ネトゲの相棒を男だと思って結婚したら、リアルは大人気アイドルだった件
春野 安芸
第1部
第1章
001.結婚。それは全ての始まり
「この攻撃の次は散開!その後は2:2でデバフ付いた人は俺に渡しにきて!!」
ヘッドホンの奥底から真剣な声が聞こえてくる。
壮大なBGMと重みのある効果音。そしてこの1年聞き続けてきた相棒の声が。
耳から目へ意識を向ければ手元のボタンに連動して発せられるエフェクトとともに、敵が繰り出す攻撃に応酬を続けていた。
敵は先程声を発した人物の方向を向いている。そして相棒は俺たちを巻き込まないよう、一手に攻撃を引き受けていた。
『ぬぅ……なかなかやるではないか。 ならばこれでどうだ!!』
重低音の響く敵の掛け声とともに、武器を天高く掲げて見せてきたことで俺たちは相棒の指示通りの動きをする。
散開で攻撃を回避。2:2に分かれてまた別の攻撃を受け止める。そして最後にデバフをもらった俺は相棒のもとへ駆け寄ってそれを手渡した。
「おっけー! ありがとっ!」
簡潔な言葉の数秒後、相棒の身体は突然爆破のエフェクトが巻き上がり、頭上の満タンだったゲージが突如としてミリ程度の残量へとなってしまう。
チラリと画面上部に表示されているの数値を見ればHPの残量『1』。打ち合わせ通り食いしばりスキルを使用してくれていたようだ。回復役の俺はあと1発で瀕死になってしまう相棒を救うため、回復スキルでミリだったHPを満タンまで戻してく。
この次は―――――
『我が渾身の一撃さえも凌ぐか…………ならば此の攻撃を以て総べてを焦土に変えてやろう!!』
「!!」
誰かの息を呑む音。
敵の言葉によって”これ”が最後だと確信した。
武器を地面に突き刺して溜めるような構えに変わり、これまでの待機モーションより長い時間攻撃を受け続ける。
時間切れだ。
きっとこの溜めが終わったら強力な一撃によって俺たち全員倒れてしまうだろう。
他のバトルでも見てきた時間切れギミック。それを喰らって全滅したこともあったし、その前に倒しきれたこともあった。
この敵相手で見るのは初めてだが、ここが正念場だということは全員の共通認識として言葉をかわさずとも理解できた。
相手の残りHPは…………5%。
削れるかどうか微妙なライン。しかし数々のギミックをこなしてようやくたどり着いたこのフェーズ。
ここで全力を出さねば何の意味のない。俺はアイテムやスキルなど、全ての火力バフを駆使して攻撃を叩き込んでいく。
「あと4%!いける……いけるよ!!」
相棒の言う通り敵のHPゲージはドンドン減っていき、表示される割合は4%を切っていた。
3%……2%……1%……。もうちょっとだ。
「あとちょっと……!」
「いけるか……!?」
「あと1%……」
「いけ……いけ……!」
自然と漏れ出る3人の仲間の声につられ、俺も自然と声が出てしまう。
もう1%を切った。HPは小数点が表示され、これはいけるかもという期待が生まれていく。
『讃えよう。貴様らはよくやった……だが、これで終わりだ』
敵から発せられる声に、俺たち全員に緊張が走る。
もう溜め終えたのか!あとほんの少しというところで!!
