第3話 『大狼』

「んっ、んぐっ、この料理美味しいよ!」

「そ、そんなに焦らないで……? 喉に詰まるから――」

「んっ!?」

「あ、言った傍から……お水ですっ」

「んっ、んっ――ぷはぁ、ふぅ……ありがとっ」


 にこっと少女――エルが笑顔を見せた。

 旅の途中だという彼女は、森の中で迷子になったらしい。

 満足な食事も摂れなくて倒れてしまったとのことだった。

 ルゥナは用意していた食事だけではなく、いくつか兵糧からも彼女に渡してしまった。

 それを、たったの一度の食事で食べきってしまったのだから驚きだ。


「大食いすぎる……」

「というか、俺らの飯……」

「す、すぐに別の部隊に連絡して準備しますからっ」

「ん、もしかして……あの人達の分もわたしが食べちゃったの?」

「あ、えっと、はい……」


 ルゥナが素直に頷くと、エルは苦笑いを浮かべた。


「えへへ、ごめん。思わず美味しくて食べちゃったよ。でも、ルゥナの料理はおいしかったかな」

「あ、ありがとうございます。簡単な料理くらいならいつでも――作れる時があれば、作ってあげます」

「ほんと? それなら嬉しいなぁ」


 純粋に喜んでいるエルの姿を見て、ルゥナの表情も綻ぶ。

 ――けれど、ここにいては危険だ。

 それを、彼女に教えなくてはならない。


「エルさん」

「ん、なぁに?」

「私は、兵士達と共にこの近隣に出現するという、魔物の討伐に来ています」

「へえ、そうなんだ。面白そうだね」

「面白そうって……いいですか。その魔物は危険なんです。兵士に案内させますから、すぐにこの場所から離れてください」

「構わないけど……ルゥナと兵士の人はその魔物に勝てるの?」

「……っ、それは……」


 確信を突く問いに、ルゥナは言葉を詰まらせる。

 できる限り悟られないようにしていたつもりだが、ただの旅人であるエルにも――切羽詰まった状況を悟られてしまったようだ。


「勝てなかったとしても、戦うしかないんです。いえ、勝つつもりではいます」

「ふぅん……それなら、ご飯もらったお礼もあるし、わたしがその魔物倒してあげよっか?」

「! な、何を言っているんですか。普段から鍛えている兵士が束になっても、勝てないような相手なんですよ!? あなたでは無理ですっ」

「束になって勝てないのに、束になって戦おうとしてるんだよね? それなら、まだわたしに試しでもやらせてくれた方がいいと思うよ。どんな相手か興味あるし」

「……ダメです。危険、ですから」


 エルはその魔物について分かってなさすぎる。

 ――ルゥナも、魔物については見たわけではないが、その強さはすでに知っている。

 父が率いる屈強な精鋭部隊を、たった一体で壊滅させた化物。

 そんな奴が相手なのだ。遊び半分で遠くから見ているのも危険かもしれない。


「とにかく、あなたは早く――」

「魔物が出たぞーっ!」

「っ!?」


 ルゥナの言葉を遮ったのは、遠くから駆けてくる兵士の声だった。

 周囲にいた兵士が武器を構え、そちらを向く。

 ――やってきた兵士の頭を、後ろから噛み千切り、そいつは姿を現した。


「……『大狼』っ」


 あまりにも大きな、狼の魔物。漆黒の毛並みに、赤い瞳。

 口元から先ほど食べた兵士の血を垂れ流し、こちらを見据えている。

 目を合わせた瞬間から――『勝てない』と理解させられた。

 けれど、ルゥナは震える声で、エルに言う。


「エルさん。あなたはすぐに、兵士と共に逃げてください。ここは、私が引き留めます」

「無理だよ。そんな震える手じゃ、数秒も戦えない」

「それでも――っ!」


 ルゥナはエルの方に視線を向ける。

 ルゥナと違い――エルは真っ直ぐ狼を見据えていた。

 微塵の恐怖なども感じていない――それが、ルゥナにはよく伝わってくる。


『……』

「様子見してるね。あれくらいになると、相手の力量を見ることができるのかも」

「そ、それって、どういう……」


 大狼はくるりと身体を反転させると、森の方へと入っていく。

 誘っているのか――兵士の一人が、ルゥナへ指示を仰ぐ。


「どうしますか? ここで逃がせば、被害を拡大する恐れが……」

「……すぐに追いかけます。隊をいくつかに分けましょう」


 ルゥナは決断した。

 迷ってはいられない状況だ。

 ちらりと、エルに視線を向けて、ルゥナは口を開く。


「私はこれから、あの魔物を討ちに行きます。エルさんは、ここから離れてください。申し訳ありませんが、護衛の兵士はつけられそうにありません」

「別に護衛は必要ないよ」

「……少しの間ですが、あなたと話せてよかったです。もしも、もう一度お会いする機会があったなら、美味しい料理をごちそうしますから」


 ルゥナはそれだけ言って、兵士を連れて森の方へと向かって行く。

 彼女が去った後、一人残されたエルは冷静に状況を分析する。


「……十中八九、負けると思うけどなぁ」


『大狼』――決して、弱い魔物などではない。

 魔物のサイズが大きいというのは、シンプルに強さの指標になるが、それ以上に成長した魔物というのは生き延びてきた存在ということ。

 相当に年齢を重ねている個体であるのなら、そこらの兵士で太刀打ちできる存在ではないだろう。


「もう一度会ったら、美味しい料理食べさせてくれるって言ってたし……よし!」


 ――エルの決断は早かった。

 森の中へと消えて行った一団を、彼女はすぐに追いかけることにしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る