021.満月の下で
太陽の活動時間と違い、外に出るには薄手の上着が必要になった夜空の下。
空を見上げれば雲ひとつない秋空のようで、都会では見られないであろう星々が光り、踊り、輝いている。
そうか。今日は満月か。
海に広がる砂のように光る世界に1つだけ、大きな大きな月が光り輝いていた。
今日はハンターズムーン。昔の人々が狩りをするのに最適な日だとされ、人工的な光が少ない公園でもしっかりと辺りが照らされている。
そんな中、俺は一人の少女とともに公園のベンチに座っていた。
どちらも声すら発さぬ空間。時刻は21時を越え、人々は全員眠りについたのかと思うくらい静かな世界だった。
彼女に呼び出された俺は、初めて会った日と同じ公園に足を運んで二人して座っている。同じ方向を向き、何も言わずに。
けれどそんな静寂を打ち破ったのは他でもない彼女だった。
「起きててくれてよかったよ」
「いつもこの時間は攻略真っ只中だろ。そりゃ起きてるって」
「そうだったね……。ごめんね。いきなり呼び出しちゃって」
いつもの元気さはなりを潜め、少し声も抑えめになった彼女は小さく苦笑する。
本当は寝るところだったが、いらぬ心配をかけさせまいと適当にごまかす。
なんで彼女……水瀬さんはここにいるのだろう。昨日の夜、彼女は確か――――
「今日はどうしたんだ? 実家に帰って一泊するとか言ってなかったか?」
「あはは……そうだったんだけどね……。その、つもりだったんだけどね……」
なにやら歯切れの悪い返事に首を傾げる。
なにか心変わりでもあったのだろうか。それとも東京でなにか嫌なことでも?
「水瀬さん……?」
「陽紀さんはさ、古鷹 灯火ちゃんって知ってる?」
「古鷹……? いや、しらな――――ちょっとまって。何だか雪が言ってたような……」
突然の問いに少し戸惑ったものの、思い出そうと頭を動かしてみせる。
生まれて10数年。そんな名前の人は知らない。
そう答えようとしたところで、ふと1つの光景が脳裏に浮かんだ。
それはリビングで雪がディスク片手になにか力説している姿。
アイツがあそこまでテンション上がることは1つしかない。水瀬さんのこと……正確にはロワゾブルーのことだ。
「その子はね、私がアイドルしてた時に一緒に活動してた、ユニットメンバーだったんだ」
「だから聞き覚えが……」
俺が全てを思い出す前に彼女は答えを提示し、同時に当時の出来事が鮮明に思い出される。
あれは2年ほど前。雪がロワゾブルーの歩みを語ってる時に出た名前だ。でもそうだ。つい最近テレビでやってたように、水瀬さん以外のユニットメンバーは……
「たしか、脱退したんだっけ?」
「うん、そう。1年と半年くらい前かな? 音楽性の違いとかそんな感じの理由でね」
脱退した元メンバー、古鷹 灯火。
何者なのかは理解できた。しかしなぜ今その名前を……?
「その子と今日会ってね、復帰するって言われちゃった」
「え、復帰を!?」
「うん……。それで私も一緒に復帰しないかって」
金曜日に休止宣言した彼女。そして今日は日曜日
2日で復帰となったら雪はさぞかし喜びそうだ。しかし別の意味で、会えなくなるという理由で悲しむかも知れないが。
「……水瀬さんはなんて答えたの?」
「断っちゃった。そしたらあの子、一人で頑張る姿を見せつけて私を呼び戻すって言われちゃった」
一人で活動を……。
それは水瀬さんが通ってきた道を歩むということだ。
ずっと一人で頑張ってきた水瀬さん。万単位の収容人数を誇るドームさえ埋めるほどだ。きっとすごく頑張ってきたのだろう。
けれどもうひとりの人物が復帰したとして、ロワゾブルーの中身が変わって支持されるかわからない。
「あはは。 私ってモテモテだね」
「……水瀬さんはそれでよかったの?」
なんだか自虐さえも感じ取れるその笑みに、俺は問うと彼女は1つ頷いた。
天を見上げ、雲ひとつない空を見上げたと思いきやすぐさまその身体が大きく動く。
「……あの子は大変だろうけど社長もついててくれるし、私はもう、他にやりたいことを見つけたから」
「やりたいこと?」
その言葉と同時に彼女の身体は捻られ、まっすぐこちらを向けられた。
翠の瞳が俺をジッと射抜く。後方でも頭上でもない。ただまっすぐ俺の瞳を見つめる彼女の両の目
妹の憧れの人からの真っ直ぐな視線。日本の大多数の人が知っている著名な人物がただ俺だけを見つめている。
その事実に気圧されて生唾を呑むと、フッとその目が閉じて両手を持ち上げた。
「うん。やりたいこと。 あースッキリした!今日は色々あって混乱してたから、陽紀さんに話せてスッとした!」
「えっ……え?」
不安・後悔・恐れ。
そんな負の感情を彷彿とさせるついさっきまでの表情から一転、ウンと伸びをした彼女の口調は俺のよく知るいつものものになり、その顔も晴れ晴れとしていた。
瞬きする間に180度変わる彼女の様子。その変わり用に言葉さえ失ってしまう。
「ごめんね変なこと言って。でも大丈夫。 今日帰ってきたのもパパとママが旅行で居なかっただけだし!」
「……そうなのか?」
「うん。驚いたぁ? 大丈夫だよ!セリアと私は結婚してるから、仕方な~く早めに帰って顔見せに来ただけだから!」
そのもったいぶるような、うんと溜める様子に俺はいつもの彼女だと一息つく。
なんだ。かなりしおらしかったからヤなことでもあったのかと心配したじゃないか。
けれど旅行ね……。前もって連絡してなかったのかい!
