011.不条理の運


「――――ってことで、結局俺も最後までライブ見るハメになってさ……」

「あははっ! 雪さんかわいい~!」


 太陽はすっかり沈み込み、寒さも一層際立ち始める夜の時間。

 外からは音楽祭でも開催しているのか活況な虫の合唱が聞こえ始め、しばらく前には熱帯夜だったのがウソのような秋の夜。


 なんとか食事を終えることができた俺は自らの部屋でいつも通りPCを起動してゲームを起動しつつ、いつものボイスチャットルームへ入室していた。

 俺がゲームにログインする頃には目当ての人物も既にログインしており、ボイスチャットルームに入室していることを確認して俺も入っていく。


 そして話すのは先程のことだった。帰ってくるなりリビングではライブ映像が流れており、結局食事を終えてからもライブ終わりまで見続けるハメになった事。

 とくに雪がどの曲を歌っただのどんな歌い方だったのどんな感想を持ったかなど、根掘り葉掘り聞くものだから随分と体力を持ってかれた。

 今度行くときは絶対連絡することって5回くらい念押しされたし、そこまで雪も一緒に行きたかったのか…………行きたかっただろうなぁ。


「そうだねぇ。今度は雪さんも一緒に誘うのが良いかもね」

「あぁ。誘ってやって連れてってやって。きっとアイツも喜ぶだろうからさ」

「へっ? 連れてくって……陽紀さんが連れて行くんだよ?」

「…………うん?俺も行くの?」

「あったりまえじゃん! なんで行かないと思ってたの!?」


 まさか!と信じられないと言いたげな水瀬さんの驚きの声。


 えぇ~。

 雪をカラオケに連れて行くと色々大変なんだよな……。ロシアンたこ焼きは頼むわ、ドリンクバーのジュースをミックスするわ、マイクは絶対離さないわで。

 アイツは水瀬さんの大ファンで心酔しているから俺が行く必要性も無いと思うのだが。


「むしろ陽紀さんも行かないと私、カラオケ行かないよ!」

「……マジ?」

「マジなのだぜ!」


 まじかぁ。

 あれだけ念押しされたんだ。受験生で毎日頑張ってるのだし、できることなら息抜きは良い1日にしてやりたい。

 だからきっと、もし俺のせいでいけないことになったらきっと死ぬほど悲しむだろう。……仕方ない。


「……じゃあ、俺も行くからまた今度、雪も一緒に行ってくれるか?」

「うん!もっちろん! 私もあれだけ熱心なファンの子と一緒にカラオケなんて緊張するなぁ~」


 ヘッドホンの向こうから彼女の可愛らしい「う~」と唸る声が聞こえてくる。

 そんなに緊張すること無いのに。むしろライブ映像でさえ雪は呑まれてたんだ。アイツのほうが緊張して大変なことは確定している。


 ……ん?可愛らしい声?