敵の身体が炎の渦に包まれる。
きっとこれが時間切れの最後の攻撃なのだろう。あとは攻撃判定を喰らって体力がゼロになる。それで終わりだ。
炎が開放され、敵の最後の攻撃がフィールドを包み込む。そして同時に俺たちを巻き込もうとして―――――画面が一瞬暗闇に覆われてしまう。
「…………へ?」
思わずマヌケな声が出てしまう。
倒されたのか、倒したのか。頭をよぎるそんな疑問は、すぐさま解消されることとなった。
『見事だったぞ……貴様らなら……必ずや…………』
即座に画面が切り替わって流れるのは、敵が意味深な言葉を告げて消えていくムービー。そう、撃破モーションだ。
しかし殆ど諦めていた俺たちには倒したことなど理解の外にやっていて、突然の変化にポカンと無言の時が訪れる。
「えっ!?」
「これはもしかして……」
「いった……?」
勝利のファンファーレが鳴って数秒経った頃だろう。皆棒立ちだったけれど、口々に確認の言葉が飛び交い始める。
目の前の光景と音楽、そしてボスが立っていた位置に出現した宝箱がなによりの証だろう。俺たちの疑問はすぐに確信へと変わり、不安が歓喜に変わって湧き上がる。
「やっ……たぁぁぁぁ!!」
「ようやくいったぁぁ!!」
「長かった……本当に長かった………!!」
ようやく……ようやく長い戦闘が終わった。
1年……。そのうち最後の1ヶ月半は毎日この敵と顔を合わせていただろう。それほどまでに長く、辛い戦いだった。
俺たちはようやく倒せた事を実感して、全員で喜びを分かち合う。
大規模同時参加型ゲームの金字塔『Adrift on Earth』。日本で最も人気のMMORPGだ。
もう10年近くサービスが続いており、アップデートも重ねられてパーティープレイはもちろん、一人で遊べるコンテンツも豊富なのがウリのゲームだ
その中のコンテンツの1つ、ボスバトル。
このゲームの内もっともプレイ人口の多いコンテンツで、それたちはその中の1体、『アフリマン』を討伐した。
およそ1年半前に実装されたボス、アフリマン。4人向けの討伐コンテンツ。
その難易度は超高難易度と銘打っており、最前線で戦う者も倒すのに3ヶ月かかったと記録が残っている。
そして攻略方法が出回って難易度は落ちたとされる今でも、その難易度はかなりのもので、俺たちも倒すのに1年もかかってしまった。
けれどようやく倒せた。俺は歓喜に打ち震え、画面から目を離して真っ暗な天井を見上げていく。
「……リア! セリア!」
「お、おぉ!?」
ようやく超高難度のボスを倒せた達成感でしばらく放心していると、ヘッドホンの向こうから俺を呼ぶ声に気が付いた。
慌てて画面に目を向けると3人が横一列に並んでおり、その内の一人がピョンピョンと飛び跳ねている。
「スクショ撮ろうぜ! スクショ!」
「スクショ……。そうだな!」
強大なボスを倒した時、運に身を任せるダンジョンを突破した時。何かを成し遂げた最後は、スクリーンショットを撮るのがお決まりだ。
それは突破した証明とともに、思い出に残すという大切な作業。リアルで写真を撮るのと同じ感覚。俺は空いたスペースに自キャラを動かし、4人揃って同じ方向を向く。
「……よし!スクショ終わり! みんなは!?」
「おわったよ~」
「終わった~。 それより眠い~!」
「もう………2時だもんなぁ」
相棒の問いかけによりパーティーメンバーが答えてくれるが、その声には明らかに疲労の色が滲んでいた。
無理もない。現在は深夜2時。いくら熱が入ったとはいえ夜更かしのし過ぎだ。相棒も納得するかのように苦笑いをする。
「じゃあ今日のところは寝落ちする前に解散するかぁ。 みんな、でよーぜー!」
「ん~」
「はぁ~い」
「了解~」
人一倍元気な相棒の掛け声によって俺たち4人はコンテンツから脱出する。
あいつは元気だな……。でも、これ以上駄弁っていたらすぐに寝落ちしてしまうだろう。
ゲーム中の寝落ちで身体を悪くしてしまうのは、これまでなんども経験してきた道だ。
もちろんみんなはそんなこと重々承知しているようで、フィールドに出ると同時に解散へ動いていく。
「それじゃあ、今日はおつかれぇ。 また後日ゆっくり語ろうねぇ」
「ねむいぃ……。おやすみぃ……」
2人とも本当に眠かったのだろう。その言葉とともにプツッと通話が終了する音がしてキャラも一瞬のうちに消えてしまう。ログアウトだ。
4人のうち2人が消え、残ったのは俺と相棒のみ。……さて、俺もそろそろ寝ようかな。明日も学校あるし。
「ね……なっ、なぁ! セリア!」
「うん?」
「…………」
「……?」
眠気と疲労でボケボケになりかけている頭ながら、我が相棒の呼びかけに反応する。
しかしそれ以降待っても何の反応も返ってこない。
「どした? アスル」
アスルとは相棒の名。俺の名前はセリア。
もちろん本名ではなくキャラの名前だ。決して100均ではない。綴はCeliaとなる。
「その……だな。 わっ……俺たち、遊んで1年になる……だろ?」
「そうだなぁ……もうそんなになるのか」
相棒との出会いは、俺が『アフリマン』攻略パーティーに入ったことだった。
ちょうど攻略を始めた1年前。初めて遊んで以来妙に気が合った俺たちは、攻略だけでなく色々なことをして遊んできた。もうそれくらいの付き合いになるのか。
しかし随分と様子がおかしいな。
言葉も詰まりまくってるし、さっきまで集中しすぎて疲労困憊になってないか?
