10 だから社長、そうじゃなくて…


 

「社長、電話機が100万円越えしてます」


 私がそう伝えた時、さすがに浮かれ気味だった彼女も蒼ざめたようだ。


「とりあえず社長。高田さんが事務所を出てからまだそんなに時間が経っていませんし、まだ手元に書類があると思います」


「そうね」


「今ならまだ、もしかしたら契約破棄をしてもらえるかもしれません」


「そうなの?」

「無理かもしれませんが」

「なんで?」


「こんな高額の契約、そうそう破棄に応じてもらえると思えません」

「……」

「でも電話機はすでにあるんです。いらないんです!」


「あぁそうよね…そうかもね。

 ……

 ……

 はい決めたわ。ぜひ頑張って契約破棄に向けて、角野さん頑張ってちょうだい」



「……」

「あの」

「……」

「角野さん?」


「なんで私がしなくちゃいけないんですかね。馬鹿なんですか。あぁ本当に馬鹿なんですね」


「角野さん?」


「ちゃっちゃっと、社長が高田に電話して、騙してでも奪ってでも契約書を回収するのが当たり前です。さぁ今すぐ高田に電話して下さい。さあ、早くしてください」


「わ、分かったわよ。するわよ」




 ・

 ・

 ・




 穏やかにマジギレした事務員さんが相当怖かったのか、それとも ”電話機100万円” にビビったのか。社長は本当に素早く、


 ちゃっちゃっと高田さんに電話して

 サクサクっと高田さんを事務所に呼び


 そして契約書原本をガッと高田さんから奪い取った。



 いや、私は確かに「奪い取れ」とは言いましたよ。

 でもそれは比喩です。例えです。


 そんくらいの気合で行けっていう脅しです。

 いい年してそんなやり方しか思いつかないのは社長位です。


 高田さんの横に立って茶を出そうとしていた私まで、奪い取るための共犯者なのかと思われてしまいます。


 しかし社長は本当に、高田さんの顔がお好きなんですね。



 なんとか書類を返してもらおうと


「いや、だから」


 そう困っている高田さんの顔を、嬉しそうに眺めるのは止めましょう。

 あなた本気で契約破棄してもらう気ないでしょ。


 まさか高田さんに会いたいがためだけに、電話して事務所に呼び戻した訳じゃないですよね。




 そんな風景を横目で見ながらも、滞っていた今日の仕事をこなしていた私はつい仕事の手を休め、


 「欲望だけで生きられる社長っていいよね」


 なんて思いながら生あたたかい気分で応接室を見ていたらふと高田さんと目が合い、なんとなくおかしくなってニヤッっと微笑んだら、辛そうな顔をして目をそらされてしまいました。



 あ、助けて欲しかったんでしょうか……


 無理だけどな。




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