リアの属性

 魔術師学校の教育課程は、基本的には6年で構成される。2年ごとに、基礎、応用、実践と進んでいき、最後の卒業試験に合格した者が、晴れて魔術師として印を授かる。

 基礎、応用の4年間の授業は、理論と実技から成っている。

 初めの2年間、「基礎」の実技教育担当は、はちみつ色の美しい髪の女性の魔術師、メイ。

 理論教育担当は、眼鏡をかけたやせぎすの男性の魔術師、ソシギである。



「ソシギ先生の宿題、難しすぎるわよね」


 並んで座ってお昼ご飯を食べながら、エリザベス――通称ベス、はぼやいた。


「お休みが一日潰れてしまうわ。火より水が強い、は真ではない。その論拠を述べよ、なんて……」


 隣のリアを見て、ベスは驚いて目を見張った。


「え、ちょっとリア、どうしたの」


 リアは下を向いたまま、ぼろぼろと涙を流している。


「リア、リア、どうしたの。お腹でも痛いの?小骨でも刺さったの?見せてみて」


 おろおろと声をかける友人に、しゃくりあげるリアは答えることもできない。



 ベス、ことエリザベス・アニサカは、現最高位魔術師を輩出している名門ユシュツカ家と並ぶ歴史を誇る魔術の名家、アニサカ家の娘である。そのずば抜けた実力と、圧倒的な美貌、誇り高い言動によって誤解されがちだが、その実は良家のお嬢様にありがちな、育ちの良さから来るおおらかさや思いやりにあふれる、簡単にいえばとってもいい子だった。

 新入生の初めの試験で話題をさらい、あのソシギ先生をボコった新入生、とわざわざ6年生にまで覗きに来られて、ボッチ確定だったリアに、気軽に話しかけてクラスの輪に引き入れてくれたのはベスだった。そのおかげで、リアは生まれて初めてともいえる、学生生活を楽しんでいた。



 だが。


「……落ち着いた?」


 リアを中庭の木陰に連れ出し、泣き止むまで背中をさすりながら、ベスはリアの顔をのぞき込む。


(こんなに悩んでいるなんて、気が付かなかった)


 しゃくりあげながら、つかえつかえリアが話したことをまとめると、要は、まったく授業が分からない、ということらしい。

 理論の勉強中に、教室で行うごく簡単な手技では、リアは問題なく周囲と同じことができている。全く内容は分かっていないが、見よう見まねで真似していたらしい。


(一体そんなことができるものなの。根本的に私とは術の作りが違う)

(わからないことが、わからないわ。どうすればいいのかしら)


 ベスは目を閉じ考え込む。

 魔術の名家に生まれた彼女は、嫡子ではなかったため本格的にではないが、生まれた時から魔術の教育を受けている。リアのように、まったく魔術に触れてこなかった人間の感覚がつかめない。


「そうだ、分かったわ」


 リアの手を引き立ち上がらせる。


「私に任せて」


 リアはぱちくりと目を瞬いた。



「リア嬢の飛び級を、取り消してほしい?」


 教官の控室に突然乗り込んできたベスに、赤毛の教官、ケインは面食らった顔をする。


「いや、別に俺はいいけど、なんでなの。っていうか、なんで君がそれを言いに来るの」


 メイ。呼ばれたはちみつ色の髪の女性教官が顔を上げる。


「私は、構いませんよ。そもそもケイン様が、私の担当の新入生を、勝手に飛び級させるほうが、おかしな話です」


 メイの声には若干とげがある。


「いや、だって、炎獣持ってるんだよ? 火炎放射器持ってるのに、マッチを擦る練習させられるなんて、ダルすぎるじゃん。あの子、飽きてやめちゃったら、国の損失だよ」


(……炎獣まで持ってたの)