「それで……だな……。わ、俺と……結婚、しないか?」
「………………うん? 結婚?」
そんな無用な心配をしているさなか、相棒から出た思わぬ言葉に思わず耳を疑ってしまう。
結婚って……あの結婚か!?
役所に届け出て結婚式挙げて披露宴もやって子供を…………ってやるアレ!?
――――って、違う違う!そっちじゃない!アスルはそっちの意味で言ったんじゃない!!ゲームのことだ!
このゲームには結婚システムが存在する。
特定のキャラ2人が課金アイテムを使って絆をより強くさせるためのもの。
その恩恵はバトルに一切影響しないが、2人だけのおしゃれ装備品など、おしゃれ方面での特典がある。
もちろん男女だけという縛りはなく男と男、女と女といったキャラ設定にとらわれない結婚も可能であるのだ。
そして俺はこのゲーム始めてずっと未婚である。そういった相手に恵まれなかったのもあるが、興味がなかったことも大きい。
「その……だめ……かな?」
「ん~……まぁいいんじゃない? 別に俺も相手いないし」
不安げな声が届けられるが、特に何も考えず了承する。
眠くて頭が回らないのはもちろん、これまでもこれからもそういった相手が現れなかったし、ゲームなのだから男同士でもなんら不都合が出ることもないだろう。
もう1年もほぼ毎日一緒に遊んだ仲間だ。男同士でもゲームでなら結婚くらいするさ。
「ほ、本当……!? か!?」
「あぁ。もちろん」
なんで『か』だけ付け足した?
そんな疑問を口に出そうと思ったが、ふと画面にポンと、トレード画面が出てきて思わず意識を向ける。
あら、なにかくれるの?
「そ、それじゃあ! 今から手続きしよう!」
「…………うん? 今から?」
「うん!」
結婚システムといってもやることは簡単で、課金で用意したアイテムを両者付けてNPCに話しかけるだけ。婚姻届を役所に提出する程度の単純な行為だ。
もちろんその後は式なども行われるが、今突然やった所で参列する人なんて皆無だろう。平日の真夜中だぞ。
「渡すアイテムは指輪に届けに……あとタキシードも!」
「まってまって! 今からやるの!?準備早くない!?」
「だってボス挑む前から準備してたから!」
ポンポンとトレード画面に出現するアイテムに思わず疑問を呈すが、相棒は一切止まる気配を見せない。
つまり今日最初から言うつもりだったってこと!?
驚きすぎて眠気が吹き飛んだわ!!
