012.一生懸命の味


「ふわぁ……ねっむ……」


 時刻は土曜の朝6時。

 土曜という学生にとって休日にはまだまだ起きるには早い時間。

 普段なら俺ももう1時間程度は寝ていることだろう。けれど今日は早くに起き、洗面所で顔を洗っていた。


 昨晩アスルとともに周りまくった日課の地図。

 溜まっていたものを消化した頃には時計の短針が10を指していた。

 昨日の今日。徹夜明けの夜。一足先に寝たであろう仲間のセツナとファルケに続いて、俺たちもその辺りでお開きとなった。

 いくら体力が有り余っている高校生でも徹夜明けで夜更かしを続けるのは流石にしんどい。アスルはまだ遊びたがっていたが、こればっかりは俺の真摯な願いを聞き入れてくれた。


 夜10時に寝て朝6時に起きる。なんと健康的な生活か。

 ベッドに潜り込んだ途端泥のように眠った俺はキチンと8時間しっかり寝て、今日こうして起きたわけだ。

 しかし8時間寝てもあくびするのは仕方ない。寝起きってそんなものだ。


 そうしてこんな朝早くに起きたのにはもちろん理由がある。今日は俺が朝食を作る当番だからだ。

 母さん、俺、雪で持ち回っている朝食当番制。今は雪が受験で免除されているが、俺はこうして時々早く起きる必要がある。

 せっかくの休日。本当はもっと長く眠っていたかった……!できることなら10時まで……!などという懇願はどうせ文字通り叩き起こされるから諦めた。

 と、いうわけで無事目覚めた俺は顔を洗うのも切り上げてリビングに向かっていく。むしろこんな早い時間に起きたことを褒めて欲しいものだ。


 ……にしても今日は寒いな。昨日もそこそこだったが今日は一段と寒い。もう冬が近いということか。


「……ぁよー」


 いつものように扉を開けて、早くとせっつく雪の文句を聞きながら朝食を作る。

 今日もその予定だった。けれどそのルーティーンは、開けて早々目の前の光景により破壊されることとなる――――。



「まぁ!若葉ちゃん筋がいいのねぇ! 初めてだと思えないくらいの出来栄えだわ!」

「いえ、お母様の教え方が上手だからですよ。私一人だったら全然です」

「あらま、嬉しこと言ってくれちゃって。せっかくだからお味噌汁も教えちゃおうかしら」

「喜んでっ!」

「お母さん!私にもっ!私にもいいとこ披露させてっ!!」


 ………………。


 扉を開けるとそこは別世界!……ではなく、なんとも姦しい光景が眼前に広がっていた。

 女が3人集まって姦しい。文字通りそこには女性が3人集まって早朝にも関わらずキャアキャアと楽しげにお喋りしていた。

 どこから持ってきたのか3人共エプロンをしっかり付けてキッチンに集まっている。その絵には華があるが、今の俺には複雑な心境だった。


「お母様、お味噌汁の具はいつも何を入れて…………あ!陽紀さん!おはよ――――」


 ――――バタン。


 3人のうちの一人が俺の存在に気づくと同時に、そっと扉を閉めた。


 ……ダメだな。いくら昨晩の睡眠時間が長くってもここしばらく夜更かししたものだから幻覚を見てしまったらしい。

 何故だか知らないが母さんも雪もエプロン姿でキッチンに向かってたし、朝ごはんを作ってくれていたのだろう。

 となれば今日当番なのは俺だが2人に任せて、まだ寝足りない欲求を満たすため12時位までベッドに――――


「陽紀さんっ!おはようございますっ!!!」


 ――――ダイブすることはできなかった。

 俺が階段に足を掛けるよりも早く扉を開けて声をかけて来たのは昨晩10時まで遊んでいた相棒、アスルもとい水瀬さんだった。

 薄手のストッキングにに深緑のミニスカート、白いカーディガンと下に赤シャツを着てすっかり秋の装いとなった彼女はトテトテと近づいて眠気を感じさせない笑顔をこちらに向けてくる。