「そういえばアスル、なんでボイチャしてるのに声変えてないの? まずくない?」


 今までついつい流してしまっていたが、ようやく現状の違和感に気が付いた俺はそのその事を指摘する。

 耳元から聞こえる相棒の声は日中しばらく聞いていたせいで馴染んでいた水瀬さんの声そのもの。昨日まで聞いていた声とは違う、ボイチェンを一切使っていない生声だ。

 いくら人のいないサーバーとはいえ誰か来る可能性があるんだし、それはマズイだろう。


「ううん、大丈夫だよ。 セツナもファルケもちょっと前に来て、今日はもう落ちるって言って落ちてったから」

「そうなの?」

「うん。2人も昨日興奮して眠れなかったみたい。だから昼間はボロボロで、今日は早々に眠るってさ」

「どうりで…………」


 その言葉につられてゲームのフレンドリストを見ればセツナもファルケも表記は暗く、ゲームにインしていないことを表していた。



 セツナとファルケ。

 このゲームの現状最強ボス、アフリマンを倒すには4人のメンバーが必要である。盾役、回復役に加えて攻撃役の2人。計4人のメンバーでボスに挑むのだ。

 そして攻略するにあたって一緒に切磋琢磨していったのがセツナとファルケの2人。アスルの盾役、回復役の俺で攻撃力のない2人に変わって火力を出してくれる大切な仲間だ。


 そして今俺たちがボイスチャットをしているサーバーは、アフリマン攻略にあたって作成した4人だけのサーバーである。

 あの2人が落ちたのなら残るは俺たちだけ。だから彼女も安心してボイチェンを外しているのだろう。

 ボスも倒したからこのサーバーや俺たちともおさらばなんてドライな可能性も憂慮したが、そうではなくてホッとした。



 ふと気づけばゲーム画面には街中で座っている俺の隣にアスルも座っていた。

 いつのまに……?きっとフレンドリストから位置を特定したのだろう。そんな彼?が俺のキャラへ顔を向けたと思えば口元を手で隠すエモートを見せてくる。


「二人きり……だね」

「……そうだな」


 彼女のその動作は囁きのエモート。

 本当にキャラが声を発していないため動作に何の意味もないが、ボイスチャットから本当にささやき声が聞こえてきて彼女の言動に臨場感を持たせる。


「今日も一緒に……しちゃう?」

「……いいのか? 大変だぞ?」


 彼女の甘美な誘いに、さっきまでリアルのことで頭を悩ませていた俺は瞬時に切り替わる。


 俺のその言葉は確認の合図。

 本当にいいのかと。けれど彼女は首を横に振ったあと、大きく頷いて肯定の意を見せる。


「うん。他でもない、セリアの為なら……」

「そうか。じゃあ、早速行こうか」

「うんっ!!」


 少しオドオドとしていた彼女だったが、俺の言葉により二人して立ち上がって近くの建物へと向かっていく。

 それは誰でも入れる宿屋。俺たちは雑踏の中に消えるように、その建物へと消えていった――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「あははっ! や~いっ!セリアったらクジ運ボロボロ~!」

「なんで!?何故なんだっ!! なんで4回も!!」


 ヘッドホンから聞こえてくるからかいの声に嘆く俺。


 あれからアスルの甘美な誘いによって宿屋に行った俺たち。

 宿に設置されているアイテム保管庫から宝の地図を取り出した俺たちは、2人で地図に記された箇所を回っていた。


 一日一回集めることができる宝の地図。そこからは莫大なお金やレアイテムが取れるものであり、このゲームをやる者にとって大きな金策の1つでもあるコンテンツだ。

 俺はアスルとともに地図からお宝を探すのが日課だったがここ数日はアフリマン討伐のため掛かり切りになっており、今日久々に地図の消化に当たっていた。


 …………が、回れども回れどもいいアイテムが出ない。もはや50%の確率で出るアイテムも出ない有様だ。

 地図を4枚も使って出現率50%のアイテムすら引き当てられないってどんな確率だよ!!そりゃあアスルも笑うわっ!!


「さて、次は私の番だね。 場所は……あ、ここだ」


 どうやら偶然にも、彼女の地図の場所は今俺達がいる箇所だったようだ。

 宝の地図といえども結局はゲーム。場所は幾つかのパターンで構成されており、こうやって場所が連続するのも稀に発生する。


 さぁ!俺がボロボロなんだ!アスルもボロボロで笑わせてくれ!!


「アイテムはぁ…………お、大当たりだ!! ねぇねぇセリア!大当たりだよ!!」

「…………ちっ!」

「あ~!舌打ちしたぁ! セリアったら舌打ちしたぁ!!」


 ログはこちらでも見えてるからその中身はわかっていた。

 彼女の地図から取得したのは確率1%といわれる激レアアイテム、『サクラの枝花』。オシャレ装備の素材である。


 どこからでも取ってこれそうなシンプルな名前だが、このゲームではかなりレアなのだ。

 この素材を基に武器を作れば、武器の周りにエフェクトが舞う美しいものになり、服にすれば桜の花びらがあしらわれたオシャレ装備として人気の一品だ。

 きっと売れば千万単位で稼げるだろう。チクショウ……おめでとさん!


「ふふん、また今度作って見せてあげるね!」

「はいはい。俺が当ててたら即売ったのに……」

「風情がな~いっ! ほら、次の地図いくよ!」


 悔しさを露わにする俺と喜びが爆発しているアスル。

 これがゲームだ。良いことも悪いことも共有できる仲間がいて、一緒に楽しめる。

 俺は楽しげな彼女の言葉を聞き流しつつ、このゲームの楽しさと運の不条理さを実感するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る