「ちょっとまってアスル! 今日平日!仕事はいいのか!?」
「仕事? あぁ……ね」
暴走しかけの相棒を止めるため慌ててリアルのことを口に出すと、ようやく冷静さになったのか言葉に落ち着きを取り戻す。
相棒は学生の俺とは違い、社会人だ。
朝早くから夕方まで、偶に夜にまでいくなかなか忙しい職種のようで、攻略時も他のメンバーとのスケジュール合わせに難儀してきた。
平日夜ということは明日も仕事があるわけで、比較的言い訳の聞く学生の俺よりも遅刻はマズイだろう。
「ちょっとね~。 今の仕事から離れようと思ってて」
「離れるって……辞めるの!? つい最近頑張って昇進できたって言ってたのに!?」
軽く出た相棒の口調に、俺は思わず声を荒らげる。
アスルのリアルについてはほとんどわからない。知っていることといえば年の近い社会人であることと、そして目標としている立ち位置までようやく上り詰めたということくらいだ。
対して俺は学生。社会人のイザコザなんて知る由もないけれど、休職したらその立場で居続けるのも難しくなってくるだろう。なかなか厳しい決断だというのは俺でもわかる。
そんな驚きの声を上げる俺を、アスルは宥めるモーションで落ち着かせる。
「辞めない辞めない!ちょっと離れるだけ! ん~っと……休職的な?」
「休職…………」
本格的に辞めるわけではないことにホッと一息つくも、それでも休職は重い決断だろう。
休職でも出世街道から外れてしまうなんてのはよく聞く話だ。
「でも、どうして?」
「もう目標達成しちゃったから?今の仕事に意味を見いだせなくなっちゃって……」
「意味か……。これからどうするの?」
「なるようになるんじゃない?」
なんとも軽い……。
もっと問いただしたかったが、それ以上は何も聞けず閉口する。
いくら結婚するほどの友人といっても俺たちはゲームの関係。そうやすやすと首を突っ込むわけにはいかないだろう。
ただ黙ってジッとしているとトレードが終わったようで、幾つかのアイテムがこちらのキャラに収められる音が聞こえた。
「さ、トレードも終わったしタキシードに着替えて! 今日は夜を徹して結婚式をするよ!」
「お、俺……明日も学校あるんだけど……」
「大丈夫! 寝落ちしても起こしてあげるから!! さ、行くよセリア!俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ~!!」
そんな俺の心情なんていざしらず、気づけば相方のキャラはテレポートの詠唱に入って現地に向かっていた。
俺も続いて詠唱を始め、彼の行き先についていく。
向かう先は森の奥深く。
結婚式が行われる神聖な場。
平日の夜中。
厳かなフィールドにて、誰一人として参列者がいない結婚式がひっそりと行われるのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「くぁ…………。眠い…………」
バシャバシャと洗面所にて顔を洗う。
頭を上げて鏡で見れば、その顔はひどい有様だ。
眠気をこらえているため眉間にシワが寄っており、目の下にはひどい隈さえもできている。
「ひっどい目……」
目元を沿うように指を這わせれば連動して動いてみせる鏡の中の自分。
ずいぶんと夜更かししたものだ。昨日ボスを倒した後すぐに寝ればこうはならなかっただろうけど、まさか朝になるまでゲームするとはな……。
あれから結婚式をした俺たちは、その後もアスルに連れ回されて気づけば朝近くになってしまっていた。
もちろん翌日にも学校はあるわけで、そこそこ真面目な俺はサボるわけにはいかない。
だからこそ少しでもと思ってウトウトとしたがそれでも30分程度しかできなかった。むしろ寝入らなかったことを褒めてほしい。
つまり完全な寝不足。俺は眠い目をこすりつつ、朝ごはんを食べるためリビングへと向かっていく。
「え~~~!? うっそぉ~~~~!!」
リビングの扉を開けた途端、突然発せられる絶叫が疲労の溜まった俺の脳を揺れ動かした。
徹夜明けに響く声。グワングワン揺れる脳に頭を抱えつつ、俺は音の発生源を探すため辺りを見渡すと、すぐに犯人を見つけ出すことに成功する。
その音の発生源は妹。彼女は珍しくスマホから顔を上げてテレビにかじりついていた。
「そんなぁ~! 大好きだったのにぉ~!!」
なにやら惜しむ声を上げているようで俺もテレビに意識を向けると、その理由もすぐに理解することができた。
テレビのテロップには『速報』と書かれており、下には大きく『ついにロワゾブルー消滅か!? 水瀬 若葉 無期限活動休止!!』と書かれている。
「ふぅん……あのアイドル、休止するんだ」
悲しみに暮れている妹をよそに、俺は脇を通り過ぎる。
ロワゾブルーとはここ数年の間で瞬く間に有名になったアイドルのことで、メンバーは名前の出ていた
昔は3人ほどのユニットを組んで活動していたが、脱退を繰り返して結果1人に。
