永い一日の終わりに

 ジョンに婚約の報告をした後、トーコとオズワルドは王宮の廊下ろうかに戻ってきた。

 歩きながらトーコが「部屋に戻って、普段着に着替えてもいい?」と聞くと、オズワルドは「分かった」とうなずいた。


 着替えをしていた部屋の前に着いて、トーコが中に入ろうとした時、突然オズワルドが背後から、彼女の肩に両腕を乗せた。


「……あ〜、久しぶりに緊張した」


 両腕を回して来ただけではなく、腰を少し曲げて、トーコにおおかぶさるように密着していた。

 そして、オズワルドは片手でトーコの耳近くの髪に触れ、椿油の上品な香りに恍惚こうこつとしていた。


「オズワルドさんっ! 誰かに見られてたら、ちょ、ちょっと……」


「そーだ、そーだっ!」


 と、聞き覚えのある声がして、トーコはすごく驚いた。王宮の中央区画から、ジュリアンがズカズカと歩いて、トーコとオズワルドに近付いてきたからだ。


 ストロベリーブロンドの、フワフワした強めの癖毛。オズワルドよりも濃いみどり色の。ジュリアンは少し小柄だか、色白の美青年だ。

 普段は爽やかで、誰にでも非常に愛想良く対応しているのだが、今は険悪な顔でオズワルドをにらんでいるようだ。


「てか、お前まで生意気に婚約しやがって、張り合ってるつもりかぁっ!?」


「張り合っていませんが?」


 ジュリアンとオズワルドは、顔見知りのようだ。ちなみに、ジュリアンは二十四歳で、オズワルドは彼より一つ年上だ。


 イライラしているジュリアンに対して、オズワルドは真顔かつ冷静な態度だった。ゆっくりと背を伸ばすと、オズワルドは片手でトーコを自分の方に引き寄せた。


「通りすがりだし、イチャイチャを観察する程、俺は暇じゃないしねぇ〜。何だか腹が立つから、も〜行こー……」


 すると、今度はコロッと笑顔になり、ジュリアンはトーコの顔を覗き込んだ。


「トーコちゃん、婚約おめでと〜♪ じゃ、まったね〜」


 ジュリアンはウインクをして、片手を大きく振ると、のんびりと来た道を戻って行った。


(『通りすがり』じゃないじゃんっ! てか、オズワルドさんとジュリアン様って、仲が悪いっぽい?)


 上記のように思いつつも、ジュリアンは自分に婚約祝いの言葉をかけてくれたことには、感謝していたのだった。




 トーコが部屋に入って着替えている間、オズワルドは廊下ろうかで待っていた。


 と、今度は、国王の補佐官であるオスカーが、駆け足でこちらにやって来た。

 赤い直毛に、中性的な顔立のオスカーは息を切らしそうにして、オズワルドのすぐ傍に行ったようだ。


「オズワルドッ! 会えて良かった……」


「久しぶりですね、オスカー様」


「ああ、君に話さなくてはいけないことが有りまして……。君への勅命ちょくめいでも有り、国王陛下からのなんですっ」


「え、はい……?」


 呼吸が少し落ち着いてから、オスカーはオズワルドの顔を見つめて、言葉を続けた。


「オズワルド。悪いんですが、予定を変更して、あと二、三日ツキノハマに居て頂けませんか? 国王から君に直接説明したいそうで、何度か打ち合わせも有ると思います。

 ……あぁ、伯父のレオ殿とヒノキ村のアダムには、すでに伝書鳩を飛ばして、事情を伝えてありますよ。急で本当に申し訳ありませんが、よろしく頼みます」


勅命ちょくめいなら、仕方無いないですね。承知いたしました」



 部屋の外に居た二人が、ひと通り話し終えた時、ちょうど普段着の綿のチュニカに着替え終えたトーコが、勢いよく部屋から出てきた。


「遅くなってゴメンねっ! ……て、あれ? オスカー様……?」


「彼に急用を頼んでいたところですよ。あと、申し訳ありませんが、数日間オズワルドをお借りしますね」


「あ……と、はい……? 分かりました」


 あまり状況が飲み込めていないトーコだったが、ひとまず返事をした。


「まあ、予知能力のあるエドガーが、もうすぐ乗馬場近くの空き地まで、貴女あなたを迎えに来てくれると思いますよ。……ほら」


 外を見てみると、エドガーが乗馬場の方に向かって、空中を飛んでいるのが見えた。


「……わりぃな。数日後、必ず家に寄る」


「うん、分かった!」


 オズワルドとオスカーに別れの挨拶あいさつをすると、トーコは小走りで再び乗馬場へ行ったのだった。

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