 初めて聞いた驚愕の情報に、ベスは若干くらりとなるが、立て直す。


「多分、リアさんに初級の実技演習が必要ないのは、事実でしょう。ですが、彼女は全く魔術の知識がありません。このままでは、理論で落第して、放校になります」


 彼女の言葉に、思い当たることがあるのか教官たちは顔をしかめる。


「……ソシギか。あいつ、堅物だからな」


 基礎理論担当の眼鏡の教官、ソシギは、容赦ない採点で有名だ。2年落第すると放校になる魔術師学校だが、理論の試験を突破できずに脱落する者は毎年複数人存在する。



「実技実習の時間を、彼女の自主学習に充てさせてください。私が彼女を、必ず合格させて見せます」

「……だってよ。メイ、構わないか」

「実技の試験もきちんとパスすることができるなら、構いませんよ」


 風のように去っていく美少女の後姿をながめ、ケインがつぶやく。


「さすが、アニサカ家。命令し慣れたもんだ」

「その口を閉じときなさい。首が飛ぶわよ」 


 メイの呆れた声。

 おーこわ。赤毛の教官は首をすくめる。


「彼女、外見は姉の生き写しだけれど、人の上に立つ素質は、姉以上かもしれないわね」


 メイは低い声でつぶやいた。



「はい、これ」


 どさりと積みあがった大量の本に、リアは目を丸くする。


「全部じゃないわよ。これで、1年分。あと10年分あるわ」


 ベスはパンパン、と手を払う。


「あなたはとにかくひたすらこれを読みなさい。私が小さい時から読んできた、絵本やおとぎ草子、手習書よ。手習書は何度も書いて、おさらいしなさい」


 物心ついたときから、ベスの周りには当たり前に魔術があった。その知識は、遊びや人まねの中で徐々に積みあがってきたものだ。リアにはそれを、追体験させるしかない。


「この絵本とか、ほんとにおもしろいのよ。懐かしいわ」


 目を細めて背表紙をなぞる。


「4か月後の中間試験までに、何とかソシギ先生の授業に、追いつくのよ」


 ベスはきっぱりと言い切った。



 新入生が初めて学校の門をくぐってから、3か月が経とうとしていた。


「……ご相談が、あるのですが」


 1年生担当、メイ教官の言葉に、上級生担当、ケイン教官の眉が上がる。


「君が相談事とは、めずらしいな」

「……例の、リアさんのことなのですが」


 まあそうだろうな。ケインは足を組み替える。


「何」

「……彼女の属性が、分からないのです」


 ケインの眉が寄る。メイが新入生を担当しているのは、彼女の魔術が他の教官に劣るからではない。彼女は、まだ固まり切らない生徒の本当の得意分野や長所を見抜き、気付かせることに長けていた。


「炎獣と雷獣持ってるんだから、火か風だろ」


 あのクラスの式獣を従えるには、本人の素質が不可欠だ。属性には、相性というものがある。


「もちろんその前提で、この3か月様子を見ていたのですが、私の感覚では、どちらにも、当てはまらないのです。それどころか、四元素のどれにも、当てはまる感覚がありません」

「……」


 ケインは、顎に手を当て考え込む。確かに、初めの試験の時に見た彼女の波動には、何か違和感があった。


「……校長に、相談しよう」


ケインは立ち上がった。




「古の文書にはそのような魔術師の記述はあるが、すべて伝承のたぐいだ」


 王国中で最も魔術の知識に精通した校長は重々しい口調で話し出す。


「この魔術師学校の歴史の中で、四元素から逸脱した属性を持つ魔術師が、存在したことはない。もしもその生徒がそれにあたるならば、ことわりを超えた存在となるだろう」


(リア・アストラ、か。やはり入学の時点で、もう少し調べておく必要があったな)


 校長は苦々しく思う。


「このことは、他言無用。2年目の終わりまでに属性が確定しなければ、託宣を受けさせるほかあるまい」


「はい」


 二人の教官はこうべを垂れた。


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