018.修練の祠
暗い洞窟の中を水が伝う。
ポタリ、ポタリと一滴ずつ物静かに。
ポタポタ……ポタポタと物静かながらに伝う水がそこらから流れていてちょっとしたハーモニーとなったこの空間。
涓滴岩を穿つ。
一滴一滴はなんら影響力のない雫でも、それが絶えず続けばいずれは岩さえも穴を空けてしまう。
ここはそうやってできた洞窟だった。
水の力で削られたであろう滑らかな岩々がそこらに溢れ、何の因果で生まれたのか自ら発行する岩や藻などが点在していて洞窟だというのに幻想的な明るさに包まれていた。
そんな不思議な洞窟には不思議な生物も集まってくる。
どういう進化をしたのか、魚をモチーフにした獰猛なモンスターさえも集まっていてこの洞窟を根城にしていた。
今回の依頼はそんなモンスターたちの掃討。これはゲームを初めて数時間で来れる、最初のダンジョンクエストだ。
リリースしたての当初は人が殺到して入るのにも人数待ちが発生したが、落ち着いた今となってはポツポツと挑戦するものが現れるくらいになったダンジョン。
そして現在、そんなダンジョンへと果敢に挑む者がここに3人――――。
「敵一体を遠距離技で攻撃したら他の敵も襲ってくるから、範囲技を当てて敵の攻撃を受け止めて」
「私が攻撃をして……範囲技……。。 が、頑張ります!」
「頑張って。回復は任せて貰えればいいから」
俺のアドバイスを素直に聞いてくれた人物は、そのまま思い切ったように敵陣のど真ん中に突っ込んで敵の注目を集めていく。
ゲームを進めればそんなアドバイスでは済まないが、最初のダンジョンに捻ったギミックなど存在しない。そのままモンスターは素直に反応し、一心不乱に攻撃を与えていく。
「セ、セリアさん!こんな感じ……ですか!」
「そうそう!いい感じ! 慣れてきたらバフも使ってごらん」
「バフ!?バフってなんですか!?」
「バフっていうのは――――」
今日は日曜日。
明日には学校を控えた最後の休日だ。
そんな日にももちろん昼からゲームにログインした俺は、ともに視線をくぐり抜けた仲間であるセツナのお姉さん、リンネルさんにこのゲームの操作や立ち回りを教えていた。
挑む場所は初心者が最初に挑む『修練の祠』。その名の通り立ち回りや役割を覚えるのにうってつけのダンジョンだ。
メンバーは俺、セツナ、リンネルさんに、自動で動いてくれる
もちろん教えるのは大賛成だが、まさかリンネルさんがタンク役をするとは思わなかった。
タンクは敵の攻撃を引き受けるのに加え、ギミックを率先して解いたり敵を誘導したりダメージを抑えるバフを使ったりと、何かと忙しい担当だ。
しかもアタッカーに比べて与えるダメージも少なく爽快感もないことから初心者はもちろん、全体を見てもユーザー数の少ないものである。
そんなタンクの指南役となった俺。本来ならばアスルが一番だろうが居ないから仕方ない。
なんやかんやで回復役として一番タンクを見ている俺に白羽の矢が立ったのだ。
「やりました!やりましたよセリアさん!」
「うん。なかなか動きも良かったよ。才能あるね」
最初のグループを処理し終えた彼……彼女……彼女でいいや。
彼女はピョンピョンとその場でジャンプしてみせる。
女キャラで男声で口調は女性のもの……うぅん、不思議な感覚だ。でもそうして喜んでくれると俺も嬉しくなる。
「いえいえ。セリアさんが支えてくださったおかげですよ」
「そんな事――――」
「――――ほらほら2人とも。次の敵が来るぞー。リンネルは敵を引き付けてー」
「は、はい!!」
謙遜したり褒め合ったり。
1グループ倒してはしゃいでいる俺たちの気を引き締めさせたのは遠くで伺っているセツナだった。
彼は魔法職一本。詠唱が必要で動けなくなる代わりにドッカンドッカン放ってみせる超火力の魔法は、数ある職業の中でも随一の攻撃力だ。
まさに殲滅担当。「詠唱中は絶対に動きたくないで御座る!」とか言って何度被弾されたことか。避けろ。
リンネルさんが続いて敵へ突っ込むのに続いて俺も杖を持って後を追う。
その様子は初心者とは思えないほど様になっていた。
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―――――――――――
―――――――
