031.聞こえぬ言葉
もう10月も終わりに近い、とある火曜日。
憎き月曜日をやっつけて第2ラウンドの始まる日。今日が終われば水曜日という折り返し地点。また一歩至福の週末近づいたという気力だけで学校に通う根性の日だ。
世の殆どの学生にとっては今週2回目になるであろう火曜日。一方俺にとっては今日でようやく1回目となる。
なんとかシンドロームの日曜夜や絶望の開始である月曜を病欠という方法でハードルの下を通ってくぐり抜けた俺は、いつものように制服を着てリビングにて朝食を摂る。
先週とは打って変わって日中の気温もそこまで高く上がらなくなり、本格的な秋の到来、冬の来襲を予感させる寒さで鳥肌を立たせながら迎えた朝は自身でも驚くほどスッキリしていた。
普段学校が終わってから課題もそこそこに夜遅くまでゲームをしていた俺にとって、昨夜みたいな何も成しえなかった晩は久しぶりであった。
日中は色々あって病院へ行きそこねたものの順調に回復へと向かっており、さて今晩もログインしようと意気込んだはいいが母さんにゲーム禁止令を喰らったのだ。
罪状は「普段から遅くまでゲームしているのが風邪の原因だ」と「明日も学校あるんだから早く寝なさい」のダブルコンボ。
この家での親はルールそのものである。もちろん若干なりとも風邪を引いた原因の一端を握っている自覚が俺にもあり、ただ黙って首を縦に振るしかできなかった。
そうして普段より遥かに長い睡眠時間を貪った朝。風邪もすっかりよくなった俺は着々と学校への準備を進めていく。
早々に起きて昨日できなかった朝食は作ったし、洗面所の掃除もした。夕飯の仕込みも軽くやったし課題も見直しまで完璧にこなした。
朝起きてから食事をするまで休む暇などなくひたすらに動くように。だってそうでないと、また昨日のことを思い出してしまうから――――
「~~~~!」
またも思い出しそうになるところを振り払うように首を振る。
きっと昨日のアレはなにかの勘違いだ。きっとまた別の意味で何か言ったところを俺が「好き」だと解釈してしまったのだろう。
まったく、ゲームでは1年以上だがリアルでは1週間すら経っていない。なのにあんなこと言うのは間違いだ。俺はどれだけ自信家なんだっていう。
「おにい、雰囲気が不審者」
「……すまん」
俺がリビングで食事をするということは、まだ学校へ行く時間には早いということ。
そして早いということは妹も共に朝ごはんを食べていた。俺が首を振るタイミングで隣の雪がその行動に気づき、無慈悲な宣告を喰らわせてくる。
すまんな妹よ。でも気持ちはわかってくれ。
「全く、今考えたって仕方ないじゃんおにぃ。堂々としてなって」
「でもなぁ……。どうしても考えてしまうんだよなぁ」
「なるようになるしかないって。おにぃの勘違いかも知れないんでしょ?ならそれでいいじゃん」
確かにそうなんだけど……そうなんだけど!
でもやっぱり考えてしまうんだよ。
どうしても考えてしまうのは昨日水瀬さんに「好き」と言われたこと。
正直未だに夢だと思ってる。雪も半信半疑ならぬ二信八疑のうえ、俺の奇行に呆れ返ってる始末だ。
今日起きて色々やっていたのもこの思考を一端脇へ置くため。しかし食事などでリラックスしてしまうとやっぱり端へ置いた思考がど真ん中に飛び込んできてしまう。
もう、これならいっそ早いとこ学校行ったほうがいいかもしれない。教室で勉強してたらまだ気が紛れるかも。
「ごちそうさま」
「あれ?おにぃ、もう終わり?」
「あぁ。早いけど学校行くわ。そっちのほうが考えも紛れそうだし」
「そう?行ってらっしゃい気をつけてね。 風邪ぶり返したら帰ってきていいよ。今週あたしは学校終わるの早いから」
そういえば雪の学校は今週テスト期間だっけ。だから昨日も普段より早かったのか。
普段より早く変えることができるテスト期間。ある程度の成績さえ保ってればいい俺からしたら遊ぶ時間が増えるボーナスステージのようなもの。
こちらの学校は今月上旬に終わらせて早々開放されたが、今年の雪は受験にテストと大変だろう。
「いってきます。 雪もテスト頑張ってな」
「ん~。 おにぃも色々頑張って~」
「…………あぁ」
ホント頑張るよ……色々と。
雪の激励に手を背中越しに手を振りながら応えつつバッグを持って玄関へと向かう。
そうだ。来月から文化祭とかあったな。図書室で何か参考になりそうなものを漁るのもいいかもしれない。
そんな事を考えつつルーティーンのように靴を履いて扉を開ける。
そして更にルーティーンを重ねて無心のまま学校へと向かおうと一歩足を踏み出したその時――――。
