挿話 カイトの結婚式

 リアの後見人、カイト・ハーンベルク卿が結婚式を挙げたのは、リアが魔術師学校3年生の夏のことだった。

 形ばかりの後見人、と思っていたが、カイトはリアに、花婿の介添え人を依頼した。


「俺にとって、リアは妹だよ」


 黒目をくるりと動かし、カイトはいつものようにおどけて見せる。



 カイトが、現王のご落胤と知ったのは、ほんの先日のことだ。


「王族と言っても末席だよ。王位継承権も返上しているし。まあ、道楽息子だよな」


 何でもないようにカイトは笑うが、リアにとっては冗談ではない。

 なんという人に後見人を頼んでしまったのだろう。教えておいてくれなかったナギにも恨みが募る。



 結婚式当日、介添え人の打ち合わせで、リアは早い時間から教会にいた。

 打ち合わせを終え、親族席の端に座り、時間までは座っていようと息をつく。その時、静かな衣擦れの音がした。


「……リア、元気そうだね」

「ナギ……先生、どうしてここに」


 隣の席には、魔術師の礼服に身を包んだ、端正な姿。

 今の彼は、不可侵領域から出てこれないはずだ。不安に息が早くなる。


「あいつが立会人に私を指名した。私の周りの結界が見えるだろう。……部下たちの魔力をもらってきた。死ぬほどむかついている。あいつでなければ殺している」

「……大変な、魔力ですね」


 王宮の奥に恒久的に張られた不可侵結界と同等の強度の魔力の膜が、ぴったりとナギを覆っている。尋常な魔力の量ではなかった。


「王宮魔術師50人の30日分の魔力だ。あいつには、酒を1年分おごらせても足りない」


 ナギの声はもうやけくそに愉しげだった。


「……まあ、もって1時間というところだな。祝福を授けたら、さっさと退散するよ」


 リアはナギの横顔を眺める。少し、痩せている。お世辞にも顔色が良いとは言えない。こんな短時間の外出でも、彼が消耗しているのは明らかだった。


「それにしても、あいつについた生霊、おぼえてるだろ」


 ナギの言葉に、リアもこらえきれずに噴き出す。


「そうですね、豊満な方が、多かった」

「……新婦は、魂まで美しいな」

「本当に」


 二人は、温かい気持ちに包まれる。

 


 そうだ。リアは鞄を探る。

 リアから押し付けられたそれを確認し、ナギは思わず破顔した。


「おいしそうだね」


 メレンゲだ。参列者に配ろうと、持ち込んでいたそれを手渡す。

 ポケットのない礼服に身を包んだナギは、つかの間逡巡し、バリバリと袋を開いた。

 さっさと口に放り込む。

 彼の顔にみるみる色が差すのを確認し、リアは安堵の息をつく。


「……生き返る」


 そっとつぶやき、魔術師は壇上へと去っていく。


「リア。……ありがとう」


 最後にやさしく握られた手の、意外に温かい感触を忘れたくなくて、そっと反対の手で包みこむ。


 婚礼の始まりを告げる鐘が鳴る。

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