029.決意と鼓舞
「名取さんっ!!」
「……はい?」
階下まで聞こえるトタトタと足を鳴らす音と呼び声によって眼鏡の少女―――麻由加は振り返る。
それは靴を履いて荷物を持ち、手にかけたドアを押せば外への一歩を踏み出せるという一歩手前。
振り返った先には人目を惹きつける容姿とオーラを兼ね備えた理想的な少女が、慌てて階段を降りてきていた。
腰辺りまで伸ばした金青の髪を揺らしながらもパチクリと目を開き、活発な印象と大人しい印象が両立する女の子。
ファッションにも気を遣っているのが一目でわかる今、秋トレンドのユニバーシティジャケットとウールのニーソックスを見事に着こなした、誰がどう見ても可愛い女の子だった。
自分が人の目を惹くことなどまるで当たり前かのように背筋をしっかり伸ばし、周りから突き刺さるであろう視線を全く気にしないようにまっすぐ前を見据えた彼女は玄関の少女の前へとたどり着く。
「若葉さん……?どうされましたか?」
「うん……えっとね。陽紀君は風邪で動けないから私だけでも見送りにって思って……」
「あら、そうだったのですね。わざわざすみません」
その言葉を受けて麻由加はドアノブにかけていた手を離して若葉と向かい合った。
見れば見るほど可愛らしさが全面に押し出された少女。若葉を見て麻由加は心の奥底がチクリと痛くなる。
あぁ、これほど可愛い子がご親戚さんだったのですね。こんな子が近くにいたら彼から見た私なんて、まるで路端に転がる石のようでしょう。
自分で勝手に感想を抱いて自分で勝手に落ち込んでる思考を振り払いながら、麻由加は若葉を見据えた。
「若葉さん、今日はお粥作りを助けてくださりありがとうございました。お陰で彼の好きなものを作ることができました」
「気にしないで! 私も材料買ったはいいけどどうやって作ろうって悩んでたからさ!作ってくれて助かったよ! あ~あ、私も料理できるようにならなきゃなぁ……」
「料理は結局のところ慣れですよ。若葉さんも何度かやっていけば絶対上手くなります」
「ほんと!?」
「ええ。本当です」
やったぁ!と心を全面に押し出して喜ぶ若葉に麻由加は微笑みながらその様子を見守る。
あぁ、自分もここまで素直になれたらな。そうしたらこの心の内も抱えることなく彼本人に伝えることができるのに。
………と、ここまで考えてもう一度思考を振り払う。ちょっと思考の壁にぶつかったらすぐに思い悩んで卑下するのは悪い癖だ。
わかってるのにやめられない。麻由加は自らの悩みのタネでもあるそれを端に追いやって眼の前の若葉に集中する。
「先程は急いで出てしまったのですが、芦刈くんの様子はいかがでしたか? また酷くなってないでしょうか?」
「陽紀君は全然!大丈夫だよ!目を離したらすぐお見送りに来そうだったから釘も刺して来ちゃったし!」
「まぁ、彼らしいですね」
そう言って胸を張る若葉は誇らしげだ。
優しい彼のこと。最新の記憶でもまだ症状は軽そうな彼はきっと暇そうにベッドで寝転がっているのだろう。その光景が目に浮かぶようで麻由加もあわせて笑って見せる。
「ふふっ。やっぱり芦刈君は芦刈君らしいですね」
「うんっ! ねね、名取さんは陽紀君と学校でよく話すの!?」
「麻由加、でいいですよ」
「ありがと! 麻由加ちゃんは同じ委員会なんだよね!学校ではどんな感じ!?」
「どんな感じ……と言いますと……」
ズイッと目を輝かせて詰め寄ってくる若葉に麻由加は少し戸惑ってしまう。
チラリと見るのは腕に取り付けている腕時計。今ここで語り合うのは麻由加としても大いに盛り上がりたいが、今優先したいものといえば―――
「あっ、ごめん!そういえば妹さん待たせてるんだったね! さっきのことは忘れて!」
「いえ、誘ってくださりありがとうございます。 また近いうちに絶対語り合いましょう?」
「うん! 絶対だよ!」
