002.突然の訪問者、そして爆弾


「こんなものしか出せずすみません……」

「いえいえお構いなく。 むしろこんな朝早くからお邪魔してしまって申し訳ございません」


 初秋。まだ紅葉の色が付く気配も無く、まだまだ日中は暑さの残る秋の始まり。

 朝晩は涼しさが出始め、段々と過ごしやすさが顔を出してくる季節の変わり目。

 俺は早朝から、眼の前の光景を受け入れることができずにいた。


 コトリと丁寧にお茶をテーブルに置いてくれる母さん。そして笑顔で対応しているお客人。

 ニコニコと笑顔を浮かべている人物は、まさしくここに居るなんて到底考えられない人物だった。


「えっ……えええ……えっと……。水瀬……若葉さん……ですよね?」

「はい。水瀬 若葉です。時々歌ったり踊ったりしております。 あなたのお名前を教えてもらっても構いませんか?」

「ふぁ、ふぁい! 芦刈 雪あしかり ゆきです! 中学3年生をやってます!!」


 隣から、もはや悲鳴なのか返事なのかよくわからない奇声を上げて自己紹介をするのは我が妹、雪。

 憧れの人物を目の前にしてガッチガチだ。


「雪さん! いい名前ですね。よろしくお願いします」

「ひゃいっ! よろしくおねがしましゅ!」

「それで……隣の…………」


 日本語にもならない噛み噛みな挨拶だったが、目の前の人物は笑顔でそれを受け入れた。

 続いて向けられる視線はこちらに向けて。俺も少し戸惑いつつも質問に答えるためゆっくり口を開く。


「芦刈……陽紀はるきです」

「陽紀さん! よろしくお願いしますね!」

「…………はい」


 最初っから下の名前とはなかなかグイグイ来る系……。これが芸能人パワーというやつか?


 互いの挨拶が終わり、一瞬静まり返る空間。

 

 挨拶は終わったが……この人は何しに来たんだ?

 母さんは俺たちに任せて遠巻きに見てるだけだし、隣の雪はガッチガチで使い物にならない。

 俺はファンというわけでもないから比較的マシだから……俺が話を進めるしかないか。


「その……水瀬さんでいいですか?」

「若葉でいいですよ。陽紀さん」

「……水瀬さん。あなたはその……本人ですか?そこの、テレビでやってる……」

「――あぁ、もうテレビでやってるんですね。耳が早い。 はい、そうですよ……って言っても証明できるものがないと難しいですよね。これで構いませんか?」


 一瞬後ろのテレビに目を向けた彼女が流し目でフッと笑う。


 そして提案とばかりにバッグから躊躇なく取り出したのは自らの免許証だった。

 取り立てであろうグリーンの免許証。種類の欄には原付が記載されており、写真は目の前の少女と同じもので本人を表していた。


 年は……17歳。俺の1つ上か。

 そして名前は自己紹介通り水瀬若葉と。これ、芸名じゃなくて本名なんだな。




 水瀬 若葉みなせ わかば

 ロワゾブルーの最後の一人にして、たった一人で売れ続けているアイドル。

 金青の髪を腰あたりまで伸ばしたストレートの髪型で、前髪は一房だけ目の間に垂らしたスタイル。

 クリンと大きな翠の瞳が落ち着いた髪色と髪型と対象的に活発な印象を受け、今もニコニコと笑みを絶やさず座っている。


 その姿は俺の視線直線上にあるテレビに映し出されている姿と瓜二つで、夢でも幻でもなく確実に一生の内で関わり合いになるはずもない女の子が目の前に座っていることを表していた。




「分かりました。それで……何の用でここに? 妹がなにか粗相でもしましたか?」


 心の中で混乱しつつも冷静さを装って1つ疑問を投げかける。

 真っ先に聞くのはここへ来た目的。

 玄関で体面した時にウチの名字を口に出していたのだ。迷子というのは少し考えにくいだろう。

 その上で可能性があるとすれば妹、雪。


 雪は新幹線でライブに行くほど彼女のファンだ。関わりがあるとすればここしかない。

 本命はライブ中に変なことでもしたくらいしか思いつかない。

 それとも大穴で雪をアイドルに?…………いや、それはないな。


「いえ、私の目的は雪さんではなく……」

「…………俺?」


 ――しかしその予想は大きく外れることとなった。

 彼女の視線は雪で止まる事無く、そのまま通り過ぎて俺のところまで。

 ジッと翠の瞳が俺を射抜く。数秒変わらぬその視線を受けて内心パニックに陥る。


 いや、なんで俺!?

 俺関わり合いになるようなこと一切してないよ!

 偶に雪に頼まれてライブディスク買いに行かされたことはあったけど、そんなの相手方の知る由もないだろうに!



 けれど、そんな疑問は一瞬のうちに弾け飛んだ。

 彼女が一瞬だけ顔を伏せ、フッと笑ったかと思えば、さっきまでの明るさ満点の笑顔から穏やかな笑みに変わってこちらと目を合わせる。


「――――やだなぁ、昨日アフリマンをようやく倒せたというのに、目的を達したらそれで関係は終わりかい?セリア」

「…………!!」


 その言葉に、まさしく雷が落ちたような衝撃をおぼえた。


 アフリマン。セリア。

 その2つの単語を知っているのは極僅かしかいない。

 『Adrift on Earth』のプレイヤーで、俺の知り合い。そして……


「あれから明け方近くまで遊んだというのに。まだ寝ぼけてるんじゃないかい?」

「それは……その事を知ってるということは………」


 まさか。

 あり得ない発言に思わず席を立つ。


 アフリマンを倒した時にいたのは俺をのぞいて3人。

 しかしその後。明け方まで遊んだのはたった1人しかいない。それは……まさか――――


「――――アスル?」

「……やっと気づいた? 相変わらず鈍いなぁ、セリアは」


 フランクに。そして首肯をもって反応したのは間違いなくアスルだった。

 超高難度のボス、アフリマンを倒すべくこの1年間ほぼ毎日一緒だったアスル。

 まさかネット上だけの関係だと思っていたハズが目の前にいることで……しかもそれがアイドルということを信じられないと何度も目をしばたかせる。


「で、でもアスルの声は男の人で…………」

「それはボイチェン。 女性だってわかると面倒なのは目に見えてるから。特に私だとバレれば……」


 ボイチェン。ボイスチェンジャー。

 確かにそれで性別を偽って生配信とかしてる人がいるというのはどこかで聞いたことがある。

 しかし殆どは男性が女性に変えるものだと思っていた。まさか逆の例が身近にいるとは思ってもみなかった。



「え……えっ!?ええっ!? じゃ、じゃあ!おにいとミナ……若葉……さんは知り合いだったってこと!?」


 今度は俺が呆気に取られていると、ようやく正気に戻った雪が確かめるように聞いてくる。

 つまり……そういうことだったよな。彼女がアスル本人なら。


 でもどうしてこの家に…………あれ?

 なんか記憶が曖昧だけど昨日なにかやった気がする。

 なんだっけな……すっごく大事なことのような、そうでないような…………


 俺が思い出せぬ昨晩の記憶に思い悩んでいると、彼女の雰囲気はアスルのものから先程までものに切り替わり、雪に対してゆっくりと頷いて見せる。


 そうして言った。

 彼女はとんでもない一言を。

 俺がさっきまで忘れていた、昨晩の出来事を。


「はい!それで昨晩、私と陽紀さんは結婚したのです!!」

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