エリザベス・アニサカの宿命
右の掌の上に、こぶし大の火球を浮かべる。そのまま、その球の大きさを、押し縮めていく。火球の温度は徐々に上がり、赤色から青色へと、その色を変化させる。
「リア嬢。集中できてないな」
はっと我に返り、リアはケイン教官を振り返った。
「すみません、私からお願いをしておいて」
3年生になり、実技の実習内容も格段にレベルが上がった。リアは実技の成績は常にトップを保っていたが、最近、行き詰まりを感じていた。今日は、リアからケインに個人指導を頼んだのだ。
「いや、君らしくないだけで、今の技の精度自体はすごいもんだよ。 ……シュナギ師のことかな?」
意外な言葉にぎくりとする。
「どうしてそれを」
「……さっきの乗っ取りの話さ」
リアの中で、ナギに身体を借りられ戦闘をした夜の思い出は鮮烈だ。
あれから魔術師学校に入り、知識も技術も格段に上がった。精霊も悪霊も、人の波動も見ることができる。それでも、リアは一度もあの夜の技を超えられたと思ったことはない。
ケインには、身体を貸した相手のことは伏せて、その悩みを打ち明けていた。
「乗っ取りなんて、そんなことできる人、あの人しかいないよ」
そもそもそこから特異な技だったのか。リアは改めて愕然とする。
(……あの託宣も、私情入りまくりだったしな)
ケインは、最高位魔術師の土気色の唇を思い出す。
彼と学校との微妙な関係性の問題で、リアはナギとの関係を秘匿するよう命じられているのだろう。確かに、初めに彼女がナギが見出した生徒だと分かっていたら、だいぶ対応が変わっていたかもしれない。できれば聞かなかったことにしたい話だ。
「託宣の時、あの人、むちゃくちゃ具合悪そうだったもんな。あれは、かなり体に負担のかかる術だからね」
「そう、なんですか」
「そう、今生きている魔術師では、彼にしかできない術だ。いつもは、あんなやばい顔色してないから大丈夫だよ」
リアは小さく息をつく。いい子だな。ケインはいつもながらほっこりする。
「大丈夫、シュナギ師との関係は誰にも話したりしないよ。……でも、今聞いた話だと、その時のあの人の技は、すごく無粋だよね」
「無粋」
「そう。芋臭くて、ダサい」
ケイン教官はにやりと頬をゆがめる。
「もっと洗練される。あの人、そういったんだろ」
「はい」
「洗練って何か、教えてあげるよ。……気持ちの整理ができたら、またおいで」
「はい、お願いします」
リアは息を吸い込んだ。
*
ケイン先生は、託宣のことだと思ってくれたみたいだけれど、リアの胸を塞いでいるのは別のことだ。
「私は、あの方、シュナギ・ユシュツカ様の、婚約者なの」
なぜか少しつらそうな顔で、ベスは告げた。
「ユシュツカ家とアニサカ家は、魔術の名門同士。あの方と、私の姉は、生まれる前からの婚約者だった。……でも、姉は、亡くなってしまった。あの方が、呪いを受けた戦いのときに」
きちんと話しておくわ、と、中庭の木陰にリアを誘い、ベスは静かに話し続ける。
「私は、姉の後を継いで、彼の婚約者になった。そのことは、決してつらくはないのよ。たとえ生き写しと言われるほど姉に似ていたとしても、私にその力がなければ、婚約は成らなかった」
凄みのある美しさで、ベスは微笑む。
「……ごめんなさい、あなたとあの方の関係、私、知っていたの」
リアは驚いて声も出ない。
すい、といつかのようにリアの胸の魔石にベスの指がのびる。
「……この石は、あの方にもらったものでしょう」
ベスの伏せた瞳に美しいまつげがかかる。
「一度、あのお店の前まで、行ってみたことがあるの。あの方、楽しそうに笑ってらした」
ベスはつぶやく。それからふいに、彼女はリアの目をまっすぐに見つめた。
「あの方が自分の呪いを解かないのは、ユシュツカ家とアニサカ家の共通の宿敵、
ベスの瞳が苦し気に歪む。
「でも、このまま呪いが進めば、あの方はいずれ、……遠くない内に、死んでしまう」
「リア。あの方の呪いを解くために戦う時は、私も一緒に戦わせてね。私にとって、それは姉の仇を討つ戦いでもあるの」
透き通った緑の瞳には、強い光があった。
さわさわと、春の優しい風が吹き抜ける。木陰に座る彼女の姿は、ぞっとするほど美しかった。
*
「いかずちよ、えんようをうて」
ケインがゆっくりと口にする。
「ダサすぎだよね」
リアは首をかしげる。
「何文字しゃべってんだ、って話だよ。その間に一つ二つは、技が出せる。まあそのときは、式獣と使い手になんの下準備もなかったわけだから、主語述語目的語、使うしかなかったんだろうけど」
ふい、とケインの指先に、小さな光の玉が現れる。使い魔だ。
「いいかい、君の最大の武器は、式獣だ。他の技と違うのは、彼らを操らなければいけないということ。どれだけ効率的に、指示を出せるか。これが、式獣使いの技量の差だよ。たとえば」
ケインが微かに指を動かすと、光はふい、と前回りをする。同じように動かすと、今度は、後ろ回り。
「この指の動きと、他の動作を組み合わせて、今僕はこの子を操縦している。同時に、短い二つ以上のサインを送る。同じ指示にも、複数のサインを用意する。喉が枯れても、腕が欠けても、目が潰れても操れるように」
ふわり、ふわり。光の玉は回り続ける。
「どんなサインにも、瞬時に的確に反応させるようにひたすら訓練を繰り返す」
ケインの言葉には笑いが混じる。
「洗練に至るためのプロセスは、最高に泥臭いよね」
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