017.リンネル


 日曜日とは学生にとって複雑な休みの日だ。

 2日ある休日最後の日。タイムリミットが刻々と迫っている残り24時間を切った日。


 今日という日が終わればまた月曜日という魔物……5連続の学校がやってくる。そんなことばかり考える日だ。

 翌日が祝日とかで休みなどになればまだ心持ちが違っているだろう。しかし大半はそんなことはなく、むざむざと残りの時間を知らしめられるのが日曜日というものだ。

 午前中ならまだいい。まだ一日の始まりでやりたいことがいっぱいあるから。けれど午後になると途端に鬱になる。

 やりたいことができなかった。また今週の休みが終わって翌日から学校が始まる。そんなことばかり考えるようになってしまう。

 俺の考えはポピュラーなのか、毎週放送されるアニメになぞらえて「なんとかシンドローム」とかいう名前が付けられていることも聞いたことがある。


 俺だってできることなら学校に行かず毎日家でダラダラ過ごしていたい。毎日パソコンに向かってゲームをしていたい。

 けれど学生という本分上そういうわけにもいかない。学校に行かなければ卒業もできないし、そもそも名取さんに会うこともできなくなってしまう。

 だからせめて今日一日は有意義なものにしようと、俺は部屋にこもって昼食後すぐにパソコンを立ち上げる。立ち上がってすぐにクリックするのはゲームとボイスチャットが使えるソフト。