「っ――――!」
「どうした?」
彼女の無計画さに少し呆れてみせると、突然その身体が大きく震えだして思わず俺も驚いてしまった。
少し身をかがめた彼女は肩を持ち上げながら無理やり笑顔を作ってみせる。
「い、いやぁ。 ちょっと失敗したな~って。東京って今日も暑かったから半袖でいたんだけどさ……ここの夜ってこんなに寒いんだねぇ」
「あぁ、そりゃ寒いよ……」
言われてみれば彼女の格好は半袖だった。
薄くても羽織るものがなければ身体も震えるのも必定だ。
近くにキャリーケースがあることから家に帰らずそのままなのかもしれない。まったく、無計画にもほどがある。気温見ろっての。
「…………ほら」
「――――えっ?」
そんな彼女に俺は自らが羽織っていた上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けてみせた。
季節に合わぬ服で身体を震わす少女。そんな姿が見ていられなくなって行動に移すと、まさか掛けられると思っていなかったのか目を丸くする。
「寒いんだろ?これでも羽織ってろよ」
「い、いいよ! 私が寒いのは自業自得だからさ!すぐそこ家だし大丈夫だって!」
「それを言うなら俺だって家はすぐそこだ」
以前貰った彼女の自宅。それは本当にすぐそこだ。
公園からは徒歩1分。俺の家からは5分ちょっと。両者ともご近所さんだ。
「でも陽紀さんが寒いでしょ! ほら、掛けてあげるから身体向けて!」
「何いってんだ。アスル」
「えっ……?」
けれど俺にはとっておきの、彼女に服を掛けるだけの理由があった。
これまでリアルネームで話しているところに突然、ゲームの名前を出されたことで彼女の動きが一瞬止まる。
「アスル、お前はタンクなんだから防御力は優先的に上げておけ」
「でも……!それだったら陽紀さんが風邪引いちゃ――――」
「俺はヒーラーだからな。自分を癒やすことなんてわけないさ。 それよりアスル、お前がいくら紙装甲でも、俺はプライドに掛けて癒やす義務があるんだよ」
「…………」
彼女の半袖姿。ゲームでいうなればほとんど装備していない、紙のような装甲具合だ。
少しキザったらしかったかな?でも言ったからには胸を張って彼女の言葉を待っていると、水瀬さんは黙ったままキュッと肩の上着を握りしめる。
「じゃあ……借りても……いい?」
「あぁ。かまわないよ」
「ありがと……」
よかった。
なんとか説得に成功したようだ。
少し寒いけど、水瀬さんが寒い思いするより俺がしたほうがマシだろう。
帰ったらもう一度お風呂入ればいいし、もし今日のことがばれて上着掛けなかったなんて知ったら雪にぶん殴られる。
それにしても今日は綺麗な月だ。
こんな日は団子でも作って暖かな飲み物と一緒にゆっくりした―――――
「――――!? み、水瀬さん……!?」
「…………」
再び静かになった公園。俺は空を見上げながら満月に思いを馳せていると、突然手に冷たい感触が襲ってきて身体をブルッと震わせた。
何事かと思ったら水瀬さんの手が俺に重ねられていた。それどころか無言で肩と頭をこちらに預けられる。
「陽紀さ……陽紀君、セリア。今は、このままでいさせて」
「……。 ……しょうがないな」
俺が驚いたのも束の間。
すぐに事態を把握し、静かなお願いを耳にすると黙ってもう一度空を見上げる。
正直、彼女の感情など1割も理解できていないだろう。
最初に言っていたこともそれが本当に大丈夫なのか、から元気なのか、それさえも判断がつかない。
でも相棒にお願いされたなら、出来得る限り答えるのが相方というものだ。
ゲームとはいえ結婚さえしているのだ。支え合うのが当然である。
肩を預ける水瀬さんとそれを受け入れる俺。
彼女の心地のよい信頼の重みを肌に感じつつ、静かな満月を楽しむのであった。
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