「おはようございます!」

「お、おはよう……」

「もう朝ごはんできちゃうよ! ほら、一緒に食べよ!」

「ちょっと待って! なんで水瀬さんがウチにいるの!?」

「…………?」


 俺を呼んで早々とリビングに戻っていく彼女を呼び止めると、振り返った顔は「何を当たり前のことを」と言いたげな、不思議そうな表情だった。

 あれ、これ俺がおかしい流れ!?むしろ数年来の友人のように当たり前のようにいる水瀬さんのほうが不思議なんだけど。


「もしかして、昨日の件伝わってなかったり?」

「昨日の件?」

「うん。お母様に誘われたので朝お邪魔するっていうお話だったんだけど……」

「っ……! 母さん!!」


 彼女の言葉で原因が特定できた俺は間をすり抜けてリビングへとの扉を勢いよく開ける。

 目を向けた先。キッチンにはもう出来上がりかけているのかお玉で味噌汁の味見をしている母さんが俺の存在に気がついた。


「朝からどうしたのよ陽紀。寝てる間に粗相でもした?」

「するわけっ……! なんで今日水瀬さんが来るって言わなかったの!?」

「言おうとしたわよ。でもアンタがご飯食べたあとすぐお風呂入って部屋に閉じこもったじゃない。話す暇なんてなかったわよ」

「くっ…………!」


 それを言われちゃぐうの音も出ない。

 確かにライブ見終わってから早々に退散したのは間違いなく俺だ。その後どんなやり取りがあったとしても部屋に閉じこもっていたのだから知る由もない。

 なら部屋に言いに来てもとは思ったが、雪がいい笑顔を浮かべている。きっと意趣返しだ。サプライズも込みだったのだろう。


「あ、そうだ。 陽紀、今日何も予定ないでしょ?」

「今日……? 多分なにもないけど」


 ふと母さんから問われて頭の中でスケジュールを組み立てる。

 確か今日は……うん、ちょっと買い物行く程度で予定という予定はない。せいぜいゲーム内で休日を謳歌するくらいだ。


「じゃあ今日、雪連れてカラオケ行って来なさい。若葉ちゃんもオッケーしてくれたから」

「今日!?昨日の今日で!?」

「おにぃ、よろしくねっ!」


 なんだって!?カラオケ!?

 俺昨日行ったばかりなのに連続で!?


 振り返って扉近くにいる水瀬さんに目を向ければ笑顔で頷かれる。ホントなのか。

 そして雪といえばもうかつて無いほどニッコニコ笑顔だ。あんな笑顔ライブに行く直前くらいしか見たことない。


 もちろん一瞬断ろうと思った。昨日の今日だし、メンバーもメンバーで昨日かなり緊張した。

 そして焼き回しみたいに今日も行くなんて考えられない!……と。


 けれど、その輝かしい妹の笑顔を俺のわがままで曇らせるわけにはいかず……


「……仕方ないなぁ」

「やったっ! ミナワン!お願いしますねっ!」

「お願いされちゃいました! 陽紀さんも、お願いね?」

「あぁ……」


 雪から水瀬さん、水瀬さんから俺へとお願いの輪が形成されつつあることに苦笑いで応えて、テーブルに置かれてある料理に目を向ける。

 本来なら俺が作るはずだった料理。手早く卵焼きとトーストで終わらせようと思っていた朝食が、何者かの手で立派な和食へ仕上がっていた。

 ご飯に味噌汁、豆腐に卵焼きと立派なザ・朝食といった感じだ。強いて言うなら若干卵焼きが焦げていて形が不揃いなくらいだろうか。


「これ、作ったの母さん?」


 その歪な卵焼きを指差し、恐る恐る問いかける。

 母さんの得意料理は卵焼き。卵焼きといえば母さんくらいこだわりを持っているのだ。そのせいで俺も雪も幼い頃からみっちり教育を受けてきた。

 だから俺たち全員問題なく作ることができるが、ここまで歪なのはなかなか見たこと無い。

 けれどその疑問は、寝ぼけていて頭の隅に追いやっていた、ここに来た当初の記憶にヒントが隠されていた。


「違うわよ。お母さんはフォローだけ。 今日アンタに変わって作ってくれたのは……」

「はいっ! 今日作ったのは私です!」

「!? 水瀬さん!?」


 母さんに促され、背後から意気揚々と声を上げたのはまさかの水瀬さんだった。

 そういえばエプロンを着用しているし、最初入ってきたときだってキッチンでワチャワチャしていた。母さんの手ほどきを受けていたのなら納得の行動である。


「料理したのは初めてですっごい不安だったんだけど、精一杯頑張ったから……食べてもらえると嬉しい……かな?」

「っ……! ミナワ~ン!! ミナワンが一生懸命作ってくれたものを食べられない人なんていませんよ! ね、おにい!!」

「あ、あぁ……」


 まさに今にも泣きそうな縋る瞳と、野獣の如き眼光。

 きっと俺が首を横に振ればその緑の瞳からダムが決壊するような涙を流してしまうだろう。

 そう思わせるほどの顔を浮かべる水瀬さんにいち早く反応したのは雪だった。妹は水瀬さんをかばうように駆け寄って、俺に向けられる有無を言わさぬ眼光により黙って首をふることしかできなくなってしまう。


「やりましたね!ミナワン!一緒に食べましょ!」

「うんっ!!」


 雪に押されながらテーブルに向かうとさっきほどとは一転、まるでウソかのように互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべる妹とアイドル。

 やっぱり演技だったか……!!


「さ、冷めちゃう前にいただきましょ。 その後陽紀はカラオケだから準備忘れずにね」

「……はぁい」


 もちろんそんな2人に文句を言う豪胆さなど持ち合わせてはいない。

 場を取り仕切るように母さんに促された俺もテーブルに座って水瀬さんの作ってくれた料理に手を付けていく。


 彼女が頑張って作ってくれた卵焼き。母さんと比べるとレベルが違うと言う他無いのだが、それでも一生懸命作ったんだなという気持ちが料理から伝わってきて、思わず笑みの溢れる味に仕上がっていたのであった。

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