014.溶ける雪
「うぇっへへへ~。おにぃ~、あたし、もう死んでもいい~」
「はいはい。ここで死なれると面倒だから帰ってから死んでくれ」
死ぬという物騒な単語が飛び交う兄妹の会話。
明るく照らしていた太陽が山の向こうに沈みかけて赤い光が差し込む帰り道。
カラオケでのフリータイムを終えた俺たちは、揃って街から自宅への帰り道を歩いていた。
行きも通った道。普段から駅を往復するのに慣れきった道。もはや見ないでも帰れると思うほど自信がついたこの道を、2人の足が一歩一歩家へと近づいていく。
「雪ちゃん、最初から最後までずっとハイテンションだったからね」
「ホントに……。 ごめんね水瀬さん、身内のこんなみっともない姿見せちゃって……」
「ううん、それだけ私のファンだってわかってすっごく嬉しかったよ。ありがとね、雪ちゃん」
「へっへへへ……ミナワ~ン…………」
雪が水瀬さんの言葉に反応したかに見えたが、その実雪はトリップモードで現実に意識がない状態にあった。
たった2人の兄妹だけに向けた小さな小さなライブ会場。
俺たちもある程度歌ったものの、まさしく水瀬さんの独壇場だった今日のカラオケは、ライブと言っても過言ではなかった。
最初は普通に歌うだけだったが雪が焚き付け水瀬さんもそれに乗り、気づけばPVで見るようなダンスパフォーマンスとともに小さな室内を盛り上げに盛り上げた。
そんな中最初から最後まで超ハイテンションでこなした雪はカラオケが終わると同時に…………溶けた。
いや、実際に溶けたわけじゃない。
ただ疲れがどっと出て燃え尽きたみたいで腰は抜け、意識も抜けてトリップモード一直線だ。
そんな寝てるか起きてるかよくわからない雪を背負って俺と水瀬さんは帰路につく。雪が小柄で本当に良かった。
「雪ちゃん、大丈夫そう?」
「あぁ。これだけ弾けてたのはなかなかないけど、ベッドに放り込んでおけば明日には戻ってるはずだから」
以前ライブ帰りに燃え尽きていた時はそうだった。トリップしてわけわかんない状態だったのに朝になればケロッといつもの状態に元通りだ。
今回はそれ以上だが、まぁどうにかなるだろう。
「ミナワ~ン……だいすきぃ……」
背中からそんな呟きが聞こえてきて、俺たちは同時に笑い出す。
こんなに元気に愛を呟いているんだ。平気だろうし、なにより受験勉強のいい息抜きになっただろう。
そうして俺たちは2人して我が家への道を歩いて行く。
それはなんだか昨日の焼き回しのよう。夕焼けに照らされた彼女はどう思っているのだろう。少し前に位置していてここから表情が読み取れない。
静かな、無言の帰り道。
彼女はなんで俺と結婚したのだろう。なんでここに来たのだろう。これからどうするのだろう。
色々な疑問が頭に浮かぶがどれも口に出すことはできない。ここにいることが本来ならあり得ない彼女。聞いてしまえば煙になって消えていくような気がしたから。
けれどそんな節、とある1つの質問に思いつく。
「そういえば……アスル」
「うん? どうした?セリア」
手探りながらも告げたのは彼女のもう一つの名前。そしてゲームの話という合図。
そしてそれを理解したのか呼び名も口調も、ボイチャを彷彿とさせる返事で1つ安堵する。
「そういえば、結局決めたのか?昨日のアイテムの使い道」
「……あぁ、『サクラの枝花』?」
「そう。売らずになんか作るって言ってたよな」
あぁ……やっぱりこっちだと話しやすい。ゲームの話題は実に気兼ねしない。
問うのは昨晩彼女が当てたレアアイテム。あの時売らないと言っていた。なら多岐に渡るなんらかのアイテムを作るのだろう。
あの時眼の前ですり抜けられたゲーマーとして、アイテムの使い道は非常に気になっていた。
「もちろん。あの後すぐに目当てのもの作ったよ」
「へぇ。早い。 何作ったの?」
「…………教えないっ!」
「……へ?」
どうやら彼女は取得して早々何かを作ったみたいだ。
ならば好奇心から何を作ったのかと問いかけたが、その返答は思いもよらぬ言葉だった。
『セリア』の時よりもいくらか声を高くした『水瀬さん』の声色。
一瞬の内に切り替わった彼女の変貌に目を丸くすると同時に、数歩前に出た彼女は後ろ手でこちらに振り返る。
「それはヒミツ! それよりもさっ、もっと有意義な話しようよ!」
「秘密って……何の話を?」
「んと……セリアの女性遍歴とか?」
「ブッ………!!」
なんで敢えてゲームの話したのにいきなりそっちへ!?
完全に予見していなかった箇所からのアッパー。その攻撃をモロに喰らった俺は思わず雪を落としかけてしまう。
「ど、どこが有意義だ!」
「え~。有意義じゃんっ! それでセリアは今まで何人の子と付き合ってきたんだい?」
『どうだい?どうだい?お姉さんに教えてみ?』
そんな事を言っているかのような目を向けた彼女は小走りで隣に位置し、ピタリと肩を並べてみせる。
1つ年上の彼女。けれどそんな事を感じさせない、妹と同じくらい小さな彼女。クリっとした目が見上げるように俺をジッと見つめてきて直視できずに視線を逆に向けてしまう。
「…………0」
「あら意外。 っていうか素直に教えてくれるんだね。アスルとして聞いてるからかな?」
まぁ、確かにアスルのほうが答えやすいが、それ以上に距離が近いんだよ……!
アイドルというものが周りに誰も居ないのに肩触れさせるほど近づくって危機感なさすぎじゃないです!?
「そっかぁ……0人かぁ……。ふふっ、お揃いだねっ!」
「バカも休み休み言え。そんなわけ無いだろ」
「え~!酷~い! 信じて貰えないの~!?」
ぶっきら棒に話す俺と意外そうな顔をするアスル。
そんなの信じられるわけないだろ。数いるアイドル、恋愛禁止と謳ってても裏で付き合ってるっていうのは週刊誌やネット記事などで散々過去の事例が証明しているじゃないか。
「ま、いっか。今は信じて貰えなくても。 さ、帰ろセリア! 今日も帰ったら地図行くよ~!」
「ちょっと!早いって! 俺雪背負ってるんだからっ!!」
水瀬さんはそんな俺の不信を一切気にしていないようだった。
ポンと肩を叩いた彼女は追い抜くように突然駆け出して、手を掲げながら俺にも走れと促してくる。
最初は頑張って追いついていたものの結局体力が持たなくって再び歩きだした俺は、隣で上機嫌そうに鼻歌歌う彼女を疑問に思いながら帰るのであった。
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