003.爆弾発言の真相
「けけけけけ………けっこんん!? おにいが!?誰と!? ミナワンと!?」
窓の外から鳥たちが飛び立つ音が聞こえてくる。
平日早朝の住宅街。そこにたった1つの爆弾が落とされた。
殺傷力のない、平和極まりない爆弾。しかし精神に、心に効くその爆弾は、この家を爆心地として局所的な破壊をもたらした。
真っ先に反応を示したのは隣に座る妹、雪。
大好きなアイドルが休止することで起きて早々ショックを受けていたが、突然目の前に御本人が現れるというダブルパンチ。
そして更に結婚というトンデモワードを出されるトリプルパンチを食らった雪は、呆気を通り越して家族一の反応をもたらした。
ちなみに『ミナワン』とは彼女の愛称。ファンの間ではもっぱらその呼び名で通っているらしい。
名前の略称に加え、『みんなでナンバーワン』の意味が込められていると、いつだったか雪が自慢気に話していた。
「おにい! なんであたしがファンだって知ってるのに教えてくれなかったの!?それに結婚って……どういうこと!?いつのまに!?」
「ちょ……!ゆき……待って……。 揺れっ……話せない……」
ぐわんぐわん。
眼の前の世界があっちいったりこっちいったり。正面が天になったり地になったり、目まぐるしく世界が揺れ動いている。
雪に肩を掴まれ力いっぱい揺れ動かされている俺は驚きもさることながら、鬼気迫るその表情になかなか言葉が出ない。
「結婚がいつかと言いますと……昨夜ですね!」
「昨夜!? おにいぃぃ~~~!!」
補足するような彼女の言葉に一層目を丸くした雪は揺れを更に強くさせていく。
色々と……!色々と誤解が……!!
「ちょっ……まっ……! まって雪!」
「ひゃっ!」
一向に収まる気配どころかどんどん強くなっていく揺れに、酔い的な意味でも時間的な意味でも危機感を持った俺は対抗するように雪の肩を強くつかんでその手を止めさせる。
一瞬小さな悲鳴を出されたものの、目論見通り揺れを止めてくれた雪は怒られると思ったのか、肩を少し持ち上げて目をキュッとつむっている。
誰も言葉を発しない、テレビのみが室内を奏でる音源となった静かな空間。
ようやく話を聞いてくれそうだ。俺も1つ深呼吸して頭に昇った血を少しづつ冷やしていく。
結婚……昨夜……よし、説明できそうだ。
「雪、冷静に考えて。俺の年齢知ってるだろ?」
「んと……16?」
「そう。16じゃ結婚もできないことももちろんわかってるよな?」
「うん……そう、だけど……。でもおにい!それだったらミナワンがウソついてるってこと!?」
そりゃそういう結論になるわな。
でも、それを一言で解決できる、魔法の単語だってあるんだ。
「ゲームの話だから」
「ゲー……ム?」
ポカンと。
未だ事態を把握できていないのか目をパチクリさせる雪。
そして少し離れた位置から「そういうことね」と小さく呟く声が聞こえた。どうやら母さんは理解してくれたようだ。
「そう、ゲーム。 俺とアス……水瀬さんは一緒のゲームをしてたらしくって、そこの遊び方の1つに結婚もあっただけ。ホントに結婚したわけじゃないからな?」
「ゲーム……結婚……ホントじゃない…………。そっかぁ!そういうことかぁ~!ビックリした~!」
ほっ。
ようやく雪も理解してくれたようだ。
雪もホッと胸を撫で下ろして背もたれにどっと身体を預ける。
「よかったぁホントに結婚してなくって。本当だったらあたし、おにいを包丁でザクッ!ってやってたよ~」
「……ねぇおゆきさんや、真っ先に俺を狙うって家族愛的なものはないのかい?」
ザクッ!てなにそれ怖い!誤解とけなかったらそんな事になってたの!?
しかも対象が俺か!いや、水瀬さんが対象になるのももちろんダメだけど!
笑顔のまま、シュッと手刀で首元をスパってやるとこになかなかの殺意を感じる。
妹にここまでの恐れを抱いたのは初めてだよ。
第一俺は心に決めた人が――――いかんいかん。これは誰にも言ってないことだった。
背筋に嫌な汗が流れるのを感じながら雪から目を逸して眼の前の水瀬さんへ向くと、彼女は口元に手をやってクスクスと笑っていた。
口元に手を当て笑う姿はどこを切り取っても著名な芸術家が描いた美術品のよう。
笑う姿も絵になるとか反則か。
「すみません。とっても仲がいいんですね」
「いや、俺と雪は大して――――]
「はい!とっても!!」
雪め……水瀬さんにいいところを見せたいからって……。
「そういえばミナワンのプロフィールは一人っ子って……」
「はい。なので上や下の子がいる家族が羨ましいんです。特に――――っと、いけない。長居しすぎちゃいましたね」
そのまま水瀬さんによる会話が繰り広げられようとしたが、テレビから流れる時報の音により、すんでのところで止まってしまう。
全員でテレビに注目すれば時刻はもう8時。そろそろ家を出る時間だ。
「すみません。本当は一言二言で帰るつもりが長居してしまって。 学校もあるでしょうし、私はこれで退散しますね」
「え~! 行っちゃうん……ですか?」
まだ話し足りない。しかし時間も時間だから仕方なく。
そんなオーラを全面に出しながら席を立つ彼女に惜しむ言葉を投げかけたのは雪だった。
驚きに満ちたといえども憧れの存在が今目の前に。しかし消化不良で帰るのだからその言葉も出てしまうだろう。雪は今にも学校をサボりそうだ。
けれど母さんの目があるうちはサボるなんてこと許されないだろう。
まさに板挟み。そんな感情が如実に表情へ表れていて、それを目にした水瀬さんがクスリと笑いつつ一瞬だけ席について雪と目を合わせた。
「大丈夫ですよ。またすぐに会いに来ますから」
「本当ですか!? じゃあ、サイン……してもらっても?」
「喜んで。 それじゃあお母様、朝の忙しい時間帯にありがとうございました。失礼します」
再度立ち上がって母さんへ一礼した彼女はそのままリビングを出ていって玄関へ。
なんだか……驚きばかりの朝だった。未だに夢心地って気分。
「――――陽紀」
「うん?」
ボーっと。見送ることも忘れて閉じられた扉を見つめていた俺を引っ張り上げたのは母さんだった。
呼ぶ声に気づいて一瞬驚きながら母さんを見ると、ピッと指が玄関の方へ差される。
「見送って……いえ、キリのいい所まで案内してあげなさい。あの子、きっとこの辺りのこと詳しくないでしょうから」
「えっ……でも学校が……」
まさかの提案に耳を疑うも、真っ先に考えるのは学校のこと。
そこそこ真面目な俺にとって遅刻はできることなら避けたい。今の時刻はまさしく家を出る時間だ。これを逃せば遅刻してしまうだろう。
「おにぃずるい!お母さん!私が送ってく!!」
「雪は中3で受験も近いんだから遅刻しちゃダメよ。陽紀は……まぁどうにかなるもの」
確かにそのとおりだけどさ……。
でも、その言葉で俺も踏ん切りが付いた。
急いでソファーの上に放ってあったバッグを手に取り玄関へ向かう。そこにはまさしく扉を開けて出ていかんとする水瀬――――アスルの姿が。
「待って!!」
俺はその後姿に慌てて声を掛ける。
振り返って見えた彼女の表情は、待ちわびたような笑顔だった――――。
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