05 僕と会いたいですよね
「ただいま」
大きな声がして事務所のドアが開き、男性が入ってきた。
「おかえりなさい」
そう言って彼を迎えた事務員に男性が顔を向けて何かを話そうとした時、事務員の背後にいる僕に気が付いた。
「あ、すいません。お客様が来てたんですね」
男性が爽やかな笑顔で挨拶しながら会釈をしてきたので、僕も笑顔で会釈を返す。
静かに自分の席へと歩いていく男性を観察してみる。
たぶん彼は、28~30歳位だろうか。
180cmはありそうな高身長で、自分に自信がありそうな感じだ。
それに礼儀正しい雰囲気もあり、顔も悪くない。
社長はきっと見た目が好きで、採用したんだなと確信する。
事務員と隣り合わせの席に座った男性は小声で「誰?」と聞いているようだ。
それに対して事務員は短く答えを返している。
―――いやまて。そんなことはどうでもいい。
そうだ僕は今から
「社長に容姿を利用し押してみる」
という芸をしなくてはならない。
事務員と社長だけなら良かったのに…と急に恥ずかしくはなったが、そんな恥よりこの高額な契約の方がかなり大事だ。
・
・
・
「社長。実は上司にはもう報告しているので、会社はこの契約の事を知っています(嘘です)」
「そうなのね。でもこれは無しで」
「契約ダメになりましたと言ったら半端なく怒られます」
「ごめんなさいね。でも契約は無しで」
「社長、本当にうちの会社の上司は怖いんです。なんとかなりませんか」
「そうよね。でも…」
今までとは違い普通のトーンで会話を進め出し、じっと目を見つめだした僕を見て、社長は少し戸惑った様子になる。
「なぜ急に契約したくない、となったのかは知りませんが、僕は社長が良い人だと思っているので好きです」
「はい?」
「たぶん僕の説明不足で不安になったのかもしれません」
「いや大丈夫よ、それは」
「いくらでも説明しますので、聞いてください」
「いえ結構よ」
(やっぱダメかなー、こんなんじゃ)
そうは思いつつもグイッと体も乗り出し社長に顔を近づけ、更に声も大きくして押してみる。
「契約をこのままにしてくれるなら、とってもありがたいです」
「あなたの立場からしたら、そりゃそうよね。でも契約は無……」
「そうなんです。ありがたいんです───」
「───だからリース機器の様子も頻繁に確認しに来ますし、困ったことがあれば電話をしてもらえば、すぐに伺います」
「そうですか」
「はい。別に仕事に関係ない困りごとでも助けますし、暇だからちょっとお茶でもってのにも付き合います」
「………」
「本当に、いつでも、お伺いしますから」
「お茶……」
「契約続けてもらえませんか。僕を助けて下さい社長、お願いします」
「………」
「助けてくれたら、本当に、僕は感謝します」
最後は小声でそういって、目を細めて愛しげに笑った僕をみた社長はグルルル的な声を出して黙り込んでしまった。
後から知ったがこのとき社長は頭の中で、
『事務員の怖い本気ギレを避けたい気持ち』と、
『僕と頻繁に会って楽しく過ごしたい気持ち』
を、天秤に掛けていたらしい。
高額な支払いが伴う契約書の存在が薄すぎる――。
ただその社長の天秤は、結局
「僕と頻繁に会える」という方に傾いたようだ。
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