「あれが……このダンジョンのボス……なんですね」
ダンジョンに突入してから20分。
ようやく最深部に位置するボスのもとまでたどり着いた。
魚をモチーフにしたモンスターのボスに相応しい、巨大な4足歩行の敵だった。
やけに背中がギザギザした突起が付いていて尻尾は切断できそうなほど長い。
魚……下手すればドラゴンと呼ぶ者も出てきそうなほど立派な敵。
もちろんダンジョンラストにふさわしく、ちょっとした関門くらいには難しくもあるボスだ。
このボスは俺が始めたての頃も随分苦労した。今回彼女にギミックを教える気が無いから、きっと苦労することになるだろう。
「いける?リンネル」
「は、はい! 多分…………」
セツナに問われた返事は少し不安げな色が見え隠れしていた。
これまでの半魚人や浮く魚みたいな敵と違い、よほど凝った作りの強そうなボス。気後れするのも無理はない。
慣れた今となったら途中で退散するし、被ダメージも弱い見掛け倒しのボスではあるのだが。
「不安?リンネルさん」
「す、少しだけですが……」
その返答には乾いた笑いを漏らしていた。
でも行かなければ先に進むこともできない。彼女もそれをわかっているからかキャラクターが僅かながらに動くも、まだ突撃までには至っていない。
これは、俺からも何かするしかないか。
「……大丈夫。何があっても俺がリンネルさんを守るから」
「えっ……?」
そんな中俺が取れる方法は言葉による励まししかなかった。
突然の守る宣言に、彼女は小さく言葉を漏らしてこちらを見る。
「まぁ、ヒーラーが守るって変な話だけどね。でも絶対にリンネルさんを倒れさせたりしないから」
「…………ありがとうございます。セリアさん」
実際、最初のダンジョンで仲間がどんな行動をしようが最難関ボスを倒した俺は全員を支える自信がある。
そんな俺の自信が伝わったのか、彼女のお礼の言葉には心なしか安堵のようなものが混じっている気がした。
すると同時に彼女のキャラクターがボスの方へ向き、剣を抜刀してみせる。
「それでは、突撃しますね!」
「うん。頑張って!」
「はい! ではっ!」
彼女の掛け声と最初の一撃により俺たち全員ボスに突撃していく。
その後の操作は見事なもので、ギミックさえも冷静に処理し、見事一発で勝利のファンファーレを鳴らすのであった。
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―――――――――――
―――――――
「――――ふぅ。おやすみなさい」
ところ変わって現実。俺は誰にも聞こえないであろうお休みの挨拶をしてベッドに潜り込む。
時刻は21時半。空は真っ暗になって電気さえも消えた暗闇の世界。
ダンジョン攻略を終えてからもリンネルさんにいくらかタンクの立ち回りをレクチャーし、また今度ということで別れた俺は明日も学校だからと普段より早めに床についていた。
最近色々あって疲れたからな。こんな時間でもぐっすり眠ることができるだろう。そう確信しながらゆっくりと目を閉じていく。
――――ピロン。
「……ん?」
ふと、スマホが着信を知らせる音とともに暗い部屋に光をもたらした。
普段なら明日見ようと思って無視するところだが、同時に思い出したことがあってもぞもぞとベッドから這い出してみせる。
危ない。そういえば明日の分の目覚ましかけてなかった。このままだったら遅刻するところだったよ。
そう思ってパソコン近くに置いてあるスマホを手に取ったところ、ホームに1つの通知が届いているのを再確認する。せっかくだしと中身を開封すると、アスルからメッセージが届いていた。
『遅くにごめんね陽紀さん。今外見れる?』
「えっ……?外…………?」
メッセージが来たのがつい1分前。
外とは何か。ゲームに外という専門用語なんて存在しない。となれば……家の外か。
俺はまさかと思ってカーテンを開き、家の外へを目を向ける。
「………まじか」
思わず声が漏れ出てしまう。
俺が窓から目を向けた先。我が家の門前に見えたのは、今頃東京の実家にいるであろうアスル……もとい水瀬さんの姿だった。
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