我がインターホンの前に何者かの人影が見えた。
「っ――――!!」
突然扉が開いたことでその人物は驚いたのだろう。
まるで飛び退きながら隠れるようにインターホン前から離れようとする何某だったが、無駄にゲームで鍛えた俺の動体視力はその動きを捉えていた。
服はわが校指定の制服。そして翻るスカートと飾りっ気の無い学校指定のバッグ。更に揺れ動く髪は茶色の――――
「――――名取さん?」
「あっ……! え~っと……。おはようございます。芦刈君」
それほどのヒントがあれば何者かを特定するのは容易だった。
特定の人物以外あまり人と……特に女子との関わりが少ない俺にとって3つもヒントがあればボーナスステージ。
そこから導き出した答えを口に出すと、観念したかのように塀の影から茶髪で赤縁メガネの人物、名取さんが姿を現したのだった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「驚いたよ。まさか学校行こうと思ったら名取さんがいるだなんて」
「すみません。昨日の今日だったので芦刈くんが心配になりまして……」
昨日と変わって快晴の空の下。
一人の男と一人の女は揃って同じ建物を目指して歩いている。
どちらもそれぞれ学校指定の制服を着用し、付かず離れずの距離で道を歩く。
学校に行こうと家を出た俺。期せずしてそれを迎える形になったのは隣に歩く名取さんだった。
どうも昨日風邪を引いて学校休んだ俺を心配して、今日の様子を見るためだけこんなとこまでやって来たらしい。
でも朝早い時間。インターホンを押すべきか迷っているとちょうど俺と遭遇したというのが先程の顛末だ。
……さすが名取さん。優しすぎる。
昨日たかが同じ委員会の友人のために学校を抜け出したのも感動で小躍りしそうになったが、今日もまさか来てくれるとは思わず俺の心は嬉しさでいっぱいだ。
彼女の家から俺の家まで遠かっただろうに、寒かっただろうに。
「ですが安心しました。元気そうで」
「お陰様でね。名取さんはどう? あれから雨降ってたみたいだけど」
「はい。昨日はちゃんと折りたたみ傘を忍ばせておりましたので。問題なく帰宅することができましたよ」
おぉ、それはよかった!
看病に来て帰りに濡れて風邪引いたってなったら本末転倒だもんね。
俺とは頭の出来が違いすぎる。
「…………」
「…………」
名取さんとの登校道。
1つ話題が終わると新しい話題が出るまで無言の静寂が辺りを包み込む。
けれどそれは決して悪いものとは思えなかった。それもこれも先週目の前で失敗した彼女の帰宅。帰宅と比べれば逆ではあるものの、こうして一緒に登校することが要約できた喜びでいっぱいだから。
心寄せる人と一緒に下校するのも夢だが、一緒に登校するのもまた夢の1つだった。それが心配という始まりだったもののこうして叶っただけで風邪なんて吹き飛んでしまいそうだ。
「…………芦刈君」
「うん?」
静寂が生まれればいずれは打ち破られる時もやってくる。
真っ先に行動へ移したのは名取さんだった。彼女は俺の名を呼び、少し逡巡する動作を見せる。
「何か……思い悩むことでもありましたか?」
「っ……! ど、どうして?」
まさしく核心。
どこでボロが出たのか核心を突く言葉に俺の心は大きく震え上がる。
もしかして昨日のこと、水瀬さんから聞いてしまったのだろうか……?
「…………」
目の前には赤信号。そこで両者とも止まるとメガネ越しに彼女の瞳がジッと俺を見つめてくる。
心の奥底まで。俺の知らない俺まで知られるようなそんな瞳に黙って耐えていると、彼女は目を閉じたかと思えば首を横に振って何かを否定して見せる。
「いえ、すみません。勘違いでした。 気にしないでください」
「そう……?ならいいけど……」
どうやら俺の心の内までを覗くことは叶わなかったようだ。
よかった。なんとか気づかれずに済んだ。もしここで告白されたなんてバレたら彼女が俺の前からいなくなってしまうかもしれないから、本当に怖かった。
けれど結果はセーフ。諦めたようにまっすぐ前を見据え青信号を歩き出した彼女の後を俺もついていく。
「その様子、もしかして若葉さんが…………。いえ、きっと私の気の所為ですよね」
小さくポツリと呟いた言葉は彼の耳には届かない。
まさしく真理を示す一言。けれど闇に葬られた真実は確かめられることも無いまま共に学校へと向かうのであった。
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