016.新たな風
「そういえばお前たち、ちょっといいか?」
「うん?」
談笑――――
俺にアスル、セツナにて先日のアフリマンや妹談議で盛り上がっていたところ、ふとしたタイミングでセツナから声を掛けられた。
なんら普段と変わらない、ときおり訪れるちょっとした提案。
会話も十分楽しんだしゲームで何処かに行きたいとか、何かのアイテムを集めたいとかそういうことでも言い出すのだろうか。
彼の呼びかけを適当に答えたものの、それ以上彼は「う~ん」やら「ん~」と唸りだして一向へ次に行かない事にふとした疑問符が浮かぶ。
「でもなぁ……いまお願いするのもなぁ……」
「なんだよセツナ。お願いって俺たちにか?」
そんな悩むセツナにアスルが声を掛けた。
どうやら彼の本題は何かのお願いのようだ。別にそのくらい、セツナとも付き合い長いのだから気にすることもないのに。
「なんだよ、一緒にアフリマン倒した仲じゃないか。お願いくらいいくらでも聞いてやるよ」
「……いいのか?」
「ああ、もっちろん!」
不安げな言葉を紡ぐセツナを励ますように、アスルは元気よく返事をする。
こうやって見ると、普通に男同士の会話っぽいんだよなぁ。それなのに片方の中身はあの……って、そう考えると違和感すごい。
画面の中では背が高くてスラリとした美青年が不安げにしている一方、標準体型の金髪イケメンが美青年の肩を叩いている。かっこいい。
これがイケメンたちのみ許される動作か。ゲームなのは承知の上だがやはりキャラクリもファッションも凝っているから絵になる……!
でもそろそろ夜も更けてきたし、本題に入らないとな。
「それでセツナ、お願いってなに?」
「おう、すまんなセリア。 それでだな、今このサーバーにファルケ加えて4人なんだが……。もう一人誘ってもいいか……?俺の姉なんだけど」
このサーバーに所属する4人目は、ともにアフリマンを倒した最後のアタッカー、ファルケだ。
比較的寡黙でのんびり屋の男キャラ。でも一度戦闘になると消耗品を湯水のように使いひたすら火力詰めに走る頼れる仲間だ。
今日は仕事の関係で来れない旨のメッセージがスマホの通知に届いていた。
にしても姉か……姉!?
「ちょっと待て。……セツナにお姉さんがいたのか!?」
「おうっ! ちょっと内気で物静かで根暗でオドオドしてるけど、眼鏡はずしたらスッゲー可愛い――――イタッ!」
ボイスチャット越しに聞こえるセツナの楽しそうな声が途切れ、同時にパァン!とハリセンのような心地の良い音が一発聞こえる。
きっと近くに件の人物がいたのだろう。それで一発もらったと。
残念ながら当然だ。中盤結構言いたい放題だったし。
「イテテ……すまんすまん。 それで2人はどうだ?ファルケには事前に許可貰ってるんだが」
「お姉さん……ねぇ」
ここ1年、殆どゲームの時間を攻略のためにこのメンバーで過ごしてきた。
特にアスルとは攻略外でも相当遊んできた。そのリーダーであるアスルのキャラを見ると、その場に立ち尽くしたまま首だけ方向だけしきりに動かすという不自然な挙動をしていた。
おそらく彼女も考えているのだろう。そんな姿をしばらく眺めていると、不意に止まったかと思えばピコンと個人チャットが届く音が聞こえる。
『どう思う? 私としてはセリアが心配なんだけど』
それはアスルからの問いだった。
はて、俺が心配?それはどういう意味だろうか。もしかして問題を起こす要注意人物と思われてるとでも?
いやいや、これまでそんなことは一度も起こしていない。でもそれ以外に心配の意味合いがわからない。
となると俺じゃなくって、もしかしたらお姉さんが問題を起こす人だと思ってるのかな?となると返事は……
『いいんじゃない? セツナの家族なんだし、問題は起きないでしょ』
『そういう意味じゃないんだけどなぁ……。ま、いっか』
よし、なんだかよくわからないがこちらでも方向性は決まった。
「俺もセリアも大丈夫。お姉さんは初心者?」
「おう!昨日始めたばかりでな!1日かけたからキャラもだいぶ凝ってて…………あっ!でもお前ら変に言い寄るなよ!もう姉には委員会に好きな人がいるんだからな!!」
「……するわけ」
なかなかセツナは悦に浸っているようだったが、ふと思い出したように釘を刺してきて思わず俺は呆れてしまう。
するわけないだろ。俺にも同じ委員会に好きな人がいるんだから。
……って、お姉さんも委員会?似たようなパターンがあったものだ。
てことは学生かな?社会人に委員会があるかわからないけれど。
「まぁ、お前らは信頼してるし言い寄らないならいいけど……。なんならセリア、俺と結婚でもするか?」
「いや、俺結婚してるか――」
「――はぁ!? ウソよ!いつ!?」
「っ………!」
俺が最後まで言うのを待てなかったセツナは、突然驚いたような大声を出して俺は眉間にシワを寄せる。
セツナ……。
夜に大声はキツイって……。耳が……音割れてる……。
「セツナ……うるさい……」
どうやらアスルも同様に耳にダメージを負ったようだ。
静かに指摘するもその声はやけに低く聞こえる。
「ご、ごめん。 それでセリア!お前いつ結婚を!?」
「一昨日かな。アフリマン倒してすぐ」
「相手は!?」
「わっ……俺で~すっ!」
なぜだか憤慨しかけのセツナの問いに手を上げて答えたのは我が相棒、アスルだった。
その口調はやけに上機嫌なもの。アスル、一瞬『私』が出かけてたでしょ。
「アスルと……。しらなかったぁ。へぇ……そうなんだぁ……ふぅん………」
ゾクリと。
理由もわからぬ寒気が突如として俺を襲う。
え、まずかった!?男同士なのだから誰が相手でも変わらないよね!?
恐る恐るセツナを見るも、彼は笑みを浮かべているばかりだ。…………怖い。
「……まぁ、わかった。じゃあ今から……いや、ちょっと用事ができたみたいで無理そうだから明日色々教えてもらえるか?」
「明日ね。了解」
明日は確かアスルがインできないんだっけ。じゃあ俺とセツナの2人になるのか。
初心者かぁ……懐かしいな。俺が始めたての頃はだれかれ構わず個人チャットで助けを求めまくってたっけ。
「俺もちょっと落ちなきゃならないみたいだから、ここらへんで落ちるわ。じゃあな!!」
「あ、うん……おやすみ……」
そんな回顧に浸っているとセツナまでも落ちるようで、俺は勢いに押されながらも消えゆくセツナを見守っていく。
何だか忙しいみたいだな。向こうも色々あるのだろう。
「ねぇ、陽紀さん」
「…………水瀬さん?」
キャラが消え、ボイチャからもセツナが消えるのを確認してからすぐに反応したのはアスルだった。
彼女は既にボイチェンを切っているようで先程までの男声と違い、リアルの女声で俺を名前で呼んでくる。
「明日は私いないけど……浮気、しないでね」
「ばっ……!誰がするかっ!!」
浮気!?なんで!?
彼女が発したのは考えもしないこと。突然の念押しに俺は当然否定してみせる。
「むぅ……。だったらいいけど……」
否定はするが信じていないのか不満げな声が漏れる水瀬さん。
それからは彼女と日課の地図をこなしつつ、明日やってくるらしい新たな仲間を心待ちにするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます