エピローグ
「またお前らかよ」
扉を開いて、カイトは顔をしかめた。
リアの焼き菓子店には、お茶を片手になじみの面々がくつろいでいる。
「ご挨拶だな。そういうお前は、何しに来た」
銀髪碧眼の魔術師は、カイトを一顧だにせず、隣の妻の髪に口づける。その手は、ふっくらした彼女のお腹に添えられている。
「……ナギ、お前いい加減もうちょっと仕事しろよ。週3勤務ってなんだよ。王宮最高位魔術師の名が泣くぞ。ケインが過労死するぞ」
俺なんて、近衛隊長なのに夜勤までしてるんだぜ。ぼやきながらカイトは妻と一緒にソファーに腰かけ、ちぎれそうに尾を振り歓待する黒犬の頭をなでる。
「人生は短い。物には優先順位がある」
(こいつにそれ言われると、反論しにくいんだよな)
数か月前まで死の呪いにかかっていた魔術師を、カイトは苦々しく眺める。
ナギが相変わらず甘くリアを見つめながら、彼女の手から受け取った焼き菓子を口にした瞬間、衝撃波が吹き抜け、部屋にいたナギ以外の全員が気を失いかけた。
パン、と手が鳴り我に返る。
「お兄様、いい加減、戻った魔力に慣れてください。リアのお菓子を召し上がるたび、いちいちそれをされては困ります」
掌を合わせたまま、人形のように美しい顔に苦々しい表情を浮かべ、ベスが言う。
「……すまん」
さすがに気まずそうなナギの声。
合わされたベスの左手の薬指には、金色の指輪がはまっている。
その指輪を贈ったのは自分だと、幼馴染のケインから告げられた時、カイトは度肝を抜かれた。
確かに昔からケインは良くもてた。それにしても、あのエリザベスとはえらい度胸だ。彼女の家柄、人柄、美貌、実力。とてもカイトには、手が出せない。
けんかもむちゃくちゃ、強そうだし。王宮での魔術演武で彼女が披露した、見事な回し蹴りを思い出す。
登る山は高い方がいい、と赤毛の幼馴染はいつものようにニヤリとしたが、本当のところ二人に何があったのかは分からない。
「今日は、アップルパイを焼いてみました」
リアの言葉に、全員が笑顔になる。
*
王都の一角、金物屋が並ぶ通りに、ぽつりとおかしな店がある。
軒先にぶら下げられた看板には、
「よろず魔法相談受け付けます」「焼き菓子あります」の文字。
その店には、かわいい女主人と、失せ物探しの得意な犬、美貌の魔術師が住んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます