぼ不可能なのだ。
「そりゃあ凄い。ジョブとかは?」
「それがよぉ……いくら聞いても教えてくれないんだ。 おかしくない!?俺の好きな人は筒抜けな癖して姉は殆ど隠すんだぜ!」
「当然です! あんまり教えたら面白半分で突撃するじゃないですか!」
「そりゃあ突撃もするってものよ。 あ、でも最近は胃袋から落とすっていきこんでたぜ。 健気だと思わないか?セリア」
「あ、あはは………」
演技派なセツナに俺は苦笑いでなんとか答える。
セツナって姉の好きな人に突撃するほどアグレッシブな人なのね。なんか意外…………でもないや。
そもそもセツナってキャスターだし、範囲攻撃避けないレベルで脳筋と考えたら当然である。
「セツナ、その好きな人について詳しくわかったら教えろよ? もちろん突撃した時のレポートもな」
「だろぉ!? いやぁ、さっすがセリア。俺のことよくわかってる。 な、リンネル!セリアもそう言ってることだし好きな人についてもっと詳しく!!」
「言いませんっ!! セリアさんも焚きつけること言わないでくださいっ!」
リンネルさんのその言葉を皮切りにルーム内は笑い声に包まれる。
あぁ、やっぱり楽しい。これまでずっと一緒に過ごしてきた仲間。もはやもう一つの家族といっても良いかもしれない。
顔も名前も知らない面々だが、それでも何があろうとこの友情は不変だと信じられるような気がした。
「さっ、あんまり話してて日付変わったら面倒だな。 なぁセリア、地図やろうぜ」
「地図?いいけどリンネルさんは……?」
ひとしきり騒いでからセツナが提案してくるのはデイリーコンテンツの1つ、地図。
確かに俺も今日の部分はやっていなかった。
けれどアレはレベル100コンテンツ。リンネルさんが参加してもレベル30で即蒸発するだけである。一発でHP100%が0%になって回復の余地すら無い。
「大丈夫。姉がセツナのキャラを教えながら動かしてもらうから。だから回復よろしくな!」
「それならいいけど……範囲は避けることも教えてくれよ?」
「そりゃあ無理な相談だ。 避けたら詠唱職として火力下がるじゃん。そんなのキャスターの名折れだぜ」
「ちょっと避けて折れる程度の名前なら、そんなもの捨てちまえ」
「無理だな! さ、行こうぜ!!」
タンク職が居ないから避けてくれないとヒーラーとしての俺の負担が……!
もちろん俺の願いは聞き入れてもらえず、被弾しまくるセツナ(リンネルさん)を必死のヒールワークで癒やし続けた――――。
――――そうして最後の地図で出たのは、またも激レアアイテム『サクラの枝花』。
まるで何度も崩れかけたパーティーを立て直した俺を祝うような出現だったが、そのアイテムは砂のように手をすり抜けてセツナの元へ飛び込むのであった。
おのれくじ運!!!
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