 どうせ外に出てもやることなんてありはしない。お金も潤沢にないし、プラプラ散歩して終わるだけだ。それならゲームで散歩でもしたりレベリングするのが有意義だろう。


「………ん? あれ?」


 全てを起動し終えた直後、いつも通り癖になっているメンバー確認をしたところで、ふと違和感を覚えた。

 最近もっぱら入り浸っているアフリマン攻略用のサーバー。そこにはメンバーである4人が在籍している。

 俺を除いた3人とはゲームでフレンド交換しているからログインの有無、そして今どこにいるかなどがワンボタンで見れるのだ。

 つまりサーバーとゲームのログインがリンクしていないとおかしい。けれどもサーバーには既に2人が、けれどもゲームには1人しかいないのだ。


 1人ゲームに足りない。

 もちろんゲームに入らずソフトのみ起動している可能性も考えられたが、これまで経験なかったが故に首を傾げる。

 ならば誰がボイスチャットに入っているかとリストを確認すると、その正体はすぐに理解することができた。


「リンネル…………」


 ボイスチャットのメンバーには見慣れた名前である『Setsuna』と『Liniere』の2つの名前が表示されていた。

 前者は間違いなくセツナだ。後者は読めなくて調べたところ、リンネルという名前らしい。


 そういえば昨日、お姉さんがゲームを始めるからこのサーバーに入れるって言ってたな。行動が早い。翌日の昼にもうやってるのか。

 まぁ、とりあえず向こうも俺のログインに気づいただろうし、挨拶しないと。


「あ~もうっ!そうじゃないって! なんで毎回範囲踏んじゃうの!?」

「っ……!?」


 俺も会話に加わるかと思ってボイチャに繋いだところ、第一に聞こえてきたのは感情の籠もる叱咤の声だった。

 まるでできないことを教える時のような。そして上手くいかない時のような。そんな心が短い言葉から伝わってきた。


 それは普段聞いたことない、初めて聞く口調。しかし声は以前から聞いたことのあるものだった。


「あの――――」

「だからお姉ちゃん!敵に突っ込むんじゃなくって……って、なんで素通りしてってるの!?」

「私も突っ込みたいのですけど……勝手に動き出して止まらなくなってしまって……!」

「止まらないぃ!? オートランか……!ちょっとそっち行くから待ってて!!」


 声をかけようとしたものの、その勢いに呑まれて口をつぐんでしまった。


 まさに会話だけでも混乱具合が伝わってくるドタバタ劇。

 俺が入ってきたことを気づいていないのかバタバタと床が鳴る音さえ聞こえてくる。


「お姉ちゃん!Rキー押して!」

「R……?これ……? あっ!止まった!止まりましたよ!」

「よかったぁ。 そこらへんの細かい設定は後でしてあげるから、気をつけてよね」

「ありがとうございます。―――ってあら?あの、何だかここに名前1つ増えてませんか?」

「名前? お姉ちゃん、一体なんのこと――――。 っ……!!」


 きっとセツナが教えて解決したのだろう。2人の会話には焦りが消え、段々と落ち着きが戻ってくる。よかったよかった。


 ………と、思っていた。

 しかしお姉ちゃんと呼ばれた男声の人物がふと、何かに気づいたように示すと、もう一人の息を呑む声が聞こえてきた。

 そしてすぐさまドタバタと走るような音が聞こえたと思えば、ガチャガチャとマイクが何かに当たっているような不快音が鳴り響く。


「セッ……セ……セリア!?アンタいつから居たの!?」

「えっと、セツナか?」

「そうよっ―――そうだっ!セツナだ! それでいつから居たんだ!?」


 何故二度もそうと答えたし。


「いつからってついさっきだよ。なんで範囲踏むのかって話してたとこくらい」

「……本当にそこまでか?」

「あ、あぁ……」


 何だか目の前にいるわけないのに、ジッと詰め寄られているような感覚がして思わず戸惑ってしまう。

 そんなに気にするようなことなのか……?


「そこまでなら……まぁいいか。 いやな、直前までリアルネーム出してたから」

「あぁそっか。なるほど。 でも俺は知ったところで気にしないからどうでもいいけどな」


 なるほど、そういうことか。

 いくら1年近くの付き合いとはいえ、ボイチャするほどの仲とはいえゲームとリアルの仲はまた違う。

 身分もなにもないゲームの関係だからこそ、リアルネームなどで身バレを防ぐのは常識的な話だ。ネットで個人情報を晒して問題が起きたケースなんてごまんと存在する。

 名前も大事な個人情報。気にする人は特に気にするだろうし、神経質になるのも無理はない。寝落ちしてダダ漏れになった件?そんな話は知らないなぁ。


「まぁ、聞かれてないならいいんだ。 それで騒いでいてすまない。姉を紹介するから……ちょっとそっちまで飛ぶな」

「ううん、お姉さん飛べないエリアだし、俺から行くよ。どこ?」

「助かる。場所は――――」


 このゲームは広大なフィールドを円滑に進めるためにテレポートという技が存在する。

 一度訪れた街や村はお金を払う必要があるが飛び放題という便利な技だ。

 俺のいる場所にセツナが行けても、始めたばかりのお姉さんには行けない町だから無理だろう。なら俺が行ったほうが早く済む。


「っと、いたいた」


 一応彼から場所を聞いたが正直聞くまでもなかった。

 フレンドリストから大体の場所はわかるし、なにより始めたばかりということで行くエリアは限られてくるからだ。


 その予想通り、ゲーム始めたキャラが必ずスタートする街の出入り口に2人は立っていた。

 見覚えのある背の高い美青年に、同じく背の高い初期装備の女性キャラ。あの2人だな。


「おまたせ」

「すまないな、来てもらって。 早速紹介するよ。この赤い髪のキャラが俺の姉の――――」

「リンネルです。よろしくお願いします」


 姉を紹介してくれるセツナ。

 まだ操作に慣れていないのか、棒立ちの女エルフがそこに居た。


 このゲームには幾つかの種族が存在する。

 俺やアスルが通常の人である『ヒューマン』。そしてセツナとリンネルさんが『エルフ』だ。

 エルフは背が高くて細身なのが特徴的。もちろん種族が変わるからといって操作性や能力に差なんてない。ただのフレーバーだ。

 そしてセツナは男エルフ、リンネルさんが女エルフと美男美女の二人組だ。


「よろしくお願いします。セリアです」

「セリアさん。よくなゆ……セツナからお聞きしてますよ」

「セツナから……?何を……?」


 ヘッドホンから聞こえてくるのはセツナのお姉さんの声……だが明らかに男のものの声であった。

 きっとアスルと同じくボイスチェンジャーを使っているのだろう。正直2人が騒いでいた時のリンネルさん、口調は女性のものなのに低い声でビックリした。


 それで、セツナから何聞いたの……?イケメンヒーラーってことだよね?


「はい。ボスに単身乗り込んで案の定やられたり、寝落ちでフィールドから落ちたりと色々愉快な事をされる方だって」

「セツナぁ!!」

「やっべ!逃げろっ!!」


 なんてことを教えてやがる!!

 俺の怒りと同時にテレポートの構えに入ったセツナはリンネルさんをおいてその場から消え去る。

 しかしフレンドリストを開けばその行き先はすぐにわかった。ふふふ……絶対追いついてやる。


 俺は負けじと彼に追いつくように同じくテレポートを使って追いかける。

 逃げるセツナと追う俺。テレポートを駆使した不毛な追いかけっこは、ゲーム内に存在するてっぺんに登りきったばかりの日が落ちるまで続くのであった。

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