それでも精力的に活動した結果、今ではテレビやネットで見ない日がないほど活躍するようになった。と妹から聞いている。
そんな売れっ子なアイドルだが、今日突然休止を発表したらしい。これからだというのにもったいないな。
もったいないと思うがそれ以上の感想はない。だってあまり思い入れもないのだから。
けれどそこで嘆いている妹は違う。妹は新幹線でライブに行くほど大ファンだったはずだ。嘆くのも無理はない。
テレビで紹介されている書面では一身上の都合と書いているが、俺と同い年か一個上だったはずだ。学生に戻るなりまた別の活動をするなり、いくらでもやりようはあるだろう。
「あらまぁ。お受験かしらねぇ?」
「そうだといいけどぉ……うぁ~~!無期限だからなぁ~!!」
母さんの推測に妹は唸りを上げる。
たしかに。同年代ならそういう可能性も十分考えられるか。
っと。今はニュースにかまってられない。今は大切な朝の時間なんだ。あまり無駄にしてたら遅刻してしまう。
「ほら、悲しいけど朝ごはんできてんぞ」
「うぅ~……おにいに推しが解散された気持ちなんてわかるわけが……って、どうしたのその顔!?隈酷いよ!?」
「…………ほっとけ」
涙目で驚かれるのはもちろん俺の酷い顔だった。
さすがにゲームで徹夜したなんて言えるわけなく。
適当にあしらった俺は母さんの作ってくれた朝ごはんを口にする。
「お兄ちゃんの言う通り、
「はぁ~い……」
さすがの妹……雪も母さんの呼びかけには逆らえなかったようだ。
スマホを置いた彼女は渋々といった形でテレビ前にあるソファーから朝食のあるテーブルへ移動しようとするも……
ピンポーン――――
妹が椅子に手をかけたその時、室内に1つの無機質な音が響き渡った。
それはこの家のインターホンのもの。リビングにいる3人は同時にその音へ意識を向ける。
「あら、こんな時間に宅急便?はやいわねぇ」
「あぁお母さん、座ってて。 あたし見に行くから」
「そう?お願いするわ」
インターホンの音に洗い物をしていた母さんが出向こうとしたが、それより早く椅子に手をかけていた妹が動く。
なんだろ?まだ朝7時だぞ。宅急便が来るにしては早すぎるような気もするが……。
「母さん、何か頼んだ?」
「そんな覚えはないけど……。また雪がロワゾブルーのグッズでも買ったんじゃないかしら?」
「あぁ……ありうる…………」
彼女の部屋は様々なグッズで溢れている。
推し活……らしいのだが結構な頻度で宅急便が届くから今日もその中のどれかだろう。そう決めつけて食べかけだったパンを口にしようとするも―――――玄関からの声によって阻まれてしまった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「!!」」
ガチャリと家の扉が開いた途端。突然聞こえてくる妹の悲鳴に俺たちは同時に動き出す。
何があった!?
こんな時間に訪問してくるのはやっぱり宅急便じゃなかったんだ!おそらく不審者。それも悲鳴を上げるほどだから相当の。
椅子を蹴飛ばし大きな音を立てて倒れるのにも構わず俺は母さんとともに玄関まで走っていく。
「雪!!」
「お……おにい…………」
慌ててリビングから出て玄関に顔を出すと、妹は床に尻もちをついて倒れ込んでいた。
外傷は………よかった。見た感じなさそうだ。雪は目を小さくまんまるにして掠れた声を出してくる。
一体どこのどいつだ!妹を襲おうとした不審者は!!
「あ、朝早くに申し訳ございません! えと、セリ……じゃなかった。
「っ――――! たしかにそうだけ……ど…………」
突然現れた不審者に飛びかかろうとして―――――その姿を見て足が止まってしまった。
少し緊張の色を見せつつも問われる名字は間違いなくこの家のものであった。
ハキハキと滑舌の良い可愛らしい声。きっと声優でも歌手でも上手いこと活躍するだろう。
そう思わせるほど綺麗な声を聞きながら足元から頭へ。視線を徐々に上へと持っていくと、俺も思わず目を丸くしてしまう。
金青の長い髪に翠の瞳。
小さな頭で大きな瞳を持っているのに決して破綻していない、誰しもの目を惹くであろうほどの可愛らしさを持つその人物は、間違いなくつい数分まで見ていた顔だった。
「ぁっ……ロワゾブルーの…………」
「私のことをご存知だったのですね! ありがとうございます!」
俺の言葉に手をパンと重ね合わせ、笑顔を向けるその姿は間違いなかった。
先程突然の発表をし、今も振り返りの動画を刷り込みのように何度も何度も映し出すテレビの音が聞こえてくる。
「おはようございます。 本日は簡単ではありますが、ご挨拶にやってまいりました!」
それは間違いなく
まさにテレビやネット記事から出てきたままの姿が、今俺たちの前で微笑んでいた―――――
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