麻由加の動きを見て若葉も差し迫っている事情を思い出したのか、すぐさまその質問を撤回した。
そして次をと。にこやかに約束を交わす若葉を見て感じた麻由加からの評価は、まさに『太陽の子』のようであった。
誰がどう見ても可愛いと答える容姿、そしてそれに負けないくらい愛嬌もよく、笑顔が眩しい女の子。
たったこれだけで麻由加は若葉に完敗していることは大いに実感していた。さすがは―――。でも、たとえ完敗を期する相手でも麻由加にとって負けたくないものもある。
「若葉さんは……」
「うん?なぁに?」
「……若葉さんは、陽紀君のことが好きなのですか?」
「…………」
帰ろうと背を向けた直後、最後に心のうちでわだかまっていた思いを確かめるようにもう一度振り返って若葉へ問いかける。
陽紀のことが好きか――――。
その問いに返事はない。
ただ驚いたような顔だけが麻由加の瞳に映っている。
けれどそれも刹那のこと。すぐに笑みに戻った若葉は小さな頭を大きく縦に振って見せた。
「うん。麻由加ちゃんは?」
「私も、好きですよ」
「あははっ!知ってた!」
やっぱり。
笑う若葉に抱く感想はそれしかなかった。
金曜日、学校に遊びに来た日。あの時の目はまさしく恋する乙女の目であることを麻由加は気づいていた。
本でよく見た。その人以外は見えていないような、そんな顔。
「……やっぱり強いですね。若葉さんは」
「強い?何のこと?」
「心が強いのですね。そのように大っぴらにすることができて……。さすがはアイドルといったところでしょうか?」
「あっ……もしかして私のこと、気づいちゃったり?」
「ふふっ。気づいちゃってました」
さっきの若葉に習って麻由加も笑って見せる。
若葉が休止したアイドルという事実――――。
そのことに麻由加が気づいたのはつい最近だった。昨晩麻由加がゲームを初めて妹の那由多と一緒にお風呂へ入った日。
お風呂内にて嘆きの一つとして聞いた1つに若葉のことが含まれていた。入浴後スマホで調べてまさかと思い、今日改めて会って確信に至る。
陽紀と親戚関係というものは半信半疑だが、麻由加にとってそれはどうでもいいことだった。
「そっかぁ。隠す気もなかったけど気づいちゃってたかぁ。 それでも言わなかったのは陽紀君のため?」
「はい。ただでさえ病人ですし、余計なことに気づいて心労を掛けたくなかったので」
「だね。 いやぁ、愛されてるなぁ。陽紀くんは」
本当はお粥を作っている時に気づいてしまったが、麻由加がその事を口に出さなかったのはひとえに陽紀のため。
あの学校から帰る時の様子。あの時のことを思い出せば知られたくないというのは自明の理だろう。
けれど今暴露したのは若葉への対抗心から。平然と好きだと言って来る人に負けたくない思いが先行したせいであった。
「それでは本当に時間が差し迫っているので、私はここで失礼します」
「うん。ごめんね引き止めちゃって」
「いえ、お気になさらず。 それでは」
今度こそ扉に手をかけた麻由加は腕に力を込めて扉をゆっくり開いていく。
初めて訪れた彼の家。来るときとはまた違ったドキドキを抱えたまま一歩外への足を踏み出して見せる。
「――――ねぇ!」
そして最後に、背後から若葉の声がかかった。
どうしたのかと振り返ると、若葉は握りこぶしをこちらに突き出して力強い表情を見せる。
「……負けないよ!」
「…………。はい。私もです」
同じく麻由加も、若葉と拳を突き合わせるように握りこぶしを突き出した。
大きく立場の違う同士。けれど求めるものは同じ。それを確かめるように。
今度こそ麻由加は家から立ち去っていく。大好きな妹を助けるために。
「――――よぉし!私も頑張ってみましょう!!」
そして少女以外誰の姿もない住宅街の一角にて、一人の少女の熱い鼓舞が響き渡るのであった。
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