第5話 拾われることになった

 ――決着は一瞬だった。

 エルと『大狼』は一度、互いに動きを止めた。

 けれど、すぐに動き出し――交差するように一撃。

 首元へ深い一撃を放ったエルの剣によって、『大狼』は仕留められたのだ。

 よろよろと、『大狼』はバランスを崩して、そのまま倒れ伏す。

 ヒュンッと風を切るような音を立てて血を掃い、エルはルゥナに向かって振り返った。


「終わったよ! ご飯、くれるって約束守ってよ?」

「……! そ、それは、もちろん――」


 すぐにルゥナは立ち上がろうとするが、どうやら恐怖のあまり腰が砕けてしまったらしい。

 こちらもバランスを崩してしまい、立てなかった。

 そんな彼女のことを、エルは軽々と持ち上げる。


「わっ!? エ、エルさん……!?」

「歩けないんでしょ? 連れて行ってあげるよ」

「あ……ま、待ってください!」

「? どうしたの?」

「その、殺された兵士の方々をそのままには……」


 ちらりと、エルは後ろを振り返る。

 そこには、無惨に殺された者達の遺体があった。

 ――あとほんの少し、エルの到着が早ければ生きていたかもしれない。

 だが、彼らもまた――『大狼』と戦うために覚悟を決めてきたのだ。

 エルは一度、ルゥナを下ろすと――剣に魔力を込める。

 すると、剣は魔力と共に炎を纏って、それを遺体に突き刺した。


「!? な、何を――」

「火葬だよ。戦いで死んでいった者達を送るだけ。骨になったら、穴を掘って墓を作ろう。残念だけど、全員は持って帰れないから」

「……っ」


 ルゥナから見れば、エルは随分と慣れているように見えるだろう。

 実際――人の死というのに、彼女はあまりに触れすぎている。

 時間が経って、ルゥナも動けるようになってから――火葬した兵の墓を作った。

 ルゥナは『大狼』もまた、遺体が別の魔物をおびき寄せる可能性があるからと、燃やして灰にしていた。

 ――そうして、まだルゥナはエルに抱えられるようにしたまま、森の中を移動していた。


「あ、あの、エルさん……もう歩けますので」

「こっちの方が速いもん。早くルゥナには料理を作ってもらわないと」

「ほ、本当にそのためだけに……?」

「うん? そうだけど」

「――」


 エルの強さは異常だった。

『大狼』を一人で始末できるほどの強さを、単独で持っている。

 それは、この国においてもほんの一握りしかいないほどのもの。

 もしも、ルゥナにエルのような力があれば――そう焦がれてしまうほどには、彼女は眩しく見えたのだ。


「その、エルさんは……どうしてこんなところまで?」

「んー、別に理由はないよ。行く宛もない旅をしてるの」

「行く宛のない旅……?」

「そう。家族――みたいな人達だったのかな? まあ、わたしの帰る場所はもうなくなっちゃったから」


 ほんの少しだけ、憂いを帯びた表情を彼女に見た――ルゥナはエルのことをまるで知らない。

 彼女がどういう生き方をしてきたのか、分からない。

 けれど、彼女もまた――家族を失ったのだろう。

 そうして、行く宛のない旅に出た。

 ――ルゥナにも、家族はいない。

 ただ、家族の遺したものを守るために、必死に生きているだけだ。


「……その、私の料理だけでは、不足ではありませんか?」

「そんなことないよ! ルゥナの料理はおいしかったもん。毎日で食べたいくらい!」

「そ、そんなにですか……?」

「うん――あ、でもさすがにそれは迷惑かけちゃうしね」

「! そ、そんなことないですよ。私も助けられましたし……。その、エルさんが良ければ、私の屋敷にしばらく泊ってくださっても、全然……」


 少し言い淀みながらも、ルゥナは提案した。

 ――彼女の強さは、今のルゥナにとっても必要だったからだ。

 エルは少し驚いたような表情を浮かべたが、


「本当に? じゃあ、ルゥナがわたしの新しい家族になってくれるってこと?」

「え、か、家族ですか?」


 ――エルの言葉は随分と飛躍していて、逆にルゥナが驚いてしまう。


「あ、違った?」

「……い、いえ、私も――一人で生きていくには、少し不安だったところはありますし」


 家族――出会ってすぐに、そんな関係になれるとは、ルゥナは思っていない。

 けれど、少し話して理解した――エルは純粋な子なのだろう。

 彼女の頬に触れると、まるで甘える猫のように、顔をこすりつけてくる。

 その姿を見て、思わずくすりと笑みを浮かべてしまった。

 妹がいたら――こんな感じなのだろうか。


「……では、エルさん、私の家族に、なってみますか?」

「! うん、いいよ! ルゥナのことは、わたしが守ってあげるね」


 彼女は笑顔でそう言った――その言葉通りに、彼女はルゥナを守ってくれるのだろう。

 こうして――傭兵団の生き残りだった少女は、まだ若い少女領主に拾われることになったのだ。

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傭兵団の生き残り少女剣士、少女領主に拾われる 笹塔五郎 @sasacibe

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