託宣

 魔術師学校2年目の終わり、教室には喜びに沸く生徒たちの姿があった。

 一人一人に、ここまでの努力の証、基礎課程修了証が配られる。


「リア・アストラ。君の努力に、敬意を払う」


 リアに修了証を手渡しながら、基礎理論担当教官のソシギは目を細める。

 全く魔術の知識のないところから、彼の試験ですべて及第点を取り、さらには最終試験では全体で2番目の成績を取るなど、並の努力でできるものではない。


「ありがとう、ございます」


 当の本人は、顔を赤らめて恐縮している。




「リア!おめでとう、やったわね!」

「ベス!」


 駆け寄って来た美少女と、思わず抱きあう。2年目でクラスは離れてしまったが、ベスとリアは変わらず親友だった。


「ほんと、ここまで、長かったわね。ね、おなかすいちゃった。リアんとこでお菓子食べたいな」


 ナギが営んでいた質屋の店舗は、今も変わらず空き家としてある。リアはそこに時々掃除に訪れたり、書斎の本をしらべたり、試験前に徹夜で缶詰になったりする。時々、カイトもお茶を飲みに来る。

 あの店のオーブンで焼いた焼き菓子を学校に持って行ったところ、ベスはいたくお気に召したらしく、リアに新作をねだったり、時々食べにくるようになった。貴族の高級なお菓子に慣れた舌には、何の変哲もない焼き菓子など物足りないだろうと思うのだが、ベスにとってリアのお菓子は特別らしい。


「それが、今日は……」



「リアさん、準備はいい」


 はちみつ色の髪がのぞき、メイ教官が顔を出す。


「王宮に、行かないといけないらしいの」


 リアの不安げな言葉に、ベスは軽くうなずいた。リアには何の説明もされていなかったが、ベスは何やら合点したらしい。

 美少女に見送られ、リアは馬車に乗り込んだ。



「これから、あなたには託宣を受けてもらいます」

「託宣……」


 車中で聞かされた聞きなれない言葉を、リアは不安げに繰り返す。


「あなたの属性を決定する託宣です」

「……私の属性は、火ではないのですか」


 2年間、何の疑問も持たずに火の属性と信じてきたリアは目を見開く。


「私たちは、違うと思っています。それを明確にするための、託宣です」


 この2年間、メイはリアがすべての属性の魔術を学んでいく過程を観察してきたが、結局メイの中で、リアの属性は定まらないままだった。


「ぎりぎりまで検討していたので、突然になってしまって、ごめんなさい」



 通された部屋は、不思議な空気の場所だった。


「不可侵領域の中です」

 メイが端的に言う。聞いたことはあるが、実際に入るのは初めてで、リアは身を固くする。


(でも、どうして)


 その時、パチリと指を鳴らす音がした。

 その瞬間、目を閉じた銀髪の魔術師が目の前に現れる。


(ナギ……! どうして)


 ゆっくりと瞳が開かれる。瑠璃色の双眸の焦点がリアに合ったとき、彼は軽く目を見開いた。口元にゆっくりと微笑みが乗る。しかしその微笑みはすぐに消え、彼の瞳が妖しく燃え上がる。


「……お前の属性は、すべてであって、すべてでない」


 やがて紡がれた言葉は、誰にとっても予想外の物だった。


「お前の魔術の源は、第一物質、プリマ・マテリアだ」


 リアの後ろに頭を垂れて控えていた、メイとケインの目も見開かれる。


「その物は、万物の根源。四元素すべてのもととなる。……リア・アストラ。すべての元素の技を、学び極めなさい」




(こりゃ驚いた。……それにしても、今日はよくしゃべるなこの人)


 ケインは頭を垂れたまま考える。最高位魔術師の託宣で、2語文以上はあまり聞いたことがない。


(なんか、親父が娘に言い聞かせてるみたいだな。……体、だいぶきつそうだけど、大丈夫かな)


 初めから青白い顔だったが、今やシュナギ師の顔は土気色に近い。

 ふ、とその目が閉じ、パチリと指が鳴ると、部屋には元の静けさが戻った。




(ナギだった)

 教官たちが立ちあがった後も、リアは呆然と座り込んでいた。



 3年生となり、授業の内容はがらりと変わった。

 「応用」の理論担当は、ひげを蓄えた小太りのリネロ教官。

 実技指導担当は、赤毛の年若いケイン教官である。

 

「ここからは、学んだ知識を背景に、自分の頭で組み立て実行する、構成力が試される」


 3年生の初めの授業、リネロ教官は穏やかな声で話し始めた。


「唐突にひらめくように思う技も、培ってきた知識、経験が背景にあってのものだ。しっかりとした後ろ盾のない魔術は、たとえ魔力がどれほど大きかろうとも、脅威とはなりえない」


 新3年生たちは、真剣な面持ちで耳を傾ける。


「本日は、『応用』の技術論を始めるにあたり、特別な講師をお招きしている」


 リネロ教官の横に姿を現したのは、ナギだった。


「本校の名誉校長、シュナギ・ユシュツカ師だ。本日は事情により、精霊の力にて遠隔でお話をいただく」



 ナギの授業は、恐ろしいものだった。とにかく内容が難解なうえ、淡々と話し続けるため、集中力が持たない。


(頭に入らない)


 突然現れたナギに動揺して集中できないせいかと思ったが、周りの様子を見ると、どうやらそうではないらしい。


『あの伝説のシュナギ師だ』

『帰っていらしていたのか』


 初めは興奮してささやきあい、食い入るように授業を見つめていた同級生たちは、授業が終わりナギの姿が消えた瞬間、突っ伏したり上を見たり、一様に死んだ目をしている。


「……お兄様、さすがにこれは、ひどいわ」


 隣に座ったベスのつぶやきに、リアは目を見開いて振り向いた。


「お兄様!?」


 ベスは、しまった、という顔をした。

 しばらく逡巡し、彼女は意を決したように口を開く。


「……リアは、知らないのよね。……私は、あの方、シュナギ・ユシュツカ様の、婚約者なの」

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